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スマホ利用で若者にも増える手の国民病―関節鏡手術で変わる治療と臨床・教育への思い

公開日

2023年09月01日

更新日

2023年09月01日

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2023年09月01日

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スマートフォンやパソコンの利用者が増えるにつれ、患者数が増加している手の病気。種類によっては、大がかりな手術が必要となる場合もあります。しかし近年、皮膚に開けた小さな穴から関節鏡(内視鏡)や器具を挿入して行う「関節鏡視下手術(関節鏡手術)」が普及し始め、治療にかかる負担が軽減できるようになっています。手外科/脊椎外科を専門とし、関節鏡手術の開発に携わってきた藤尾圭司先生(おおさかグローバル整形外科病院 院長)に関節鏡手術の進歩、手外科の診療で大切なことなどを聞きました。

手の国民病とは?

手や指に痛み・しびれが生じる代表的な病気の1つが手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)*1です。女性ホルモンの影響などにより発症するほか、手首に負担がかかる動作を繰り返すことも原因となります。近年、スマートフォンやパソコン(キーボードやマウス)を長時間使用する人が増えているためか、患者さんが非常に増加しています。従来は更年期の女性に多かったのですが、若年層にもみられるようになってきました。

通常は薬による保存的療法が行われますが、難治性のものなどは手術により治療します。従来は全身麻酔をかけて皮膚を大きく切開する必要がありましたが、近年は局所麻酔下の関節鏡手術に代わってきました。関節鏡手術であれば、わずか10分ほどで終了します。

そのほか、へバーデン結節*2と母指CM関節症*3も多くの患者さんがいらっしゃいます。これら3つの病気は、手指に起こる「国民病」と言っても過言ではないでしょう。

へバーデン結節と母指CM関節症については、昔はあまりよい治療法がなく、「歳だから仕方がない」と、痛み止めの服用で対処されるケースが多々ありました。しかし、最近では手術で変形や痛みを改善できるようになっており、治療に対する患者さんのニーズも高まっているように感じます。医師としてもそれに何とかして応えなければならない時代になってきています。

*1手根管症候群:手根管(手首近くにあるトンネルのような部位)の中で正中神経が圧迫された結果、手指の痛みやしびれを引き起こす病気。

*2へバーデン結節:指の第1関節が変形する病気

*3母指CM関節症:親指の付け根にある関節が変形する病気

関節鏡手術で変わる治療

先ほど少し触れた関節鏡手術は、手外科に限らず整形外科全般の治療を大きく変えました。ここ10年ほどで技術が発展し、整形外科手術の主流となっています。

従来の外科手術と比べて大きく変わったのは、患部に直接アプローチできるようになった点です。例えば、従来のガングリオン*4の手術では、周囲の組織を避けながら、その合間を縫うようにして関節内の治療対象にアプローチしていく必要がありました。正常組織に触れてしまうので、どうしても術後の痛みや瘢痕(はんこん:傷あと)の原因となります。一方、関節鏡手術であれば、周囲の組織に触れることなく関節の奥深くに直接たどり着き、原因を取り除くことができます。取り残しも少なくなるため、術後の再発リスクも軽減できます。皮膚の切開も2mmほどで済むため、痛みが少なく、回復が早い点も大きなメリットでしょう。

最近のトピックは、スポーツ選手に多い舟状骨(しゅうじょうこつ:手指の付け根あたりの骨)骨折によって起こる「偽関節(ぎかんせつ)」の関節鏡手術です。偽関節とは、折れた骨が癒合せずに関節のように動いてしまう状態を指します。舟状骨骨折はレントゲンでは見えづらいため治療されずに放置されてしまい、偽関節になるケースが多々あります。

偽関節になった場合、新しい骨に取り替える骨移植が必要です。外科的に行う骨移植では、周囲の毛細血管も切ってしまうため、患者さん自身の骨盤から血管が付いた状態の骨を採ってきて移植するという大がかりな手術を要します。しかし、関節鏡による骨移植では患部をピンポイントで治療できるため、周囲の毛細血管を切らずに済みます。そのため、わざわざ骨盤から骨を採ってくる必要がなくなり、手首にある橈骨(とうこつ)の一部を採取して移植を行います。血流が温存されるため術後の骨癒合も早くなります。現段階では、まだ実施できる施設は少ないですが、今後普及していくと考えています。

*4ガングリオン:関節包や腱鞘が変性して袋状になり、ゼリー状の物質がたまる病気。

患者さんから話を引き出す問診を

治療と同じくらい私が大切にしているのが診断です。最初の診断を誤ってしまえば、どれだけよい治療をしてもまったく意味がありません。特に重要なのが問診です。患者さんが感じている症状をできるだけ具体的に引き出せるよう、患者さんが答えやすいような問いかけを心がけています。例えば「手が痛い」という患者さんには、▽手のどの部分が痛いのか▽どういうときに痛いのか▽どういう痛みなのか▽しびれを伴うか――などについて、回答の選択肢を提示しながら聞いていきます。痛みに関する質問であれば、「ジンジンするしびれですか?それとも感覚の鈍さを感じるしびれですか?」というような聞き方です。

患者さんから痛みの詳細を聞き出せれば、この時点でおおよその病気を想定できます。その上で、触診や誘発テスト(しびれなどの症状を再現するテスト)、超音波検査、画像検査(CT検査やMRI検査)などで確定診断を行います。

患者さんが話しやすい雰囲気づくりや接し方、話し方などは医師としての重要な技術の1つです。治療の技術はもちろん重要ですが、やはり基本となるのは診断です。そのことを若い先生にはいつも教えています。

総合的な知識を持った上で“二刀流”を目指す

私が若手の頃は、「患者さんのニーズに合わせて、あらゆる病気・けがを診ることができるスキルを身につけなさい」という教育を受けました。しかし最近、医師の専門分化が進んできて、自分の専門分野しか分からないという整形外科医が増えてきている印象です。

ただ、やはり整形外科医たるもの、整形外科に関する総合的な知識は持っていてほしいなと思います。手のしびれを訴えている患者さんを目の前にしたとき、手に原因があるのか、首に原因があるのか、くらいの鑑別はできるようにしてほしいのです。「手疾患が専門だから、首の病気は何も分からない」では、重大な病気を見落としてしまう可能性があります。

また、患者さんには複数の部位に症状を抱えている方が多くいらっしゃいます。手と膝が痛いと言っている患者さんに対して「膝は専門ではないので分かりません」と突き放すのではなく、一通りの診察をした上で、専門の先生に橋渡しをする。治療はできなくとも、せめて診断まではできる知識とスキルは身につけてほしいと若い先生にはよく言っています。当院では週1回は整形外科全員でのカンファレンスを実施し、担当患者さんについてプレゼンテーションしてもらうことで専門外の病気を学ぶ機会をつくっています。

その上で目指してほしいのは、“二刀流”の整形外科医です。専門分野は1つに絞るのではなく、2つくらい持っていてもよいと思うのです。本来は肩関節を専門にしていても、膝関節の治療もできる技術を習得するというように、自らのキャパシティはどんどん広げてほしいですし、自分自身もその志を今でも大切にしています。

磨き上げた技術、世界へ

今、私のもとには国内外から多くの先生が手術を学びにきてくれています。ただ、正直にお話しすると、20年ほど前まで自分で考案した技術は誰にも教えずに自分だけの秘密にしておきたいと思っていました。

ところがあるとき、そんな考えを変える出来事がありました。学会で私の発表を聞いていた香港の著名な整形外科医師からお誘いいただき、香港で実施される関節鏡手術のデモンストレーションの機会をいただくことになったのです。香港や台湾ではご遺体を使ったデモンストレーションが行われており、1回のデモンストレーションに世界中から50人以上が見学に訪れます。見学に来てくれた医師たちの熱心に学ぶ姿勢がとても印象的で、だんだんと人に技術を教えることにやりがいを感じ始めるようになりました。そのうち「今度ぜひ先生の病院で手術見学させてください」とお声がけいただくことが増え、今ではマレーシアや韓国、台湾などアジア各国から留学生を受け入れています。自身で培ってきた技術の恩恵を受けられる方が増えてくれればうれしいですし、これからも世界に向けて発信していきたいです。

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