連載「こんなこと、あるんですよ!」整形外科医が教える骨と筋肉と関節の話

人生の「終わり」ではなく「始まり」−人工膝関節を入れて健康に生きる

公開日

2019年06月06日

更新日

2019年06月06日

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2019年06月06日

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北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授

高平 尚伸 先生

変形性膝関節症でも健康寿命を縮めない!【治療編】

もし、あなたや家族が「膝の関節を人工関節へ入れ替える手術が必要です」と医師から言われたとしたら、どう思うでしょうか。もう健康な生活は送れないのか、周りの人と同じように仕事やプライベートを楽しむことはできないのか、と不安に感じ、暗澹(あんたん)たる気持ちになることもあるでしょう。しかし、その気持ちは杞憂に過ぎないかもしれないのです。今回は、ある患者さんの例を通して、変形性膝関節症の人工関節の手術とその後の生活について考えていきましょう。

人工関節を入れることを決意したある患者さんの「驚き」

「今では、人工関節を入れたからといって必ず身体障害の認定を受けることができるわけではないんですよ」

変形性膝関節症で人工関節置換術を受けることを決意したある患者さんは、医師からのその言葉を聞いて驚きました。昔、「人工関節を入れると、肢体不自由の障害の認定対象になる」と聞いたことがあったからです。

確かに、2014年以前は、人工関節を入れると一律で肢体不自由の身体障害の認定を受けることができました。しかし、今では決してそのようなことはないのです。それはなぜでしょうか。

肢体不自由の認定基準変更の裏側には「人工関節の進歩」

人工関節置換術は、変形性膝関節症に代表される関節の病気やけがなどで関節の機能が失われた際に、人工関節に入れ替える治療法です。それによって原因となっている部分そのものを取り除くことができるため、手術を受けることで関節の痛みの大幅な改善が期待できます。

膝の人工関節の手術には、膝関節のすべてを入れ替える「人工膝関節全置換術」と一部を入れ替える「人工膝関節部分置換術である人工膝関節単顆置換術(単顆型人工膝関節置換術)」があり、症状や体の状態によってどちらかを選びます。

人工関節置換術は一般的な手術で、数十年前から行われています。人工関節に使われる素材の改良や、より患者さんへの負担の少ない手術の方法などが編み出されるといった治療の進歩で、社会生活に大きな支障がないほどに術後の日常生活動作(ADL)が大きく改善できるようになりました。そのため、人工関節置換術における肢体不自由の身体障害の認定基準が見直され、術後の状態によっては必ずしも認定を受けられるわけではなくなったのです。

人工関節に使われる素材は、メーカーや人工関節のタイプ・パーツによって異なりますが、チタン、ステンレス、コバルトクロム合金などの金属や、セラミック、ポリエチレンなどが使われます。どの素材も体内で腐食を防ぐために特殊な処理が施され、体内に入れても安全にできています。

術式についても、今では最小侵襲手術(MIS)という、手術時の切開部位の侵襲を最小限に抑えて治療を行うものがあり、術後の回復や体への負担の軽減につながっています。

人工関節を入れた方の膝

人工関節は健康に生きるための手段

中には、「膝に人工関節を入れると、生活に支障が出てしまうのではないか」と考えて手術に踏み切れない方もいます。しかしながら、変形性膝関節症における人工膝関節置換術のほとんどのケースではむしろ生活の質(QOL)が向上します。人工関節は、あなたの生活を制限するものではなく「健康に生きるためのサポートをしてくれるもの」なのです。

実際に変形性膝関節症で人工膝関節置換術を受けた患者さんから「手術を受けてから旅行ができるようになった」「関節の痛みを気にせず外出できるようになって生活の楽しみが増えた。もっと早く受けておけばよかった」との声を耳にします。患者さんは、旅行はおろか買い物や歩くことすら難しい状態からここまで回復しているので、人工膝関節がQOLを大きく高めてくれることがよくわかるでしょう。

もちろん、ほかにもまだ治療法が残されている場合には人工膝関節置換術を受ける必要はありません。しかし、そうでない場合には無理をして手術を回避しようとせず、「適切なタイミング」で人工膝関節置換術を受けたほうがよいでしょう。

タイミングを逃すと寝たきりにも

変形性膝関節症の治療として人工関節を入れることは、近年話題になっている「健康寿命」を延ばすことにもつながります。健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことです。2016年の調査では、健康寿命と平均寿命の差は男性が8.84歳、女性が12.75歳です。この差は、「健康に生活できない期間」の平均と言い換えることができます。

適切なタイミングで人工関節を入れることで、この健康に生活できない期間を短くし、人生を楽しんでよりよく生きることが可能になります。例えば、家族と出かけたり、趣味を楽しんだり、行きたいところへ行けてわくわくできたりする時間が増えることになります。

旅行を楽しむ高齢者

一方、人工関節を入れるタイミングを逃してしまうと、症状が進行してトイレや入浴、外出などの日常生活がだんだんと難しくなってしまい、骨が衰える骨粗しょう症や筋肉が衰える「サルコペニア」などになり、悪化すると最終的に寝たきりになってしまうことがあります。その結果として最悪の場合には「廃用症候群」と呼ばれる、安静状態が長期に続くことによる心身の二次的な障害のリスクが生じる悪循環に陥ることがあります。例をあげると、重症な筋力低下や骨粗しょう症、疲れやすい、体重減少や食欲の低下などです。

人工膝関節はこれらの状態を防ぎ、よりよい生活を送るための手段の一つです。少々言い過ぎかもしれませんが、人工関節を入れることは「人生の終わり」ではありません。むしろよりよい「人生の始まり」なのです。

まずは主治医と相談

人工関節は、生活を制限するものから、よりよい生活へのサポートとなるものへ変化しています。変形性膝関節症の人工膝関節置換術を考えている方にとって、手術そのものや術後の生活に関する疑問や不安が尽きないのはよくわかります。それらの疑問・不安、そして今が人工関節を入れる適切なタイミングなのかも含めて、きちんと医師に相談することが大切です。

もし、人工関節を検討していれば、まずは主治医と相談し、主治医が人工関節の手術を行っていない方であれば、手術のできる医師を紹介してもらいましょう。他の医師にセカンドオピニオンを求めている場合は、主治医に先にその旨を伝えておくことが信頼関係を作るために大切です。隠さずにきちんと伝えましょう。

自身の体の状態で人工膝関節置換術を受けることができるのかどうか、膝の関節をすべて人工関節に入れ替えるのか、一部だけなのかなど、どのような手術になるかは同じ変形性膝関節症の人工膝関節置換術でも患者さんによって異なります。また、術後の合併症のリスクや入院・リハビリ期間、人工関節の寿命などについても、手術を担当する医師からしっかりと話を聞きましょう。そのほか、3Dプリンターなどを使った3次元造形立体モデルを使った術前計画や、手術の手助けをする手術用ナビゲーションシステムを用いているかといった最先端の技術を使っているかどうかも、聞いてみてもよいかもしれません。

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