北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
もしかして骨折したかもしれない――。肋骨(ろっこつ)のあたりに痛みがあるとき、骨折の可能性を考える方は多いかもしれません。特に、高齢になると骨が弱くなりがちで、転倒などをきっかけに骨折しやすい状態といえます。しかし、肋骨の痛みを訴える患者さんを安易に骨折と診断することで、隠れている病気を見逃してしまう可能性があります。実は、ある感染症は、肋骨骨折に間違われやすいのです。今回は、私が実際に出会った患者さんとのエピソードから、肋骨骨折と間違われやすい感染症について解説します。
「ぶつけた覚えはないけれど、肋骨のあたりが痛い」
そう訴え、68歳の女性、Aさんが受診されました。外傷はないものの、ヒビなど骨折の可能性を考え、整形外科にいらっしゃったのです。高齢ということもあり、物を持ったり体をひねったりしたときに、気づかないうちにヒビが入ったのではないかと心配されていました。
さらに、Aさんは骨粗しょう症の診断を受け、治療中とのこと。骨がもろくなっているため、骨折しやすい状態であることも考えられます。
また、30歳のときに肋骨にヒビが入り、入院した経験があることも教えてくださいました。
高齢で骨粗しょう症を発症していること、肋骨骨折の既往歴があること。これらのことから、肋骨の痛みの原因は骨折である可能性が高いように思えます。しかし私は、他の原因があるのではないかと考えました。
なぜ骨折の可能性を疑ったかというと、Aさんの痛みを訴えている部位が、骨粗しょう症の患者さんによく見られる骨折とは異なっていたためです。骨粗しょう症が原因の骨折は、主に太ももの付け根の骨である大腿骨頸部(だいたいこつけいぶ)、手首にある橈骨(とうこつ)、背骨にあたる脊椎(せきつい)、腕の肩に近い部分にある上腕骨で起こりやすいといわれています。逆に肋骨を骨折するケースは少ないのです。また、骨折している場合、患部から離れた特定の部位を前後左右から圧迫すると患部に痛みが生じる「介達痛(かいたつつう)」が起こることがあります。ところが、触診ではAさんに介達痛を確認することはできませんでした。
以上のことから、本当に骨折であるか診断するためにレントゲン検査を行いました。その結果、骨折を確認することができなかったため、痛み止めの薬を服用しながら様子を見ることにしました。軽微なヒビの場合、レントゲン検査ではわからないこともありますし、時間が経過してから確認できるようになることもあります。そのため、骨折の可能性は低いけれども、時間がたってから再度受診していただくようお伝えしました。
その1週間後のことです。Aさんは、小さな水ぶくれの集まりが現れる疱疹(ほうしん)ができたことをきっかけに皮膚科を受診。結果、感染症のひとつである帯状疱疹(たいじょうほうしん)であることがわかりました。帯状疱疹は、加齢に伴って発症しやすくなることがわかっており、高齢で発症する方も少なくありません。後ほど詳細を述べますが、肋骨の痛みの原因は、この帯状疱疹だったのです。
Aさんは、骨折の可能性は低いという診断結果であったため他の病気の可能性を考え、疱疹が現れた際にすぐに皮膚科を受診しました。もしも最初に誤って肋骨骨折と診断されていたら、皮膚科を受診してはいなかったかもしれません。
その後、抗ウイルス薬による治療で帯状疱疹が無事に治ったことを報告してくれました。
帯状疱疹は、「皮膚の病気」というイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれません。確かに、帯状疱疹の代表的な症状には、疱疹などの皮膚症状があります。しかし、この皮膚症状が現れる前に、かつて感染後に潜伏していたウイルスが活性化して炎症が起こり、神経が刺激されるために神経痛が現れることがあるのです。
この神経痛が肋骨付近で起こることがあります。肋骨の間にある肋骨神経に炎症が起こり、痛みが現れることがあるのです。Aさんは、まさにこの肋骨神経痛を起こしていたと考えられます。
この肋骨神経痛のために、帯状疱疹は肋骨骨折と間違われることがあります。私自身、整形外科医になってから、度々このような症例を経験しています。
帯状疱疹であっても、皮膚症状が現れていない段階では診断が難しいケースもあるでしょう。特にAさんのように、骨粗しょう症や、骨折の既往歴のある場合は骨折を疑いやすい状態といえます。しかし、ここで安易に骨折と診断することで、隠れている病気を見逃してしまう可能性もあります。患者さんの情報から安易に診断せず、きちんとレントゲン検査を行うことが大切です。レントゲン検査でも確定できないようであれば、場合によっては経過観察を行う必要もあるでしょう。
肋骨骨折の場合、診断後に肋骨を固定するバンドによって治療を行うことで、夏場であれば、皮膚のかぶれやあせもにつながるケースもあります。また、帯状疱疹の治療が遅れることで、皮膚症状がなくなった後も、慢性的に神経が痛む「帯状疱疹後神経痛」が残る可能性も高くなります。これらのため、誤った診断による治療は避けるのが望ましいでしょう。
肋骨骨折と診断され、治療を受けてもなかなかよくならないような場合には、時期をみて再度受診することも大切です。医師だけでなく、患者さんも肋骨の痛みが帯状疱疹のサインである可能性があることを知っておいてください。
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北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
北里大学病院整形外科にて、股関節手術、ロコモティブシンドローム、姿勢など、さまざまな分野の治療に従事。著書も多数あるほか、TV出演なども行なっている。近年では、ロボットを用いたヘルスケア指導など、新しいとりくみにも尽力されている。