北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
変形性膝関節症は、膝の痛みを訴える高齢者に多くみられる病気です。膝の軟骨がすり減って関節が変形し、炎症が起きることで膝の痛みなどが出てきます。変形性膝関節症は「年のせいだから仕方ない」と諦めなければならない病気ではありません。そして、必ず手術をしなければ改善しない病気でもありません。では、どうすればつらい膝の痛みを和らげることができるのでしょうか。
「膝が痛くて階段の上り下りがつらくなり、買い物に行く回数が減ってしまいました」
81歳の女性は、数年前から膝の痛みに悩んでいました。
「少しずつ、椅子やトイレから立ち上がる時に痛みを感じるようになりました。ただ、歩き始めると痛みがなくなるんです。最近は歩いているときも膝の内側が痛むようになって、膝の周りが腫れてきました」
女性の膝の痛みの原因は「変形性膝関節症」。膝の軟骨が弾力性を失ってすり減ることで、関節が変形する病気です。炎症による膝の痛みのほか関節に水がたまること(水腫)もあり、それらによって膝の曲げ伸ばしが難しくなります。はじめは「正座ができない」「階段の上り下りの際に膝が痛む」といった症状から異変に気がつくことが多いようです。
変形性膝関節症は女性に多くみられる病気で、高齢になるほどこの病気を患う人は多くなります。厚生労働省の調査では、自覚症状のある患者さんは約1000万人、潜在的な患者さんは約3000万人いると推定され、別の調査では40歳以上で男性の42.6%、女性の62.4%が変形性膝関節症を患っていることがわかっています。
なぜ、年齢が高くなるほど有病率が高くなるのでしょうか。それは、加齢によって膝の軟骨が柔軟性を失うためです。そうして膝の軟骨が柔軟性を失ったところに、畑仕事などの重労働や体重の増加などで膝に負担がかかると軟骨がすり減って、膝関節に直接負担がかかります。すると、関節の骨の組織が異常に増えて棘(とげ)のように変形し、炎症が起きて痛みが生じます。ひどくなると、膝が体重を支えるバランスが崩れてO脚になってしまい、膝の内側の軟骨がすり減ります。
過去にサッカー、ラグビーなど激しいスポーツに取り組んでいて、靭帯(じんたい)損傷などが原因となって変形性膝関節症を発症することもあります。
関節リウマチがもとで起きることもあります。関節リウマチは免疫の異常によって関節が慢性炎症を起こす病気で、骨周囲の組織のひとつである「滑膜」が異常増殖します。関節リウマチが進行しても膝関節に変形が起きることがあるのです。この場合は通常の変形性膝関節症と異なり、O脚ではなくX脚に変形します。
変形性膝関節症を発症したら、生活の質(QOL)を低下させないために病気の進行の予防が大切です。体重増加が悪化の要因になっている場合は、適切な体重コントロールを行います。仕事や生活習慣が症状の悪化につながる場合は、それらの環境要因も取り除いていきます。例えば、仕事の内容を変えたり、自宅でよく階段を使うのであれば階段を使わなくてすむよう家の中のレイアウトを変更したりするなどして、膝への負担が軽くなるように調整します。
そのほか、膝に負担をかけない形での適切な筋力トレーニングや、「足底板」も効果的です。筋力トレーニングでは大腿四頭筋と呼ばれる太ももの筋肉を鍛えると、膝への負担が軽減し変形性膝関節症の痛みの改善や発症予防に効果があるとされています。
ただし、発症予防には大腿四頭筋のトレーニングだけでなく、体重コントロールや膝の負担を減らす環境づくり、膝を適切な位置に調整するといったことも重要です。
足底板は靴の中敷きのような矯正器具です。個々の状態に合わせた足底板を作って体重のかかるバランスを整えると、膝への負担が分散されて痛みが和らぎます。
ほかにも、関節内にヒアルロン酸を注射する治療も痛みのコントロールに有効です。ヒアルロン酸は関節を滑らかに動かすために必要な「関節液」の主成分で、主な作用として(化学的な効果も報告されているため)注射で補うことで膝を再び滑らかに動かし、膝への衝撃の吸収がしやすくなります。ただし、サプリメントなどでヒアルロン酸を経口摂取しても、その効果については今のところ科学的なデータはないので注意が必要です。
変形性膝関節症の痛みを軽減し進行を抑えるには、いずれの対処法の場合であっても、上述の生活習慣改善と合わせて行うことが大切です。
変形性膝関節症は、それほど進行していなければ手術をしなくても、今回紹介した対策で痛みを和らげて進行を抑えることが可能です。一方で、症状が進行していて生活に著しく支障が出ている場合は、手術が必要なこともあります。
これらの治療やケアは、整形外科が専門です。自己流など誤った方法でケアをすると、かえって悪化する可能性があります。整形外科の医師やリハビリテーションの専門家の指導のもとで進行防止のケアをするとともに、適切な治療を受けましょう。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。
北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
北里大学病院整形外科にて、股関節手術、ロコモティブシンドローム、姿勢など、さまざまな分野の治療に従事。著書も多数あるほか、TV出演なども行なっている。近年では、ロボットを用いたヘルスケア指導など、新しいとりくみにも尽力されている。