北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
高齢になると骨折しやすくなります。骨が極端にもろい場合には、寝返りを打っただけで骨折したケースもあると言われています。骨折すると回復までの間、生活に支障が出るだけでなく、そのまま寝たきりになることや、うつ病や認知症になってしまう可能性もあると言われています。実は、高齢者の骨折を防ぐには運動と食事に加え「片付け」も大事です。その理由とは――。
75歳の女性、Sさんは自宅でキッチンへ飲み物を取りに行こうとした際にカーペットと床の間のわずかな段差につまずき、転んで腰を強打。我慢できないほどの強い痛みで動くことができません。幸いにも、同居している長男の妻が直後に帰宅し、すぐに救急車で病院に運ばれました。
Sさんの診断は「大腿骨頸部(だいたいこつけいぶ)骨折」。太ももの骨の骨盤に近い曲がった部分が折れた状態です。Sさんのように、高齢者が歩行に制限が出る部位を骨折すると、寝たきりになるリスクもあり注意が必要です。
高齢者、特に女性の場合は骨粗しょう症によって骨折しやすい状態になっていることがあります。病院で検査をしたところ、Sさんも骨粗しょう症であることがわかりました。
大腿骨は体の中でも太い骨で一見折れにくいように見えますが、骨粗しょう症で骨の量が減ってもろい状態になっていると転倒などの軽微な衝撃でも折れてしまうことがあります。大腿骨頸部骨折は1:4で女性、特に高齢女性に多く生じます。転倒などが直接の原因でも、その裏には骨粗しょう症が隠れていることが多いのです。
ほかに転んで手をついた際に起こる手首の骨折「橈骨(とうこつ)遠位端骨折」▽転んで肘をついた際に腕の肩に近い部分が折れる「上腕骨近位端骨折」▽尻もちをついた際に起こる「脊椎(せきつい)圧迫骨折」――を含めて高齢者に起こりやすい「4大骨折」といいます。
骨粗しょう症は痛みなどの自覚症状はありませんが、1カ所が折れるとそれ以外の場所も連続して折れる「ドミノ骨折」が起こりやすくなります。予防には、骨折する前に「転ばない体」と「転んでも折れない丈夫な骨」を作ることがとても重要です。では、それはどうすれば作ることができるでしょうか。そのカギは、運動と食事にあります。
高齢者の骨折は、骨、関節、筋肉などの運動器に障害が起きて「立つ」「歩く」機能が低下した状態(ロコモティブシンドローム)で転倒することなどによって起こりやすくなります。これを防ぐトレーニング(ロコトレ)で足腰を健やかに保ちバランス能力を高めることが骨折予防につながります。ロコトレは「片脚立ち」「スクワット」のたった2つの簡単な運動に加え、「フロントランジ」「踵(かかと)上げ下げ」などです。
もし、膝や腰の痛みで運動することが難しい場合は、無理をせず、まずは病院でその痛みを治療しましょう。早めに対策を打ち、痛みによって動くことが億劫になる状態を防ぐことができ、ロコモティブシンドロームの予防にもなります。
丈夫な体を作るにはバランスの良い食事で十分に栄養を取ることも大切です。
骨の材料となるカルシウム▽筋肉のもとになるたんぱく質▽腸でのカルシウム吸収を助けるビタミンD▽骨の形成・維持に関わるビタミンK――などを摂取することが丈夫な体につながります。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015年版)」によると、たんぱく質の推奨摂取量は1日あたり成人女性50g、成人男性60gとされています。肉や魚、牛乳、大豆などは良質なたんぱく源です。積極的に取りましょう。ビタミンDは日光浴をすると体内で合成されますが、魚やキノコ類などの食べ物からも摂取するとよいでしょう。ビタミンKは、青菜や納豆に多く含まれています。
もし、食欲がない、多く食べられないなど十分な食事を取ることが難しい場合には、サプリメントを活用したり骨粗しょう症の場合は薬を上手に利用したりしましょう。
ほかにも、散歩など無理のない範囲で運動習慣をつけることや、日常生活でもなるべく階段を使ったり、こまめに動いたりするなど、なるべく体を動かすことが骨折しない強い体作りにつながります。
もう1つ、「室内の整理整頓」も骨折予防につながります。実は、高齢者の骨折は屋外よりも屋内で多発しています。 高齢者の自宅は荷物が多かったり、古い作りでバリアフリーのリフォームがされていなくて段差があったり、洗濯物や本でごちゃごちゃしていたりしがちです。そうしたものを乗り越えたり避けて歩いたりすることになるのですが、自分では越えられるだけ足を上げたつもりでも、十分に上がらずつまずく。あとは、カーペットの角やコードなどにつま先が引っかかる。これら転倒につながる危険を日ごろから取り除いておくことが大切です。
生活に気をつけていても、骨折してしまうことはあります。その場合も、過度に心配する必要はありません。しっかりと治療とリハビリをすれば寝たきりを防げることも多いです。
前述のSさんが患った大腿骨頸部骨折の場合は、基本的に手術で治します。手術には大きく骨接合術と人工骨頭置換術があります。
骨接合術は、骨をスクリュー(ボルト)で固定して、折れた部分をくっつけます。人工骨頭置換術は、骨折した頸部から骨頭を切除してから人工骨頭と呼ばれる人工関節の一種に置き換えます。術後から体を動かせるようになるまでの期間が短いので、最近では人工骨頭置換術がよく行われます。場合により、施設によっては人工股関節置換術が行われることもあります。
不幸にもどこか1カ所を骨折してしまったら「ドミノ骨折」を防ぎ、健康寿命を延ばすという意味でも、「骨折そのものの治療と合わせて骨粗しょう症の治療も行っていこう」というのが近年の整形外科治療の流れになっています。運動や食事の他に、必要に応じて骨吸収抑制剤や骨形成促進剤などを使った薬物療法も行われます。
「骨折して寝たきりになるのが怖い」「運動したくても体が痛くてできない」という声をよく耳にします。骨折を恐れる気持ちはよくわかります。しかし、怖がって動かずにいると、気持ちとは裏腹に「骨折しやすい」体になってしまいます。
過度に骨折を怖がらず、今回紹介したロコトレや食事などを参考に丈夫で健康な体を作りましょう。そして、まだ骨粗しょう症の検査を受けたことがない方は、1度整形外科(女性の場合は婦人科でも可)で検査を受けることをお勧めします。
転ばない、骨折しない丈夫な体を目指して、今日から「骨折予防」を始めましょう。
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北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
北里大学病院整形外科にて、股関節手術、ロコモティブシンドローム、姿勢など、さまざまな分野の治療に従事。著書も多数あるほか、TV出演なども行なっている。近年では、ロボットを用いたヘルスケア指導など、新しいとりくみにも尽力されている。