北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
「関節の痛みは加齢で軟骨がすり減っているからで、仕方のないもの」と諦めてはいませんか。関節の痛みは、軟骨がすり減ることだけが原因で起こるわけではありません。珍しいケースではあるものの、関節に粒状の腫瘍がたくさんできて痛みが出ていることもあるのです。今回は、関節に粒状の腫瘍ができる「滑膜性骨軟骨腫」を発症したある男性の例をみていきましょう。
78歳の男性Aさんは、長らく股関節の痛み、特に何か挟まったような感じがありました。移動時に股関節が痛むために外出が億劫になり、外出をしても時々歩行時に股関節が痛んで、生活全般に支障が出て悩んでいました。Aさんは、数十年前に股関節からポキポキと音がする「弾発股」の手術を受けており、股関節にはその際に使われたスクリュー(ボルト)が入っています。今回は弾発股の手術を受けた方の股関節の痛みが続き、私のもとを受診したのです。Aさんの弾発股は治癒していましたが、5年前に他院で「滑膜性骨軟骨腫」と診断され痛み止めの薬のみの治療を受けていました。
来院時には「前の病院ではCT検査で股関節を囲むように骨軟骨種と思われる所見があり、担当の先生からは大きな手術が必要だと言われて来ました」とおっしゃられました。
診察をすると股関節の動きに制限があり、股関節周辺は腫れていて触ると痛みがあるようでした。改めてレントゲンなどの各種検査を行ったところ、Aさんはやはり滑膜性骨軟骨腫で間違いありませんでした。ただし、関節が大きく変形していないことなどから、最小限の手術にする方針を説明したところ、Aさんはほっとした様子で「安心しました。手術をお願いします」と答えました。
聞きなれない滑膜性骨軟骨腫とは、いったいどのような病気なのでしょうか。
滑膜性骨軟骨腫は、「滑膜」と呼ばれる関節を包む膜の一種が、軟骨を作る細胞に変化する病気で、30〜40歳の男性に現れやすいといわれます。骨のがんと違ってほとんどは良性で、通常は命に関わることはありません。しかし、時間の経過とともに粒状の軟骨の腫瘍組織が多数でき、痛みが出てきて生活に支障をきたすことがあることから、できるだけ早く治療を受けたほうがよいでしょう。
滑膜性骨軟骨腫の主な症状は、関節の痛み、関節が動きにくくなるといったものです。Aさんのように股関節に症状が出るほか、肘や膝などの関節にも現れます。股関節の場合は、「跛行(はこう)」といって、歩行時に足を引きずる症状がみられることもあります。歩行時に関節から音がする点、腫瘍ができる場所によっては痛みの程度が強くても比較的関節が動かせる点が特徴です。
この滑膜性骨軟骨腫は、問診だけでは変形性関節症(関節の軟骨がすり減って痛みが生じる病気)と区別がつきにくく、正しい治療が行われていないことがあります。滑膜性骨軟骨腫はめずらしい病気のため、レントゲンやCT、MRIなどの画像検査を行わないと誤診されることがあるのです。
滑膜性骨軟骨腫は、手術で腫瘍を取り除けば症状は良くなります。腫瘍が少ない場合は関節鏡と呼ばれる内視鏡で手術することも可能です。ただし、関節鏡では関節の裏側(後方)などの腫瘍は取りきれないことがあります。病状が進行して腫瘍の数が多くなっている場合は、関節鏡を使わない通常の手術を行って取り除きます。
前述のAさんの場合は、関節鏡を使わずに手術を行いました。そのままでは取りきれない腫瘍もあったため、股関節を意図的に脱臼させて摘出された腫瘍は546個。ほかに大きな塊の腫瘍は5個にのぼりました。
Aさんの術後の経過は良好で、数週間の入院のあと元気に退院されました。ただ、滑膜性骨軟骨腫は再発の多い病気です。たとえ手術で腫瘍を全部取りきれたとしても、再発のリスクが残ります。そのため、術後しばらくして同様の症状が出た場合には無理をせずに医師に相談してください。
滑膜性骨軟骨腫は、2018年の時点でははっきりとした原因は明らかになっていません。そして、関節の手術の経験がない場合の発症がほとんどです。Aさんの場合は過去に受けた弾発股の手術が影響して発症したのではないかと考えられましたが、詳細な原因は不明のままでした。
もし過去に関節を手術した経験があるなどして、年々関節の痛みがひどくなっている場合や安静にしていても痛みが和らがない場合は、滑膜性骨軟骨腫の可能性もあります。痛みを我慢せずに整形外科の医師に相談して詳しく検査してもらいましょう。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。
北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
北里大学病院整形外科にて、股関節手術、ロコモティブシンドローム、姿勢など、さまざまな分野の治療に従事。著書も多数あるほか、TV出演なども行なっている。近年では、ロボットを用いたヘルスケア指導など、新しいとりくみにも尽力されている。