希少難病の子どもたちと家族を支える"健やか親子支援協会”。理事を務める佐谷秀行先生(藤田医科大学 がん医療研究センター センター長、慶應義塾大学 医学部 名誉教授)の専門はがん、それも脳腫瘍の基礎研究です。一見すると関連性が薄そうですが、1人の患者さんとの出会いがキャリアに大きな影響を与えたと佐谷先生は語ります。希少難病の子どもたちと家族が抱える困難、それを支える健やか親子支援協会の取り組み、新たな課題"ドラッグ・ロス”、そして患者さんに寄せる佐谷先生の思いとは――。
小児希少難病とは、罹患する人数が非常に少ない病気です。しかし、希少難病全体としてみると罹患する割合は非常に高く、世界の人口の17人に1人といわれています。疾患数としては7000種類以上あり、症状が非常に軽いものから重いものまでさまざまです。日本国内の患者数は合計で750万~1000万人と推定されています1)。問題は、一つひとつの疾患の患者数が少ないことで薬剤や治療法の開発が進みにくいことです。また、専門医が少なく、医師の間でも疾患に対する理解度にばらつきがあることも課題です。
健やか親子支援協会は2015年に設立された団体で、希少難病の子どもたちとそのご家族の支援を行っています。活動は▽"希少難病の検査機関・専門医の検索サイト”の構築▽検査を行った際の検体輸送サービスの提供▽生活基盤を安定させるためのご家族の就労支援や経済的支援を目的とした基金・保険の創設▽希少難病に対する啓発・広報――など、多岐にわたります。昨年より開始したエンジェルスマイル基金による難病児ファミリー応援給付金事業は、今年も実施しています(条件、応募方法など詳しくは<お知らせ>、〆切は2023年10月20日(金)正午)。
1) NPO法人希少難病ネットつながる
今、特に力を入れて取り組んでいるのは"希少難病の検査機関・専門医の検索サイト”の充実です。2023年7月に行った大幅リニューアルで、掲載している疾患数を70前後から189に増加させました。
多くの希少難病の患者さんは、なかなか診断に至らず、治療を開始するまでに長い時間と労力を費やすことが少なくありません。小児で発症した場合は、患者さん本人だけでなくご家族にも大きな負担が生じます。そのため、検索サイトを通じて、かかりつけ医に「どこに行けば専門的な検査を受けられるか、専門医はどこにいるのか」の情報を提供することで、早期に専門医にアクセスし診断に結び付くことを目指しています。
広く公開しているサイトですので、患者さんやご家族を含む一般の方もご覧いただけます。しかし、それぞれの患者さんの状態を一番よく理解されているのは、担当医またはかかりつけ医の先生です。心配なことがあれば、まず担当医やかかりつけ医の先生にご相談いただければと思います。
まだあまり知られていませんが、実は"ドラッグ・ロス”と呼ばれる深刻な課題があります。がん分野で注目され始めていますが、希少難病もその影響を受ける可能性が十分にあり得るのです。類似する"ドラッグ・ラグ”の問題は、海外で承認されている薬が日本で承認されて使用できるようになるまでの時間差のことです。結果的に日本で薬が販売されるものの販売までに要した期間がほかの国よりも長くかかることが多かったのですが、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が新薬の審査迅速化を進めたため現在ではかなり改善しています。
これに対し"ドラッグ・ロス”は未承認薬の増加、すなわちほかの国では承認されている薬が日本では承認されず使えないという問題です。現在欧米では、新薬のほとんどはベンチャー企業が開発しています。これらの企業は国際的に展開できるほど資金がないため、企業が拠点を置いている国のみで臨床試験を実施し、その国のみで承認申請を行います。結果として日本で開発の着手がされない、すなわち臨床試験が行われないことによって、日本ではいつまでたっても使用されないという状況が生じています。
私が長年研究を続けてきた希少難病の1つであるレックリングハウゼン病の場合、学会と患者会が協力して臨床試験に参加する患者さんを集め、治療薬の承認に至りました。しかし、もっと患者数が少ない疾患の場合、臨床試験が実施できるだけの患者さんを集めることは困難です。健やか親子支援協会としては、ホームページなどでの情報発信を通じて、製薬企業や医療機器メーカーの方に「実際にどのような疾患が問題になっているのか」を知っていただき、開発を前向きに検討いただくことも大切だと考えています。
今後、ゲノム情報の解読が進めば遺伝子変異が特定されるなどして、これまで1つの疾患とされてきた病気も細分化されていくでしょう。がん領域では取り組みがされ始めていますが、すでにほかの疾患に用いられている薬剤を転用して別の病気を治療することも可能になります。そのときには、利用可能な薬剤の情報と共に、開発の段階や治験が行われている場所などの情報を集約し発信していくことが必要であり、非常に大きな意義があることです。今後はこのような情報発信についても検討していきたいと思っています。
私のキャリアのスタートは脳神経外科医です。臨床を続ける中で脳腫瘍という治療が難しかった病気に出合い、「なんとかしたい」という思いから、基礎研究に取り組み米国に留学しました。
研修医のときに、レックリングハウゼン病の方を担当したことがありました。レックリングハウゼン病の方は一般の方と比較してがんを発症しやすいことが分かっており、その方も脳腫瘍を患っていました。当時脳腫瘍の治療は難しかったのですが、もしレックリングハウゼン病の原因遺伝子を特定し解析することができれば、脳腫瘍の治療にも役立つのではないかと希望を抱いていました。
そのような思いを胸に米国で研究を続けていたある日、ユタ大学とミシガン大学の研究チームがほぼ同時に、レックリングハウゼン病の原因遺伝子を発見したというニュースが飛び込んできました。そこで、以前から考えていた"脳腫瘍におけるレックリングハウゼン病の遺伝子解析”の研究を始めました。研究を行うための資金は、レックリングハウゼン病の患者団体の助成によるものです。患者団体が公募を行っていた助成制度に応募し採択されました。最初に私の研究を支えてくれたのは患者さんたちなのです。そのおかげで私は研究を進め、成果をいくつかの論文にまとめることもできました。
この出来事がきっかけとなり、患者会の方々とのお付き合いが始まりました。毎年患者会のイベントに参加して研究の進捗をお話しするうちに、脳腫瘍のみならずレックリングハウゼン病そのものに大きな興味を抱くようになったのです。
アメリカで研究室が運営できたのは、レックリングハウゼン病の患者会のおかげです。恩返しのつもりで、私のライフワークであるがんの研究と並行して、レックリングハウゼン病の研究も忘れずに続けてきました。
日本に帰国してからは、レックリングハウゼン病の厚生労働省の研究班に参加し、故・新村 眞人先生(東京慈恵会医科大学名誉教授)とともに発起人として日本レックリングハウゼン病学会を立ち上げました。学会を通じて、新村先生をはじめとした多くの先生方と互いに協力し合いながら、レックリングハウゼン病と闘うためのさまざまな活動を行ってきました。その過程で、患者会の方々とも非常によい関係が築けてきたのです。
健やか親子支援協会に関わるようになったのはこの頃からです。事務局の方がそのほかの希少疾患でもレックリングハウゼン病と同じように、医療者と患者・家族が手を携えて共に病に向き合っていく関係を作れればとお考えになり、お声がけいただきました。これからも健やか親子支援協会を通じて、希少難病の方々のために活動を続けていきたいと思っています。
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