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医療情報の利活用―米村滋人・東大教授が解き明かす法的問題と解決策

公開日

2022年04月19日

更新日

2022年04月19日

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2022年04月19日

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個々人の医療や健康に関する情報を多数集めて分析することで、病気に対する新たな知見や治療法などの発見につながるとともに個人の健康管理にもつながることが期待できます。ところが、日本では法的枠組みの問題もあって医療情報の利活用が進んでいません。現状の問題点と、解決策としての「医療情報基本法」について、医師でもある東京大学大学院大学院法学政治学研究科の米村滋人教授に伺いました。

新型コロナ対応策の背景に「医学的知見の共有」

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2020年初めの感染拡大初期には、効く薬も分からず治療法も手探りでした。その後、短期間で国内の症例や海外の知見などが迅速に共有されたおかげで重症化を防ぐ方法や、重症化しても亡くならないようにする治療などが分かり、対応できるようになりました。この例のように、医学的知見を共有することは非常に重要です。さらに一歩進めて、医療情報を利活用して新たな医学的知見を得ることは、ご自身のためのみならず周りの人を助け次世代の患者のために医療を進歩させることにもつながるのです。

医療情報を社会や国民のために利活用しやすくしつつ個人情報を適切に保護するには、現在の法制度は適していません。ですから、ほかの分野の個人情報保護とは切り離し、医療情報のための独自の規制が必要なのです。

医療情報利活用と個人情報保護はトレードオフか

医療情報はさまざまな使い方ができます。たとえば「こうした場面で事故が起こりやすい」というような医療事故情報を全国の医療従事者で共有すれば、次の事故を未然に防ぐことができます。

学術研究の分野では、多くの医療情報を集めればそこから病気についての新しい知見や治療法の発見、創薬につながることが期待できます。また、個人の医療、健康、検診データなどを蓄積することで、本人の健康管理や病気の予防に加え、病気になったときには効率的で最適な治療方法を見つけることにもつながるでしょう。

ところが日本では、患者本人の保護を徹底することと、医療情報利活用を進めてよりよい医療を実現できるようにすることは、トレードオフの関係と受け止められがちです。本人保護を薄くしないと利活用拡大ができないと思っている人が多くいますが、それは違います。実際には、本人保護を手厚くすることで利活用が拡大できるのです。

利活用が進んでいない大きな理由の1つとして、本人保護のための仕組みが不十分なので、医療機関やさまざまな団体はその中で利活用を進めるのは危険と考えちゅうちょしていることが挙げられます。きちんと本人保護がなされる仕組みが整えば、医療機関、関係団体も心配せずに医療情報を使えるようになります。

現行法で医療情報の「プライバシー」は守られる?

医療情報取り扱いを規制する現行の法制度は▽刑法、保健師助産師看護師法などの医療従事者法に規定されている「守秘義務」▽民法の損害賠償で責任追及される「プライバシー侵害」▽個人情報保護法などの「行政特別法」――の3つの系統があります。

守秘義務に関しては、業務上の必要性があればかなり広く情報移転が許容される運用になっているので、責任を追及されることはほとんどありません。2つ目のプライバシー侵害は、医療情報についての判例はなく、どのような場面が侵害にあたるか明確ではありません。

そうしたなかで、注目を集めやすいのが3つ目の行政特別法です。2017年に改正された「個人情報保護法」は医療情報にも適用があり、原則として本人の同意なく個人情報の目的外利用や第三者提供が禁止されています。

個人情報保護法に基づく規制が行われていれば、自分に関する情報が完全に保護されていると思っている人もいますが、実際にはまったくそんなことはありません。実は本人の同意があれば目的外利用ができるという仕組みになっているのですが、同意がどのような形でとられるべきかという規制がありません。十分な説明がなく本人がまったく理解していないのに「大丈夫だろう」と同意してしまうといったケース、認知症の方や小さいお子さんなど内容をきちんと理解して同意できないのに情報を使われてしまうケースなどがあります。それでも、個人情報保護法では適法な情報利用とされる場合が多くあります。健康で理解力がある、情報に関して予備知識も関心もある人でないと、この法では保護されない仕組みになっているのです。

2018年に施行された「次世代医療基盤法」は、医療情報の利活用を進めていこうという考えでできた法律です。各医療機関にバラバラに存在する医療情報を匿名加工事業者が集めて名寄せしたうえで匿名化処理をして、外部から申し出があれば匿名加工情報の形で提供します。厳しい規制をかけたのですが、匿名加工をする前提だと入ってくる情報に限りがあります。たとえば、100歳を超えるような超高齢の方は全国でも数が限られる、希少疾患の患者さんは絶対数が少ないために本人が特定される――といった理由で除外されてしまいます。実際にはそうした情報こそが貴重なのですが、簡単には入ってこない仕組みになっています。それでは、医療の将来的な発展には役に立ちません。

「医療情報基本法」 従来との違いは

匿名化や本人同意に頼らず、個人情報を守りながら医療情報を活用するための枠組みとして、「医療情報基本法」を提案しました。従来の個人情報保護法では実現できない、医療情報にもっとも適した仕組みを作るのが一番の理念です。

私の個人的な考えとしては、同意に代わる仕組みとして「個別的な利用審査の仕組み」を導入することが望ましいと考えています。同意の有無にかかわらず、この仕組みを必ず介在させて、厳格なセキュリティーの下で特定された目的のために医療情報を使うことが保証されるようにします。

個人情報保護法では、官民を問わず法律が要求している以上に個人情報の利活用に後ろ向きという“過剰反応”がみられました。医療情報基本法の運用にあたっては、行政はもとより、医療従事者や製薬メーカーなど民間企業の方々にも内容をしっかりと理解してもらい、この法律の範囲内であれば大丈夫だと安心してもらうことが、利活用推進のための必要条件になると考えています。

誰がデータを管理すべきか

もう1つ重要なことは、誰が個人のデータを管理するかということです。さまざまな医療機関などから情報を吸い上げて国や1つの事業者が管理する仕組みは、法的には簡明ですが実現にはハードルが高かったり運用上の難しい問題が出てきたりします。情報漏えいに対する国民の不安や不信感も払拭が難しいでしょう。

個人としては、データはクラウドに置いて仮想空間でつなげられることにし、特定の保有主体が一か所に集めることはしないほうがいいと思っています。基本的にそれぞれの医療機関に分散して医療情報があるけれど、クラウド上で統合されているかのようにみえるというような形でうまく運用できないかというのが個人的な意見です。この問題は、今後いろいろな形で検討する必要があると思います。

次世代の患者のためにも医療情報利活用推進を

医療情報は、それぞれの患者さんにとって重要であると同時に、次の世代の患者さんのためにもとても貴重な、特殊な情報です。ご本人のためにしっかり守ると同時に、次の世代のために使うというルートも確立することがとても重要です。新興感染症はCOVID-19で終わるわけではなく、これからもさまざまな新しい病気が出現するでしょう。そうした病気の治療法が見つかる、既存の病気も新しい治療法が見つかる……それがしっかりとできることが、医療の未来を支えます。そのために医療情報の保護と利活用の両立が不可欠であることを、ぜひご理解いただきたいと思います。
 

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