糖尿病の患者数は非常に多く、現在日本には約1000万人もの糖尿病の患者さん(有病者)がいるといわれています。糖尿病は網膜症という目の病気や、腎症、神経障害などの合併症を引き起こします。さらには心筋梗塞・脳卒中の原因となる動脈硬化症のリスクを高め、問題となることが多いのです。また、最近では高齢化の進行に伴い糖尿病に合併する心不全の増加が指摘されています。そんな糖尿病の治療において重要な運動療法。その中でも近年、研究者の間で注目を集めているのが「レジスタンス運動」です。そのポイントを、門脇孝先生(虎の門病院院長)に解説いただきました。
糖尿病は網膜症や腎症、神経障害、動脈硬化症、さらには心不全など、さまざまな合併症を引き起こします。糖尿病の治療におけるもっとも重要な目的は、合併症を抑えることです。
そして治療の基本は「食事療法」と「運動療法」。そのうえで薬物治療を検討するというのが現在のセオリーです。食事療法と運動療法の2つがうまくいかなければ、どれだけ薬物療法を試みても血糖値のコントロールは困難です。
では、食事や運動では何に気を付ければよいのでしょう。食事については腹八分目を心がけ、カロリーの過剰摂取を避けること、そして糖質・脂質・たんぱく質をバランスよく取ることが重要です。
一方、運動については「有酸素運動」が重要といわれています。なぜなら、筋肉を動かすことでブドウ糖が筋肉に取り込まれるからです。これにより血糖コントロールなどが改善されます。たとえば、ウオーキングやジョギングなどは心肺機能を維持するうえで重要で、さらには血糖値をコントロールするという観点でも有用な運動といえます*。
*糖尿病患者さんは、運動の強度やタイミングなどの詳細を主治医にご相談ください。
糖尿病治療の運動療法において最近特に注目を集めているのが「レジスタンス運動」です。いわゆる“筋力トレーニング”で、筋肉に軽いレジスタンス(抵抗)をかける動作を繰り返し行う運動を指します。具体的にはスクワットや腕立て伏せ・ダンベル体操などが当てはまります。その特徴は、筋肉を鍛える効果があるという点です。
レジスタンス運動には、ダンベルやトレーニングマシンなどの器具を使う方法と、スクワットや腕立て伏せなど自分の体重を利用する方法があります。特に後者は特別な器具が必要なく、気軽に行えることがメリットです。
写真:PIXTA
なぜレジスタンス運動が注目されているのかというと、その背景には、超高齢社会で糖尿病患者さんのうち高齢者が占める割合が年々増加している現状があります。
というのも、糖尿病のもっとも大きな因子として肥満やメタボリックシンドローム(内臓肥満に高血圧・高血糖・脂質代謝異常が加わり、心臓病や脳卒中などになりやすい病態)があり、これらに対して一般的には食事療法や運動療法が試みられてきました。運動療法では内臓脂肪がよく燃焼する有酸素運動が有用とされ、肥満・メタボリックシンドロームを改善する方法として有酸素運動が行われてきた経緯があります。
しかし一方で、高齢になるとサルコペニア(加齢とともに筋肉の量が減少していく現象)に陥ることが大きな問題になっているのです。サルコペニアが進行すると、全身の力が衰えて種々の活動力が減少する「フレイル」や、筋肉・関節・骨が老化して移動機能に支障をきたす「ロコモティブシンドローム」に進行する場合があります。これらの状態に対してきちんと介入しなければ、不可逆的な寝たきりの状態に陥る可能性が高いのです。結局のところ、サルコペニアの時点でうまく介入できなければ、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の維持、あるいは健康寿命・寿命そのものを延伸させることは難しいのです。
つまり、糖尿病治療において肥満・メタボリックシンドローム対策には有酸素運動が重要である一方、サルコペニアやフレイル、ロコモティブシンドロームが懸念される高齢者の場合は筋肉をつけることが肝要であり、そのためにレジスタンス運動が注目されているということです。
元々筋肉量が多い方の場合、加齢に伴って筋肉が減ったとしても、ある一定のレベルまで落ちるには時間がかかります。すなわち「予備力」があるのです。そのため、若い頃から筋肉量を増やし、貯めておくことが重要です。これを今、「貯筋」と呼んでいます。
心肺機能の維持、血糖値のコントロールに有用な有酸素運動はもちろん大事ですが、それに加えてレジスタンス運動を行うことが、近年の糖尿病治療に対する運動療法では重要とされているのです。
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