血液やリンパのがん、免疫不全症などに対する治療法である造血幹細胞移植。副作用や合併症を生じることが珍しくないため、患者さんやドナーの方の安全を第一に考えて行う必要があります。また、移植後に患者さんが住み慣れた地域へスムーズに帰るには、多職種が連携して「命のバトン」をつなぐことが重要です。そこで全国には移植医療体制そのものの見直しと関係者への啓蒙という役割を担う「造血幹細胞移植推進拠点病院」が12施設選定されており、北海道大学病院もその1つです。拠点病院としての取り組みについて、北海道大学大学院医学研究科血液内科 教授/造血幹細胞移植医療体制整備事業 実施責任者の豊嶋崇徳先生にお話を伺いました。
拠点病院としての北海道大学病院の大きな役割の1つは、日本の「将来の移植医療」のひな型を示すことです。なぜなら、北海道は日本の将来の縮図を先行して経験している地域だからです。
高齢化が進み、地方が疲弊して、医療の全てが大都市に集中するようになり、鉄道はなくなっていく。そうすると地域で移植はできなくなり、大都市でカバーしなければなりません。けれども、都市にある病院の資源(人材、病床数など)はすぐに増やせませんので非常に厳しい状況に置かれます。このようなことが、いずれ東京を含めた日本中で起こりますから、現在の北海道の取り組みが全国の大きな参考になると考えています。
「命のバトン」をつなぐとは、地方にお住まいの患者さんでも遅れることなく受け入れ、適切な移植医療を受けていただいて、治療が終わったら元の地域に帰れるようにするということです。地域からバトンを受け取って、また地域にバトンを渡すようなイメージですね。限られた資源で、広い北海道をどうやってカバーするのか、いかに地方を守っていくのか――。北海道が「命のバトン」をつなぐためのモデルケースとなることを目指して、それが可能になる方法を考えています。
我々は造血幹細胞移植推進拠点病院として、移植の成績を上げることにとどまらず、「患者さんが移植施設に辿り着いて帰っていく」という過程を大事にして取り組みを進めています。
「命のバトン」をつなぐには、医療者同士の密接なコミュニケーションが重要です。人材の育成や交流がカギとなるので、今はそれを中心に取り組んでいます。人材といっても、移植をする人材ではなく、「移植医療を理解してくれる人材」という意味です。そこには医療関係者はもちろん、介護関係者なども含まれます。
たとえば、(道東の)根室に白血病の患者さんがいて、札幌の北海道大学病院で移植を受け、無事に終わったとします。しかし、その後も合併症などが起こる可能性があるため、なかなか根室に帰れないのが実情でした。なぜかというと、根室で診てくれる人を探すのが困難だからです。移植医療を受けた患者さんのケアには専門の知識が必要で、それまで診たこともないし、どうケアしたらよいのか分からないからといって、医療スタッフが受け入れを怖がっていたのです。
けれど、医療に携わっている人々は皆、基本的に「困っている人をどうにかしてあげたい、力になりたい」という気持ちを持っています。ですから、我々が年に4回ほど開いている勉強会(セミナー)には、コロナ禍以前は全道から150人もの医療スタッフが参加してくれました。もともと移植医療には詳しくなくても、勉強すれば「移植後の患者さんを受け入れることは怖くない」と分かってくれますし、その後に実際に受け入れてくれるようになりました。
そうすると、移植を受けた後にすぐ、元いた地域にお帰しできます。そして大学病院のベッドは空くので、次の移植待ちの患者さんを受け入れられるというよい循環ができてきます。実際に、北海道大学病院における移植患者の病院滞在日数は着実に減ってきています。これは地域と連携して移植医療をうまく回せるようになってきたことの証だと思います。
もう1つ重要な視点は、造血幹細胞の提供者(ドナー)への配慮です。今、若いドナーがどんどん減っており、現在のドナー登録者数のうち半数以上を40歳代と50歳代が占めています。移植施設がいくら頑張ってもドナーがいなければ移植はできません。
しかし、日本の骨髄バンクのシステムはガラパゴス化していて、ドナー登録の手続きのために献血ルームなどにわざわざ出向いていただく必要があります。たとえば、根室にお住まいのドナー登録希望者は、札幌に何度か来ないといけませんから、そのたびに仕事を休むことになってしまいます。特に非正規雇用などで休むと給料が減る人にとっては非常にハードルが高いことでしょう。さらに、実際に骨髄を提供することになったら仕事を長期的に休む必要があります。これは今まであまり気付かれなかった盲点でした。
そのため、今検討しているのはどこにも行かずにドナー登録ができる仕組みづくりです。具体的には、Webでドナーを募集して自宅に検査キットを送り、口腔粘膜を自分でぬぐって送るとHLA型(ヒト白血球抗原型:骨髄移植の際に適合が必要な“白血球の血液型”)が分かるような仕組みを想定しています。
日本の制度を変えることは非常に労力がかかりますが、患者さんやドナーの方のことを考えて、何とか突破しようと頑張っているところです。
今後、移植施設から地域への「命のバトン」をよりスムーズにつなぐとともに、システムを簡素化することでドナーの方からのバトンタッチについても促進したいと考えています。一歩先に将来の日本の姿を実感している北海道だからこそ発信することに意味がありますし、すべきことはまだまだ数多く残されています。
また、医療に携わる人とは、今後もいろいろ考えて一緒にやっていきたいと思います。高齢化や新型コロナなどの問題に直面するなかにあっても、移植医療をきちんと届けるためには私たち移植施設や地域の医療機関も変わらなければなりませんし、システム自体を変えていく必要もあります。ぜひ地域・多職種で連携する移植医療の北海道モデルの構築にお力をお貸しください。
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