脳卒中や認知症は高齢者の健康寿命を縮める大きな要因です。いずれも「脳の病気」ではありますが、心臓で起こる「心房細動」が原因の1つであることは、あまり知られていません。心房細動とはどのような病気で、脳とどのように関わっているのでしょうか。日本脳卒中協会常務理事、獨協医科大学病院脳卒中センター長、竹川英宏先生に伺いました。
「不整脈」と呼ばれる心臓の拍動の異常には、期外収縮、心房粗動、房室ブロックなどさまざまなタイプがあり、心房細動もその1つです。
心房細動は、心臓に4つある部屋のうち、全身や肺から血液が戻ってくる「心房」がけいれんしたように細かく震えることで、心臓が血液を規則正しく送り出すことができなくなる病気です。
心房細動が起こっても、自覚症状のない方が多くいます。ところが心房細動は、命に関わる脳卒中や、認知症を引き起こす恐れがあるのです。脳卒中と認知症は、高齢者が「要介護5(寝たきり)」になる原因の半数弱を占めています(2019年国民生活基礎調査)。それにもかかわらず、日本脳卒中協会が行った調査では、心房細動が脳卒中の原因になることを知っていた方は3割程度しかいませんでした。
心房細動は高齢者に多い病気です。高齢化が進む日本では、心房細動を知り、適切な治療をすることが健康寿命を延ばすことにつながります。
なぜ、心臓の不調が離れた場所にある脳の病気を引き起こすのでしょうか。
血液は、血管を流れずに1カ所にとどまっていると固まる性質があります。長時間同じ姿勢でいると足の静脈に血栓ができる(エコノミークラス症候群)のと同じです。心房細動では、細かく震えた心房の中に血液が滞留してしまうことで、血栓という血の塊ができてしまいます。血栓が心房からから流れ出て、脳の血管に詰まって血流を妨げると脳卒中(脳梗塞<こうそく>)が起こります。心房細動が原因で起こる脳卒中を「心原性脳塞栓(そくせん)症」といいます。
認知症にはさまざまなタイプがあり、一番よく知られているのはアルツハイマー病でしょう。これは、脳の中にある種のタンパクが沈着して脳が効率よく機能しなくなり、さらに脳が痩せてくる病気です。
心房細動で起こる認知症は、アルツハイマー病とは仕組みが違う「脳血管性認知症」との関連が強いと思われます。「脳血管性認知症」では、脳梗塞や脳出血によって梗塞や出血が生じた場所やその周りに血液が届かなくなって、神経細胞がダメージを受け、記憶力や認知機能、行動・心理状態などが損なわれます。また、手足の脱力やまひが起こらないような場所や、小さな血栓で小規模な血管の詰まりが生じるような“隠れ脳梗塞”によっても認知症のリスクが高まります。
また、脳の血管が詰まらなくとも、全身に血液を送る心臓の機能が弱まるために、脳に必要な栄養や酸素を送る血液が不足し、脳が“痩せる”ことが知られています。これも、認知症が起こりやすくなる原因になります。最近では、アルツハイマー病と心房細動の関連もいわれるようになり、実際に心房細動の治療でアルツハイマー病になる確率が低下することも報告されています。
不幸にも脳梗塞が起こった場合には、早急に治療することが大切です。
脳梗塞は、原因が心房細動か否かにかかわらず血栓を溶かして血流を再開させる「t-PA」という薬を使うか、カテーテルという細い管を詰まった場所まで血管沿いに送り込み血栓を取り除く「機械的血栓回収療法」のいずれかで治療します。ただし、これらの治療を行うには時間の制限があります。基本的にt-PAは発症から4.5時間、血栓回収療法は6時間(場合によっては24時間)以内で、脳の画像検査結果など条件を満たした患者さんにしかできません。限られた時間内に治療を受けられるかが、その後に大きく影響しますが、まずは1秒でも早く病院に来ていただくことが大切です。たとえこれらの治療ができなくても、専門的な急性期治療を早く開始することが後遺症を最小限にするために重要です。
その後の治療で大切なのが再発予防です。脳梗塞は再発しやすい病気で、10年で約半数の方が再発するという研究もあります。再発を予防するためには継続的に服薬する必要がありますが、原因によって使う薬が異なります。
心房細動が原因の場合には「抗凝固薬」(一般名:ワルファリン、直接経口抗凝固薬)という薬が使われます。一方、血管の壁にコレステロールなどがたまったり、高血圧によって血管の内腔が細くなったりする動脈硬化で脳梗塞を起こした人は、「抗血小板薬」を服用します。抗血小板薬は、心房細動が原因の脳梗塞に対する予防効果はありません。ですから、再発予防には脳梗塞の原因をしっかりと診断することが必要なのです。
ここで難しいのが、心房細動には時々発作的に起こるタイプがあることです。実際に頭のCTやMRI画像を見ると心房細動が原因で脳梗塞を起こされた可能性が高いにもかかわらず、入院時の心電図検査で確認できない人もいます。急性期の治療と並行して積極的に心房細動を見つけにいく検査を行い、適切な再発予防薬を使うということも重視しています。
心房細動で生じた血栓は、脳だけに流れていくわけではありません。足の血管や腎臓に詰まる人もいます。実際に心房細動による脳梗塞の患者さんをよく調べると、腎臓の血管も詰まっていた、という方もいました。心房細動は脳だけでなく全身の不具合にもつながるのです。
先ほどお話ししたように、心房細動は自覚症状がない方も多いのですが、自分で見つけられる可能性があります。大事なことは、自分で脈を測る「検脈」の習慣をつけることです。手首の親指側にある動脈に触れ、「ドクドク」という脈が不規則だったり時々とんだりする(1拍抜ける)ようであれば、不整脈の疑いがあります。重要なことは、脈が規則正しくなかったら、お近くのクリニックでもいいので早めに心電図検査を受けていただくことです。不整脈なのか、不整脈であれば放っておいていいのか治療する必要があるか、さらに心房細動であれば先ほどお話した抗凝固薬を使用すべきか、を診断してもらってください。
心臓の状態によっては心拍の異常を引き起こす細胞を焼く「アブレーション」という治療ができることもあります。
最近の家庭用血圧計には脈の不整をチェックしてくれるタイプもあります。不整脈の種類を診断することはできませんが、脈に異常があると表示されたら受診して心電図検査を受けることで治療につなげられる可能性があります。また、最近では家庭用心電計やスマートウォッチの一部に心電計を備えたものがありますので、こういったものを利用するのもよい方法だと思います。
自分で脈を測り、あるいは予防薬を飲んでいても、残念ながら脳梗塞の発症・再発を100%防げるわけではありません。脳梗塞の治療は時間との闘いです。まずは、「FAST」といわれる4点を覚えておいてください。
顔・腕・言葉の異常が1つでも突然生じたら脳卒中の可能性があります。「脳卒中かな」と思いながらも我慢して様子を見るなどした場合と、疑って救急車を呼んでみたものの脳卒中ではなかった場合、どちらが将来的にいいでしょうか。もちろん、疑ったが脳卒中ではなかった場合です。様子を見ているうちに治療できる時間を超えてしまったり、後遺症によって寝たきりになったりする可能性があります。また、脳卒中ではなくても別の病気が見つかることもあります。
先ほどのFASTに加え、経験したことのない激しい頭痛など、脳卒中が疑われる症状が出た場合には1分1秒が大事なので、救急車を呼んで病院に行ってください。
日本脳卒中協会と日本不整脈心電学会は、毎年3月9日を「脈の日」、この日から1週間を「心房細動週間」として、一般の方の認知度が上がるように啓発活動をしています。また、世界脳卒中機構が10月29日を「世界脳卒中デー」と定めています。日本脳卒中協会はこれまで毎年5月の最終週を脳卒中週間として啓発活動をしてきましたが、2021年から毎年10月の1カ月間を「脳卒中月間」とし、各地で公開講座を開くなどして、脳卒中についての知識を高めていただけるように活発な啓発活動を行っていきます。
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