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当事者の声でがん医療をよりよく―臨床腫瘍学会で12回目の特別プログラム「PAP」同時開催

公開日

2023年04月19日

更新日

2023年04月19日

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2023年04月19日

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福岡市で2023年3月16日~18日に開催された第20回日本臨床腫瘍学会学術集会では医師らによる研究発表や情報交換と併せて、がん患者さんやご家族、市民が参加できる特別プログラム「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(以下、PAP)」が3日間にわたり開催された。PAPは患者・家族、市民と学会員が、正しい情報を共有し、課題を抽出、議論することでよりよいがん医療の実現を目指すプログラムだ。本稿ではPAPの内容をダイジェストで紹介する。

PAPとは?―プログラム企画から当事者が参画

PAPとはがん患者さんやご家族、市民を対象に行われるプログラムで、がん医療・がん研究について理解を深め、患者団体などの活動が活発化することでがん医療によい影響を与えることを目指している。日本臨床腫瘍学会では、2011年に開催された第9回学術集会から毎年PAPを開催しており、年々規模が拡大している。2021年の第18回学術集会からは、全国がん患者団体連合会(全がん連)がプログラムの企画段階から関わることで、患者・家族にとって関心が高いテーマが取り上げられている。

今年のPAPプログラムは、10コマの基礎講座と4コマの応用講座から構成された。基礎講座では、緩和ケア、希少がん・難治がんとゲノム医療、遺伝カウンセリング、心のケアなど幅広いテーマが扱われ、応用講座では、臨床試験の仕組みや課題などを取り上げたうえで、治験計画書をみながら「この治験、あなたなら参加しますか?」と題したグループディスカッションも行われた。

「ドラッグ・ロス」解消に がん患者さんの声を製薬企業へ

今年の注目演題の1つは、がん患者さんの関心が高い「医薬品(抗がん剤)の早期開発に向けた取り組み」について、医薬品医療機器総合機構 (PMDA)の理事長を務める藤原康弘先生が解説した講座だ。

医薬品は、基礎研究、動物や細胞などでの非臨床試験、人に対する臨床試験などを通じて有効性と安全性が検証され、審査・承認を経て販売される。研究開発は約9~16年もの期間と多額の費用をかけて行われるが、新薬となる可能性がある成分のスクリーニングから医薬品として承認され販売に至る確率はわずか約2万分の1である。

がん患者さんの関心が高い問題に「ドラッグ・ラグ」がある。ドラッグ・ラグとは、海外で承認されている薬が日本で承認されて使用できるようになるまでの時間差のことである。大きくは▽日本で薬が販売されているものの販売までに要した期間が他の国よりも長かった(販売の遅延)▽他の国では承認されている薬が日本では承認されておらず使えない(未承認薬)という2つの側面に分けられる。

これまでは販売の遅延に関する要素が大きく、PMDAの試算によれば2006年度のドラッグ・ラグは2.4年(うち審査ラグは1.2年)だった。しかし、審査員を増員するなど審査の迅速化を進めた結果、2021年度には0.4年(うち審査ラグは0.1年)まで短縮しており、審査にかかる期間は他の国と同程度となっている。

しかし、2010年代後半から問題となっているのは未承認薬の増加で、ドラッグ・ロスとも呼ばれる新しいドラッグ・ラグだ。これらの要因のひとつに、日本法人や国内管理人を持たない海外の新興バイオ医薬品企業が、多くの抗がん剤開発を担っていることがある。そのため、日本で開発の着手がされない、すなわち臨床試験が日本で行われないことによって日本での承認申請が進まない、いわゆる開発ラグが生じていることが大きな課題となっている。海外の企業に日本での開発に興味を持ってもらえるように、PMDAも発信を強化しているが、産官学民が連携し日本の医薬品開発を推進していく必要がある。藤原先生は「何よりも、国や企業を動かす力があるのは患者さんの声である。ぜひ海外の患者会とも密に連携し、より多くの患者さんが臨床試験に参加することで、国内外での医薬品の同時開発・同時申請が進むように働きかけを行っていただきたい。みんなで要望して解決していきましょう」と呼びかけた。

基本計画はどう変わる?―患者・市民参画の推進が明記

また、現在検討が進められている*「国の第4期がん対策推進基本計画」について、国立がん研究センターがん対策研究所の若尾文彦先生が解説した講座も注目を集めた。

がん対策推進基本計画とは、2006年に成立したがん対策基本法に基づき、がん対策を総合的かつ計画的に推進するために国が基本的な方向性について定めるものだ。これをもとに各地域の実情に応じて、都道府県がそれぞれのがん対策推進計画を作成する。国の基本計画は6年ごとに見直されるが、新型コロナウイルス感染症の流行により、第3期計画の中間評価の公表は2022年6月にずれ込んだ。そのため、第4期計画は短期間に濃密な議論を重ねて検討され、現在最終調整が行われている*

*学会開催時は計画(案)だったが、2023年3月28日に閣議決定された。

第4期がん対策推進基本計画概要

第4期計画の全体目標は「誰一人取り残さないがん対策を推進し、全ての国民とがんの克服を目指す」とされた。そのうえで、それを達成するための施策が「がん予防」「がん医療」「がんとの共生」の3分野で設定され、それぞれ分野別目標も設けられた。

「がん予防」分野では、2022年4月に積極的接種勧奨が再開されたHPVワクチンの接種状況を注視していくことやがん検診受診率60%を目指すことなどが盛り込まれた。「がん医療」分野では、医療提供体制の均てん化・集約化が追加され、各地域における医療機関の役割分担を明示して集約化を推進することとされた。同じく今回から追加された妊孕性(にんようせい)(妊娠するための力)温存療法では、希望する患者さんが治療にアクセスできる体制整備と同時に、研究を促進してエビデンスを構築することについても記載された。「がんとの共生」分野では、アピアランス(外見)ケア、がん診断後の自殺対策が新たに追加され、医療従事者が正しい知識を身につけられるよう研修等の開催を検討することとされた。また「これらを支える基盤」には患者・市民参画の推進が新たに追加され、これまで行われてきた研究や臨床試験分野のみならず各分野への横展開を行うこととされている。

がん対策基本法は当事者であるがん患者さんが声をあげたことにより成立した。がん対策を検討するがん対策推進協議会にはがん患者さんもメンバーの一員として参画しており、がん分野は日本の当事者参画の先進的な役割を果たしている。第4期基本計画が定まれば、2023年には都道府県のがん対策推進計画の見直しが行われる。若尾先生は「お住まいの地域でどのような計画が策定されるかしっかりと注視し、必要であれば意見を述べていくことがよりよいがん対策を進めていくために重要だ」と講演を締めくくった。

患者・市民参画 今後は幅広い分野に展開を

近年、医学研究や臨床試験の分野において患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)が進められてきた。日本医療研究開発機構(AMED)ではPPIを「医学研究・臨床試験プロセスの一環として、研究者が患者・市民の知見を参考にすること」と定義しており、これを進めることによって▽患者等にとってより役に立つ研究成果の創出▽医学研究・臨床試験の円滑な実施の実現▽リスクの低減――などが実現されるとしている。研究者にとっては研究開発を進めるうえでの新たな視点と価値を獲得することができ、患者・市民にとっては医学研究・臨床試験が身近になることで参加者としての利便性が向上することや医療に対する関心が高まることが期待される。PPIを推進するうえでは参画を希望する患者さんや市民に対する教育プログラムが必要とされており、PAPはそのためのよい機会となったと考えられる。

 

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