連載特集

胃がん治療 最前線―患者さんの声・権利を守る取り組み、治療選択はどう変わる?

公開日

2021年09月28日

更新日

2021年09月28日

更新履歴
閉じる

2021年09月28日

掲載しました。
E1ad520093

1975年以降、年々増加している胃がんの患者数(罹患数)。現在、胃がんと診断されるのは年間およそ12万例といわれています(2018年データ)。初期の段階では自覚症状がほとんどなく、進行しても症状がない場合があり、注意が必要です。そんな胃がんの治療の分野では、免疫の力を利用してがんを攻撃する「免疫療法」の進展などにより治療選択が大きく変わる可能性が出てきました。日本胃癌(いがん)学会理事長を務める小寺泰弘先生(名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学教授)に、胃がん治療の最新情報を伺います。

ペイシェント・アドボカシーの進展

近年、ペイシェント・アドボカシー(患者の権利擁護)の実践が積極的に進められています。これまでよりも、医学研究や臨床試験において患者さんと市民(患者の家族や元患者さん、未来の患者さんを含む)が参画し、研究者らがその声・知見を参考にするプロセスが重要視されるようになりました。たとえば日本乳癌学会や日本肺癌学会による学術集会では、実際に患者さんが参加するセッションなどが設けられたのです。

このようななかで、患者さんの声を届けるオピニオンリーダーが活動の場を広げています。胃がんの分野では、胃切除後の後遺症と向き合う方々が集う「アルファ会」やスキルス性胃がんに特化した団体「希望の会」など、患者さんが発信する活動が目立ちます。私は日本胃癌学会理事長としてペイシェント・アドボカシーを進めることは急務と捉えており、そのなかで、学会ホームページからの発信の機会を増やし、総会などにおける患者さん参加型のプログラムの開催を計画してきました。最近では、韓国と中国のがん関連学会および米国の患者団体と連携し、シンポジウムの企画を進めました。

ライフスタイルや価値観に合った選択をすることは患者さんの権利ですが、その実現は容易ではありません。また、がんに向き合う患者さんがいかにして正しい医療情報にたどり着くかという点でも、課題は山積しています。そのようななか、医療界全体でペイシェント・アドボカシーを推進・実践していくことが求められています。胃がん領域でもその実践に向けて連携を深め、具体的な方策を進めていく所存です。

切除不能な胃がんに対する免疫療法は変わるか

胃がんは進行すると肺や肝臓など離れた臓器に転移することがあり、また、手術で切除したとしても再発する可能性があります。そのような切除不能な進行・再発胃がんの治療選択が今、大きく変わろうとしているのです。

MN購入:PIXTA

写真:PIXTA

手術不能ながんに対しては、ファーストライン(一次治療:手術不能ながんに対して最初に行う抗がん剤治療)からセカンドライン(二次治療:同、2番目の抗がん剤治療)、サードライン(三次治療:同、3番目の抗がん剤治療)の流れで治療を行うのですが、その順番が変わる可能性があります。たとえば、免疫チェックポイント阻害薬(免疫ががん細胞を攻撃する力を保つ薬)の1つ「ニボルマブ」は従来サードラインでしたが、ファーストラインでの使用の効果が検証されました。

今後、ニボルマブがファーストラインで使用される日も遠くはないでしょう。ファーストラインから免疫療法が行われるようになれば、診療ガイドラインも大きく変わることが想定されます。

ロボット支援下手術の進展と課題

現時点で、胃がんを含む消化器外科領域におけるロボット支援下手術は、わが国で広く行われるようになったとはいえません。その背景には、ロボット本体やその部品が高価であること、手術チームが要件を満たさないと保険償還(収載)されないこと、ハードルが高い割に腹腔鏡下手術に取って代わるほどの大きな治療効果の差がないことなどがあると思われます。つまり、ロボット支援下手術のメリットが見出しにくくなっているのです。

ただ、実際にコンソール(操縦席)に入って操作してみると分かるのですが、ロボットアームには腹腔鏡下手術で用いる真っ直ぐな棒状の手術器械とは違って関節があり自由に曲がるので、人間の手と同様の複雑な動きが再現できます。また、手の震えがあっても伝わらず、微細な動きが可能で、内視鏡カメラを使い自在に画像の拡大・縮小が行えるという利点もあります。一方で、力の加減が分かりにくいという弱点も持ち合わせています。

しかしながら、泌尿器科の領域など、「ロボットなしでの手術はもう考えられない」と言われるほど活用されている例も耳にします。たとえば、前立腺の手術ではおなかの中の奥深い場所で細い尿道(膀胱から先の尿の通り道)を縫い合わせることが必要で、ロボット支援下手術が重宝されています。

胃外科の領域では、ロボットが使用され始める頃には腹腔鏡下手術によって従来の開腹手術(おなかを大きく開いて行う手術)に準じた手術を行う技術が一通り完成して広く行われるようになっていたことから、上記のハードルを乗り越えて急速に普及するには至っていません。しかし、泌尿器科などが先導してすでにロボットを保有している病院では購入のコストは問題になりませんし、いざ使用してみるとその操作性のよさに魅せられてしまうケースも多いようです。

現在では、国産の手術支援ロボットの開発・生産も進められており、今後、機械がコンパクト化されコストも縮小化していけば、ロボット支援下手術のさらなる普及が予想されます。将来的に開腹手術はまったく別の用途のものとして残るとしても、低侵襲(ていしんしゅう)手術の領域ではロボット支援下手術が腹腔鏡下手術に置き換わっていく可能性は十分にありうると思います。ただし、それにはもう少し時間がかかると思います。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

特集の連載一覧