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解明される糖尿病と遺伝子の関係―個々の体質などに応じた「精密医療」の可能性

公開日

2021年10月01日

更新日

2021年10月01日

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2021年10月01日

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今、日本には約1000万人にのぼる糖尿病の患者さん(有病者)がいるといわれています。国民病の1つともいえる糖尿病。その治療と遺伝子の関わりについては現在、個別化医療や精密医療(プレシジョンメディシン)、すなわち一人ひとりの遺伝子情報や体質、生活環境、ライフスタイルの違いを考慮し、疾病予防や治療を行うという視点で積極的に研究が進められています。研究の進歩により明らかになってきたことや今後の可能性について、門脇孝先生(虎の門病院院長)にご解説いただきました。

遺伝子の解明で分かってきたこと

糖尿病治療と遺伝子の関わりについては、現在大きく3つの研究が行われています。1つ目は2型糖尿病の予知・予防、2つ目は薬剤反応性、すなわち薬の効きやすさの個人差に関して、そして3つ目は合併症の遺伝子についてです。

これまでは2型糖尿病の予知・予防、および薬剤反応性の研究が主流でした。たとえば、ゲノムワイド関連解析(GWAS)という方法を用いて2型糖尿病(遺伝的な影響に加え、生活習慣などの環境的な影響により起こるもの)に関する日本人に特有の遺伝子を同定した研究があります。この研究により、以前よりも糖尿病になりやすい日本人の遺伝子配列を持つ人を見つけやすくなってきました。

今後の展開としては、遺伝子によって糖尿病を発症しやすい可能性を予知し、それにより若い頃から肥満と糖尿病を防ぐために対策することが可能になると考えられます。また、糖尿病の発症や薬の効きやすさに関わる遺伝子が明らかになりつつあり、今後はそれらを考慮して薬をより効果的に選択できる可能性があります。

国際シンポジウムにて 写真右:門脇孝先生

合併症と関わる遺伝子も明らかに

こちらのページでお話ししたように、糖尿病に対する治療のもっとも重要な目的は合併症の抑制です。なぜなら糖尿病は網膜症、腎症、神経障害、さらには動脈硬化症や心不全のリスクを高めるからです。

現在、糖尿病患者さんの遺伝子配列の調査が行われるなかで、「糖尿病網膜症や糖尿病腎症などが進行しやすい遺伝子」の同定が進んでいます。今後さらに研究が進めば、糖尿病治療における血糖・血圧・脂質の厳格なコントロールの目標値を、現在のような一律ではなく、合併症を起こしやすい人とそうでない人で変えられる可能性があります。それにより、効率的かつ効果的な合併症の抑制が実現し、減薬による副作用の抑制、医療費の適正化につながることが期待されています。

MN購入:薬を管理する様子

写真:PIXTA

患者さんの「知る権利」と「知らずにいる権利」

これからの糖尿病治療において精密医療はとても重要な意味を持ちます。個々に最適な治療法の提供と合併症の抑制を実現するのに有用だからです。

ただし、今後の精密医療を考える際に忘れてはならない点があります。それは遺伝子情報を知って治療に役立てたいという人もいれば、遺伝子情報を知りたくない人もいるということ。患者さんの「知る権利」と「知らずにいる権利」、その両方が保証されなければなりません。そして「知りたい」と希望する患者さんには適切なカウンセリングを行い、病気の予防や治療にきちんと役立つ形で情報が提供されることが重要です。

また何よりも、遺伝子(情報)による差別が起こってはならないと考えています。たとえば今後、1滴の血液で将来糖尿病になると予測できるようになった場合、血糖値が正常であるのに将来的な糖尿病発症のリスクを加味した高い保険料が設定されてしまうような事態も起こりかねません。このように遺伝子の情報が悪用されたり、差別につながったりするのを避けなければならないのです。

このような流れのなかで、すでに欧米やアジアの大部分では「遺伝子差別禁止法」が策定されています。しかし、日本にはまだそのような法律がありません。生まれながらの性別や人種、ハンディキャップなどで差別が起こらない世の中を目指すとき、その1つに遺伝子による差別も考慮されるべきです。今後は日本でもそのような法整備を進めていくことが急務と考えています。

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