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医療は危機にどう向き合うのか―東日本大震災から新型コロナウイルス感染症まで

公開日

2022年12月07日

更新日

2022年12月07日

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2022年12月07日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2022年12月07日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

2011年3月に発生した東日本大震災。多くの人々の尽力により未曾有の被害からの復興が進むとともに、その過程で培われた経験は一昨年から続く新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)への対応に生かされているという。仙台市で2022年9月20日~22日に開かれた「第55回日本てんかん学会学術集会」では、「医療における危機と再生」と題したシンポジウムがあり、各演者がそれぞれの立場での被災体験と現在へと続く復興の歩みを紹介した。その概要をお伝えする。

てんかん患者さんの安心のために

中里信和先生(大会長、東北大学大学院医学系研究科 てんかん学分野)

「(このシンポジウムのテーマは)なんで東日本大震災なのだ、もう11年も前じゃないか」と思うかもしれない。しかし、宮城県あるいは東北の人間にとってまだ震災はon going(進行中)で、決して過去のものではない。多くの命や、さまざまなものを失ったが、こうした大きな出来事によって得られたチャンスや応援もある。その経験が、コロナ対策のような次の災害などにも生かされている。医療体制の整備には災害の経験が生かされていることを考えたく、この企画を立てた。

2010年3月、国内の大学病院としては初めて「てんかん科」を東北大学病院に設立。その翌年、東日本大震災が発生した。

発災直後の急性期は避難所などに抗てんかん薬の配布活動などを行ったが、患者さんの手元まで確実に配布するためには、薬剤師の介入が必要であるなど課題も多かった。不安軽減を目的に、メールマガジンの定期配信やFM仙台のラジオ番組などでの「知って安心、てんかん」を通じた啓発も継続して行っている。

東北地方に暮らす人々にとって震災の影響は現在も続いている。これからも患者さんの目線に立ち、危機意識を持ちつつ、夢と理想に向けて前進していきたい。

震災の経験をコロナ対応に生かす―医療機関の危機対応

石井正先生(東北大学病院 総合地域医療教育支援部)

宮城県石巻市を含む医療圏では、死者・行方不明者約8200人と東日本大震災における最大の被災地となった。市内の医療機関はほとんどが機能を停止し、市役所も津波で水没、保健所も被災した。私が当時勤務していた石巻赤十字病院は、ほぼ唯一機能を維持していたため最前線の基地となり、発災後超急性期の医療提供のみならず、再び行政機能が立ち上がるまでの応急的な施策も担うこととなった。私は宮城県の災害医療コーディネーターとして、全国から参集した合同救護支援チームの統括を行った。

その後、東北大学病院で宮城県のコロナ対応にあたっている。病院長の強いリーダーシップは言うまでもなく、東日本大震災を経験したことで培われたスタッフの高いモチベーションと惜しみない支援、行政との強固な信頼関係により、以下のような持続可能な体制を確立・維持することができている。

  • 現行ルールと整合性の取れた安全で効率的な運用体制を構築するため、宿泊療養や点滴センターなどを利用する患者さんに対しても東北大学病院の患者IDを発行し、東北大学診療所の設置や往診の形態で対応する

映画「シン・ゴジラ」の虚と実? ―行政機関の危機対応

武田俊彦先生(岩手医科大学)

映画「シン・ゴジラ」でも描かれていたが、震災などの緊急事態が発生した際には関係省庁の局長級職員で構成される「キンサンチーム」こと緊急参集チームが30分以内に官邸危機管理センターに参集し、初動対処の協議にあたる(東日本大震災では、発災から14分後に協議開始)。私も2018年に厚生労働省を退職するまで、計2回「キンサンチーム」の一員として働く機会があった。

厚労省としては発災直後に災害対策本部を設置し、災害派遣医療チーム(DMAT)による救護活動などを開始した。私は当時厚労省保険局に在籍しており、総務課長として局内にとどまり災害復旧の陣頭指揮を執る立場にあった。岩手県出身者として何とか役に立ちたい思いもあった。発災4日目の3月15日深夜、中里先生より私に「東北大学を中心に石巻赤十字病院に全面協力している。医師も必要だが物資も必要だ」と一報が入った。翌日、厚労省内に情報共有するとともに、被災地の病院に医薬品を直送するよう卸業者に直接私から依頼した。同日夜に「医薬品が入り始めている」との連絡があり安堵したことを覚えている。

その後、一般社団法人 日本在宅ケアアライアンスの副理事長として、災害対策委員会を立ち上げ、在宅医療の側からコロナ対応について発信してきた。医療逼迫により自宅療養せざるを得なかった患者さんにとって、一番の不安は医療とのつながりが持てないことであった。震災直後の混乱した時期に、被災地の中里先生と厚労省の私が直接電話でつながることができた安心感のように、かかりつけ医を持つことによって得られる安心感を全ての国民に提供できるよう、これからも取り組みを進めていきたい。

人とのつながりを取り戻す―データに基づいたメンタルヘルス対策の重要性

富田博秋先生(東北大学大学院医学系研究科 精神神経学分野/東北大学災害科学国際研究所 災害精神医学分野/東北大学病院/東北大学 東北メディカル・メガバンク機構)

大規模な災害が起こった後は、地域全体が心的外傷・トラウマ、大切な人やものの喪失、生活環境の変化など強いストレスにさらされる。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者さんではてんかんの発症リスクが高いとする報告もあり、メンタルヘルス対策は非常に重要である。

しかし、これまでの災害では、現状把握がほとんどなされないまま、一時的に設置された組織で支援が実施されることが多く、情報の体系的な蓄積や分析、効果の検証などが十分行われてこなかった。2020年6月に日本脳科学関連学会連合がまとめた緊急提言でも、新時代の緊急時に備えた精神保健対策の必要性が指摘されている。

震災後、東北大学は宮城県七ヶ浜町と協力して、科学的エビデンスに基づくメンタルヘルス対策を実施してきた。毎年全町民を対象に調査を行い、心的苦痛や社会的孤立、健康習慣などを経年的に把握している。2014年までは順調に改善傾向にあったものの、災害公営住宅が整備され高台への集団移転を契機に、心的苦痛や不眠を訴える人が増加した。調査でも「あいさつを交わす」「回覧板を渡すときに話す」「行事などで話をする」といった交流習慣の減少が示されており、行政と連携しながら仮設住宅で茶話会を開催するなど、人とのつながりを促進するような試みを行っている。コロナ禍においても、さまざまなデータからメンタルヘルスへの影響が甚大であることが示唆されており、今後このような取り組みが広く行われていくことを期待したい。

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