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「薬剤耐性」は世界の発展の脅威に―市民が知るべきこと、すべきこと

公開日

2022年11月18日

更新日

2022年11月18日

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2022年11月18日

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18日から「世界抗菌薬啓発週間」

世界保健機関(WHO)は、2021年11月に更新した最新の薬剤耐性(AMR)に関するファクトシートで「AMRは世界の健康と発展にとって脅威」であり、「人類が直面する世界的な公衆衛生上の脅威トップ10の1つである」として、引き続き耐性出現予防・管理のために各国が行動し、体制を強化するよう求めている。毎年11月18~24日は「世界抗菌薬啓発週間」。この機会にあらためてAMRとは何か、なぜ世界の“脅威”となるのかなどについて考えるため、日本製薬工業協会(以下、「製薬協」)国際委員会の委員を務めるファイザー株式会社 ヘルスアンドバリュー統括部 アウトカムアンドエビデンスグループの湯淺晃氏に話を聞いた。

薬剤耐性とは

風邪をひいたときに「抗生物質」の内服薬を処方された経験はないだろうか。AMR臨床リファレンスセンターのウェブサイトによると、風邪はウイルスが鼻や喉にくっついて炎症を起こすことによるもので、「抗菌薬」はウイルスが起因する感染症には効かないと明示されている。

抗菌薬はその名のとおり、「細菌」を壊したり増えるのを抑えたりする薬のこと。抗生物質は、抗菌薬の中でも微生物が作った化学物質を指す。抗生物質を含む抗菌薬は、ウイルスなど細菌以外が原因の感染症には効果が期待できない(本稿では、この点を強調するため、以下「抗生物質」という単語を使わず、「抗菌薬」と表記する)。

AMRは、ウイルスや真菌(細菌と異なり「核膜」を有する真核生物)でも認められるが、WHOなどが主に問題としているのは抗菌薬に対する薬剤耐性菌だ。

AMR何が問題か

薬剤耐性菌の頻度(耐性率)や種類が増えることで「世界の発展にとっての脅威」となるのはなぜか。

「薬剤耐性菌による感染症は、耐性菌ではない菌による感染症よりも、治療する期間や入院期間が長引いて、国や患者さんが負担する医療費の増加につながります。また、治療期間が長引いたり、新しいタイプの抗菌薬が必要になったりすると、裕福ではない国に住む患者さんは治療費を払えず、治療そのものができなくなる、といったようにSDGs(持続可能な開発目標)の達成にも影響する可能性があります」と湯淺氏は説明する。

抗菌薬の不適切な使用が薬剤耐性菌を生み出す原因の1つである。

抗菌薬は、感染症を引き起こしている細菌だけに作用するわけではなく、多くの無害な細菌も死滅させる場合がある。そして、その無害な細菌の多くは、普段は“少数派”の薬剤耐性を持つ細菌の活動を抑制する役割も果たしている。それら無害な細菌が抗菌薬によって減少すると、耐性菌が増殖しやすい環境が生まれる。十分な量の抗菌薬を使えば駆除できるはずの耐性菌も、量や服薬回数が少ないと生き残り、場合によっては薬剤耐性が誘導される。

AMR臨床リファレンスセンターのウェブサイトより

耐性菌と抗菌薬 “イタチごっこ”の歴史

1928年にペニシリンが発見されて以来、抗菌薬は多くの命を感染症から救ってきた。一方で、抗菌薬の歴史はそのまま薬剤耐性菌との闘いの歴史でもある。抗菌薬が普及し始めた1940年代から、早くも薬剤耐性菌が次々と見つかり拡散していった。人類が新たな抗菌薬を開発すると、細菌はまた別の耐性を獲得するという果てしない“イタチごっこ”が今なお続いている。

1960年、当時問題となっていた耐性菌に効果がある「メチシリン」という抗菌薬が登場したが、翌61年に早くも「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」が発見されたのは有名な話だ。また、「グラム陰性菌(細菌の判別のための化学処理で2分類されるうち一方の細菌群)による感染症の治療においてもっとも重要な抗菌薬」(国立感染症研究所)とされる「カルバペネム系抗菌薬」に対する耐性をもつ腸内細菌目細菌について米国疾病対策センター(CDC)が「早急な対策が必要」と発表するなど、“最後の切り札”として期待された抗菌薬にさえも、繰り返し耐性が出現してきた。

このような状況で、耐性菌に対抗する“弾”が尽きる、すなわち、新たな抗菌薬の開発ができなくなることはないのだろうか。

「難しい質問ですが、現時点では予測できない耐性菌が今後出現するかもしれません。ただ、細菌を完全に排除することはできなくとも、症状を抑える手段が尽きることはおそらくないでしょう。困ったときに直ちに新たな抗菌薬の開発に着手できるかは、日ごろからの備えや研究開発に対する投資次第だと思います」と湯淺氏は指摘する。

今後、どのような耐性菌が出てくるか、どういった菌が耐性化するかが見えにくい中で、製薬企業やアカデミアは多額の費用をかけて研究をしていなければならない。しかし、その研究は「開発が成功すればすぐに投資した費用を回収できる」というものではない。

AMR治療薬開発の課題

米コンサルティング企業「ボストン・コンサルティング・グループ」が2017年に公表したデータによると、2014~16年に発売されたさまざまな疾患領域の医薬品について、平均的な開発費用と期間を想定し、開発開始時点におけるぞれぞれの「正味現在価値」を推定したところ、抗菌薬だけが一切プラスにならなかったという。

製薬企業にとって抗菌薬、特に薬剤耐性菌感染症治療薬の研究開発がビジネスとして成立しにくいのは▽薬剤耐性菌感染症は通常の感染症よりも頻度が少ない▽多くの薬剤耐性菌感染症は急性期の感染症であることが多いため、抗菌薬の投与期間(使用量)が少ない▽新たな抗菌薬を開発しても、これまで使われていたものに直ちに置き換えられるわけではない――ことが主な理由だと湯淺氏は指摘する。

薬剤耐性菌感染症の中には、“希少疾患”と言っても差し支えがないほど頻度が少ないものもある。対象の患者数が少なければ、多額の投資をして開発した新薬も使用される量が限られるためビジネスとしては難しい。

たとえば、抗がん剤治療において、既存の薬よりも延命効果が認められている新薬は、倫理的な観点からも積極的に使用される。ところが細菌感染症は、まず原因の細菌を同定し、これまでの抗菌薬が効くのであればそれを使うことが推奨される。より強力な抗菌薬の開発に成功したとしても、なるべく使わずにいざという時のために取っておくことが求められる。

「医薬品の適正使用の推進は製薬企業の務めで、我々の重要な責務です。抗菌薬の場合は特に厳格な適正使用の推進が求められます。効果のある細菌の範囲(種類)が広く、かつ薬剤耐性菌にも効果がある抗菌薬は、使用量が少ないほどよいという側面もあり、それが抗菌薬事業の難しさにもつながっていると感じます」と湯淺氏は言う。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで示されたように、感染症対策は「安全保障」の問題でもある。国、あるいは世界全体にとっての脅威となる感染症が現れたとき、企業努力や市場原理だけで対抗できないことはCOVID-19で多くの人が理解しただろう。それゆえに「国家としての備え」が求められるともいえる。

産官学民から成る「日経・FT感染症会議 アジア・アフリカ医療イノベーションコンソーシアム AMR部会」は2021年3月、「感染症による健康危機対応としてのAMR対策・抗菌薬市場におけるプル型インセンティブ制度の導入に関する政府向け提言書」とする政策提言を発表した。プル型インセンティブとは、医薬品の市販後の採算性を高めるための仕組みである。特に、予測される使用量が少ない、薬剤耐性菌に対して主に使用される抗菌薬では、使用量(販売量)と売上げ(収益)を切り離すような仕組みや制度のことを指す。具体的には、抗菌薬の開発(上市)成功時に報奨金を受領する「製造販売承認取得報償付与指定制度」や、英国ですでにパイロットが開始されている「定期定額購買制度」などが挙げられる。日本では、令和5年度予算の概算要求の中にプル型インセンティブの1つであると考えられる「収入保障制度」の試行的導入のために18億円が計上されたという。湯淺氏は「今日時点では当予算が承認されるかどうかはまだ分かりませんが、日本における抗菌薬の開発促進につながるような制度が誕生することを期待しています。また、効果的な制度になるように製薬協の委員としても引き続き活動していきたいと考えています」と展望を語る。

製薬企業が“使いすぎ”注意喚起するのは

湯淺氏が所属するファイザーはCOVID-19のワクチンや治療薬の供給で日本での知名度が急上昇した。しかし、世界的に同社の名を高めたのは1942年、世界初の「ペニシリンの量産成功」で、「感染症患者さんに貢献することは、我々のアイデンティティーだと思っています」と湯淺氏は述べる。

そのような医薬品を開発、販売する製薬企業が抗菌薬の「適正使用」、すなわち“使いすぎへの注意”を促すのはなぜか。

「抗菌薬の適正使用を推進していくことは、耐性菌をなるべく増やさずに既存の抗菌薬を長く使い続けるためにも必要なことです。その結果、現在の患者さんのみならず未来の患者さん、そして我々自身のためにもなるのです」と、説明する。

「AMRは“サイレントパンデミック”とも言われ、気が付いたときにはすでに公衆衛生上の危機に直面している状況かもしれません。製薬企業としては、そうした事態に対処できるよう準備をしておきたいのです。ほかの疾患領域の医薬品をしっかり患者さんに届けて、そこで得た収益で新たな治療薬を開発する、という医薬品ビジネスの健全な循環と共に、新規抗菌薬の研究開発も継続していかなければなりません。その結果として、感染症で苦しむ患者さんに今後も貢献していきたいと考えています」

市民に知ってほしいこと

市民の立場からAMR対策でできることはあるだろうか。外来でかかりつけの医師の治療を受けるような病気でもAMRが関与することはありうる。抗菌薬を処方された場合には、全量を医師から定められた期間で飲み切り、たとえ症状が改善しても途中で服薬をやめないこと、さらには(あってはならないことだが)以前処方され残っている抗菌薬を自分の判断で服用しないといったことが、耐性菌を出現させないためにもっとも大切なことだ。

冒頭で記したように、AMRは世界の健康と発展にとっての脅威とされているが、どれだけの人が対策の重要性を理解しているだろうか。AMRアライアンス・ジャパンが2022年8月に公表した調査結果では、年齢が上がるほどAMRに対する問題意識が高まっていた。

「基礎疾患などがある人の割合が高い高齢者ほど、感染症に対する脅威を実感しやすいのかもしれません。しかし、AMRは将来のパンデミックや世界的な経済にも影響を及ぼしかねず、若者の“未来”を脅かす問題です。ここまで述べてきたAMRの問題と対策を、若い世代にこそ理解していただきたいと思っています」と、湯淺氏は結んだ。

ファイザーのAMR啓発活動

・子ども向け啓発動画


啓発記事(全4回)
 

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