高齢化に伴い、心不全の患者さんが増えています。その一方で、心不全について正しく理解している人は少ないといいます。心不全は死につながる怖い病気ですが、発症や重症化を回避できる可能性はあります。そして、予防のチャンスは4回もあるというのです。その方法について日本循環器協会代表理事、東京大学大学院循環器内科学教授、小室一成先生にお聞きしました。
循環器疾患にはさまざまな病気がありますが、中でも1番問題になっているのが心不全です。心不全の患者数は現在120万人(2020年、推計値)で、高齢化に伴い2035年まで増え続けると推定されています。患者数が大きく増加しているにもかかわらず、国民に正しく理解されているとはいいがたいのです。多くの方が「心筋梗塞(しんきんこうそく)と同じようなもの」と思っていたり、「最期は心臓が止まるからみんな心不全で死ぬ」などと言ったりします。心不全による死亡を少しでも減らすためには、国民にこの病気を正しく知ってもらい、予防について啓発していく必要があると考えています。
循環器学会では、「心不全とは、心臓が悪いために息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。」と言っています。医学の専門用語としては「病気」ではなく「病態」というべきですが、これでは医師以外には理解しにくいので、病気と表現しています。
もう少し具体的に説明すると▽血圧が高くなる病気(高血圧)▽心臓の筋肉自体の病気(心筋症)▽心臓を養っている血管の病気(心筋梗塞:十分に心臓を養えていないために起こる)▽心臓の中には血液の流れを正常に保つ弁があるが、その弁が十分開かなくなったり、きっちり閉まらなくなったりする病気(弁膜症)▽脈が乱れる病気(不整脈)――などによって心臓の機能が悪化した結果、血液が十分体を循環しないことを意味します。
心不全を発症しても、適切な治療によって一旦、息切れなどの症状は改善します。しかし残念ながら、心不全そのものを完治させる薬や治療法は今のところなく、症状がぶり返すことが良くあり、これを急性増悪と言います。そのきっかけになるのが過労、塩分や水分の取りすぎ、風邪、ストレスや薬の飲み忘れなどです。このように悪化と改善を繰り返しながら、そのたびに心臓の機能がさらに悪くなり、体力もなくなってゆきます。そこで重要なのはまず心不全にならないこと、さらに急性増悪を繰り返さないことです。
そのために心不全の予防が重要です。心不全には予防のチャンスは4回もあるのです。その予防には、心臓が悪くならないようにするものと、心不全を一回経験した人が再発を防ぐものの2通りがあります。
発症前の予防で大切なのは、
・よい生活習慣を身につける
・生活習慣病の指摘を受けたら生活を改め、必要に応じて服薬する
・心臓の異常を指摘されたら生活習慣に気を付け、処方された薬を忘れずに飲む
――ことです。
さらに、不幸にも心不全を発症してしまっても、急性増悪を避ければ命を失わずに済む可能性が高くなります。
上記4回のチャンスについて、それぞれ詳しく説明しましょう。
心不全はあらゆる循環器疾患の終末像です。したがって、心不全予防の第1歩は「よい生活習慣を身につける」ということになります。バランスのよい食事、適度な運動、節酒、禁煙、過不足のない睡眠、適正体重の維持――などを通じて、高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病にならないようにします。
仮に生活習慣病の指摘を受けてもそこから生活習慣を改善し、それでもだめなら降圧剤や糖尿病の各種治療薬、コレステロールを低下させる薬でしっかりコントロールすることが心不全予防につながり、第2のチャンスとなります。
それでも一部の方は心筋梗塞や弁膜症、心房細動になってしまいますが、まだ心不全ではありません。心筋梗塞の方はACE阻害薬やβブロッカー、MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)といった薬をきちんと飲むことで、心不全への移行を抑えることができます。これが第3のチャンスです。
さらに、心不全になっても9割の方は治療で元気になることができます。治療で重症化を予防すれば心不全で命を落とさずに済むのです。そのためには治療で元気を取り戻した後もよい生活習慣を続け、薬を飲み忘れないようにし、風邪などの感染症に気をつけ、暴飲暴食や塩分の取り過ぎを避ける――それが心不全の2次予防になり第4のチャンスとなります。
このように4回のチャンスがあることを国民一人ひとりが理解すれば、心不全による死をかなり防ぐことができるのです。
心不全はなぜ増加しているのでしょうか。背景には3つの要因があります。
最も大きな要因は高齢化です。高齢になると様々な循環器疾患を発症しますが、心不全はあらゆる循環器疾患の終末像、つまり“最終的に行き着く病気”です。現在、心臓弁膜症が200万人▽虚血性心疾患が70万人▽高血圧に至っては4300万人――の患者がいて、そのどれもが、最終的には心不全になり得るのです。
増加要因の2つ目として、最近非常に注目されているのが先天性心疾患です。新生児の約100人に1人が心臓に何らかの異常があります。かつては助からなかったような病気も、さまざまな新しい手術方法が考案されて延命が可能になり、術後管理もよくなったことで大きな異常を持って生まれた方も成人を迎えることができるようになりました。そのような「成人先天性心疾患患者」は現在約45万人いて、毎年9000人ずつ増えています。心室中隔欠損症(左心室と右心室を隔てる壁が完全にふさがらず穴が開いた状態になっている病気)のような小さい異常ならば完全に治りますが、たとえば単心室症(体循環と肺循環の双方を、機能的に1つの心室のみに依存する血行動態を有する病気)や左心低形成症候群(全身に血液を送り出す左心室が非常に小さく、機能しない病気)など大きい異常があると、完全に治すことができません。こうした先天性心疾患は手術でも完全に修復することができないので、最終的に成人期に心不全になります。
3つ目として注目されているのががんです。がん治療が長足の進歩を遂げたことにより、がんになっても長生きできるようになり、中には治る方も増えてきました。しかし、毎年新しく出る抗がん薬も含めて、ほとんどの抗がん薬には心臓に対する悪影響(心毒性)があります。その結果、がんの治療中や治療後にも心不全を起こす可能性が出てくるのです。
以上3つの要因からいえることは、いろいろな病気の治療法が進歩してその病気で亡くなることは減りましたが、逆説的に心不全を増やす結果につながっているということです。
新型コロナワクチンと心臓についても触れておきます。
新型コロナウイルス感染症による死因でもっとも多いのはもちろん肺炎ですが、実は心不全が原因で亡くなっている方も多いのです。
コロナウイルスに感染するとまったく症状のない元気な若者やアスリートも含めてかなりの頻度で心筋炎になっていることがわかってきました。心臓の筋肉細胞の損傷を検出できる「高感度心筋トロポニン」検査や、MRI像で心臓に炎症が認められるのです。心筋炎といっても軽症なので重症化する人は少ないのですが、将来不整脈や心不全の原因になる可能性があります。
ヨーロッパで、新型コロナワクチンの接種により心筋炎を発症したという事例が報告されています。ただし、確率は100万人あたり数人から数十人とごくまれで、新型コロナウイルスに感染して発症する確率とは桁が違います。またワクチンによる心筋炎はほとんどが軽症ですので、ワクチンにより得られる利益を考えると、心筋炎のリスクは接種を控える理由にはなりえません。しかし、もし新型コロナウィルス感染やワクチン接種後に胸痛や胸苦しいといった症状がある場合は医師に相談していただければと思います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。