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働き方改革対応と遠隔ICU導入で救急体制も維持―横須賀市民病院が地域医療を守る戦略

公開日

2024年07月23日

更新日

2024年07月23日

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2024年07月23日

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人口の都市集中が進むなかで、都市周辺部の医療レベルをいかに維持していくかは、今後の社会の在り方を設計していくうえで大きな課題の1つだ。高齢化が進む地域ではどのような医療が求められるのか、人口減少が進む地域にどれだけの医療提供体制を維持するか――。医師の働き方改革への対応と遠隔ICUの導入で救急医療を維持している神奈川県の横須賀市立市民病院(以下、横須賀市民病院)は、これからの地域医療のモデルケースの1つといえる。病院管理者の関戸仁先生に、医療体制維持のための戦略を聞いた。

遠隔ICUで人材のレベルアップも

「遠隔ICUを導入していなければ、当院のICUは閉鎖するしかなかったでしょう」と関戸先生は振り返る。

神奈川県南東部の三浦半島西側に位置する横須賀市民病院は、2024年3月から「遠隔ICU」を導入した。中心となる医療機関と複数の病院の集中治療室をネットワークでつなぎ、集中治療専門の医師などが患者をモニタリングして遠隔で現場の医師らに助言をする。2019年から、横浜市立大学附属病院(以下、市大病院)の支援センターと横浜市内の3病院との間にシステムを構築して開始した事業に、横須賀市民病院が新たに加わった。

横須賀市民病院の4床のICUは全て市大病院とつながり、心電図や脈拍などのデータが共有され電子カルテも市大病院の医師、看護師が閲覧できるようになっている。通常、平日は毎朝行われる、入室中の患者に関するカンファレンス(関連するスタッフが情報共有や共通理解を図るための会議)に市大病院集中治療部の医師も参加。場合によっては人工呼吸器の設定について指導を受けたり、輸液の調整についてアドバイスをもらったりする。カンファレンスでは、主治医に代わって看護師が説明することもある。

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横須賀市民病院のICU病床
 

これまで発生してはいないが、患者の危険な兆候を市大病院側のモニターで発見した場合に指摘を受け、大きな合併症などを未然に防ぐことができるといった「医療安全」への寄与も期待されている。

遠隔ICU導入にあたっては、新たな機器の整備や院内設備の改修などで億単位の初期費用がかかるほか、回線の維持費などのランニングコストも必要だ。ただ、市大病院の遠隔ICUは厚生労働省の補助事業の一環で始まり、横須賀市民病院に関しても看護師の働き方改革や業務量調査にデータを利用することになっているため、初年度経費の一部はAMED(日本医療研究開発機構)医工連携・人工知能実装研究事業の研究費で賄われたという。

もう1つ、ICU維持が可能になった背景に、2024年の診療報酬改定で特定集中治療室管理料の大きな改定があったことが挙げられる。「治療室内に配置される専任の常勤医師」の中に「宿日直(後述)を行っている医師」が含まれる区分(特定集中治療室管理料5・6)が新設され、専任の宿日直許可を得ている医師を配置することで施設基準を満たすとみなされるようになった。

遠隔ICUの開始から約3カ月が経過し、関戸先生は実感として「医師はもちろん、ICUの看護師も含めてレベルアップにつながっている」と話す。ただ、今のところ遠隔ICUに前向きな人ばかりではなく、2、3歩離れて様子見をしている職員もいることが1つの課題だという。遠隔ICUは地域で高度な医療水準を維持するカギになり得ることから、県内外の病院や行政関係者の視察も相次いでいるという。

「働き方改革後」も変わらぬ体制

2024年4月から始まった医師の「働き方改革」で時間外・休日労働に上限規制が課せられ、一般の労働者同様に、年間960時間(月80時間相当)を超える時間外労働が制限される(一部例外あり)。だが、横須賀市民病院は長い時間をかけて準備を進めてきた結果、4月以降も従前と変わらない体制で診療を続けているという。

2011年に設置した「医療従事者負担軽減検討委員会」を2023年6月に「働き方改革推進委員会」に名称変更。それに先立ち、2022年7月から具体的な働き方改革対策の検討を開始し、医師会や行政、社会保険労務士と意見・情報交換を進めるなどした結果、2023年3月までに全ての診療科で「宿日直許可」を獲得することができたという。

「宿日直」は宿直と日直を合わせた言葉で「夜間もしくは日中に、ほとんど労働する必要がない勤務」を指す労働基準法上の言葉だ。宿日直の医師は診療時間外の医療機関で待機し、少数の要注意患者や軽症の外来患者、かかりつけ患者の状態変動などに対応するために診察や看護師などへの指示・確認を行うといった軽度または短時間の業務にあたる。基準を満たして労働基準監督署長の許可を得た場合には、宿日直の時間は労働時間規制の適用除外となって労働時間としてカウントされず、勤務間インターバル(勤務と勤務の間の休息時間)規制で休息時間として取り扱うことができるようになる。

一方で日直は1カ月に1回、宿直は1週間に1回の回数制限がある。「その範囲内で回せるだけの医師をどうやって確保するかが体制維持のカギになります」と関戸先生。

4月以降、大学からの非常勤医師派遣の際、医局から宿日直許可を得ているか確認され、なければ派遣はできないと忠告されたという。横須賀市民病院が働き方改革以降も体制を維持できた最大の要因は、事前準備によって宿日直許可を得ていたことだ。

広がる「急性期病院が必要」の認識

横須賀市民病院は三浦半島西部地区の中核的な病院の役割を担い、横須賀市だけでなく三浦市、逗子市、葉山町、鎌倉市やその周辺などからも多くの患者を受け入れている。横須賀市民病院の医療圏ではかつて、少子高齢化と人口減少で「急性期病床に余剰がある一方で、回復期医療や回復期リハビリテーション病床が不足している」との指摘があったという。これに対して関戸先生は「私が院長に着任した3年前には急性期病床を減らす方向だったようですが、今は余っているという認識はありません。近隣のいくつかの病院ではほとんど救急車を受けられなくなっています。医療圏はある程度広く、もし当院が受け入れなくなると『地域の救急医療が大変なことになる』と、救急隊員などから聞いています。今はこの地域にも急性期の病院が必要だと、行政や他の病院から認識をいただている」と現状を説明する。

10年ほど前に横須賀市立うわまち病院との間で公的医療の役割分担を見直し、産科と小児科はうわまち病院に統合する一方で横須賀市民病院は三浦半島西地区の救急、消化器、脳血管、循環器の各疾患治療に注力することになった。脳卒中や心筋梗塞などは治療開始まで時間がかかるほど命の危険が増したり、後遺症が重くなったりする懸念がある。そのため、一定のエリア内に救急患者を受け入れられる施設が必要になる。高齢化でこうした病気の治療ニーズは増加が予想されることから、「今後もそれらは当院の果たすべき役割だと思っています」と関戸先生は言う。

救急ではマンパワーの確保が大きな課題だ。横須賀市民病院では研修を終えた診療看護師*が2023年4月から働き始めたことに加え、遠隔ICUの導入、特定行為看護師**の配置もあって現場のレベルアップが期待されているという。

*診療看護師(NP, nurse practitioner):医師や多職種と連携・協働し、医師の指示の下、一定レベルの診療を行うことができる看護師。5年以上の実務経験後に大学院修士課程を修了し、資格認定試験に合格することが求められる。

**特定行為看護師:医師の指示のもと、手順書に基づいた一一定の診療の補助(38行為)を行うことができる看護師。厚生労働大臣が指定する指定研修機関で必要な研修を受講し、終了証の交付を受ける必要がある。

若手のモチベーション向上が病院をよくする

関戸先生は着任してからの3年間で、特に中堅から若手のモチベーションを高めることが病院をよくすることにつながると考えてきた。主に各診療科の手術レベルを上げることで手術室の看護師、さらには集中治療室の看護師のモチベーションを高めるよう心を砕いてきたという。また、「院内の売店を大手コンビニエンスストアに変更し、24時間営業(職員のみ)を実現しました。夜間に働く職員への感謝の気持ちです」と話している。

「都心部から少し離れた郊外の病院でも、ある程度人口が多い地域にはそれなりに医療ニーズがあります。それを、もっと大きないくつかの病院で全て賄おうとしても無理があります。さまざまな面で大変ではありますが、それでも当院はこの地域の、特に高度な急性期医療の一端を担い続けられるよう、最善を尽くしたいと思っています」と関戸先生は決意を述べた。
 

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