動脈硬化だけで人が死ぬことはないが、命に関わる病気の原因にはなる。若いうちから気付かないうちに進行する動脈硬化にはどのようなリスクがあるのか、危険な前兆、そして命を落とさないためにできることは……。生活習慣病の発症予測などを研究している慶應義塾大学医学部・医学研究科衛生学公衆衛生学教室教授、岡村智教先生に聞いた。
*この記事は横浜市医療局の「医療マンガ大賞」、日本脳卒中協会との連携企画です。
営業職で日々忙しく飛び回る40歳代男性。ある夜、急に右手がしびれてうまく動かなくなり、家族に窮状を訴えようとしたがうまく言葉が出てこなくなった。「そういえば、接待で酒量が増えていたし、ストレスでたばこの本数も増えていたっけ。疲れているのかもしれない」と、その日はそのまま就寝。翌朝目覚めると手のしびれは消え、普通に話せるようになっていた。「やはり疲れのせいだったか」と自分を納得させようとしたものの、先月受けた会社の定期健康診断で「要治療」と書かれた項目がいくつかあったことを思い出した。
人事担当者から強く要求されていた有給休暇を消化する理由にもなるかと思い、近所のクリニックを受診。健康には自信があり、気休めのつもりで事情を話したところ、医師が血相を変えて「紹介状を書くのですぐ病院を受診してください。急がないと命に関わる発作が起こる可能性があります」と、強くすすめてきた。
予想外の医師の反応に、男性は紹介された総合病院の神経内科を受診。検査の結果、TIA(一過性脳虚血発作)と診断され、治療を受けることになった。
動脈の壁に蓄積したコレステロールに白血球が集まってきて炎症が広がり、その影響で血管の中膜にある平滑筋が増える――このようにコレステロールを核として炎症が進んで、異常な細胞の炎症性増殖によって血管が狭くなることが起こります。これが一般的に「動脈硬化」といわれる粥状(アテローム)動脈硬化の状態です。
動脈硬化そのものが直接命に関わることはありませんが、血管が非常に狭くなったり、こぶ(プラーク)が破れて血栓(血の塊)ができて血管が詰まったりすると、場合によっては命に関わる状態になります。簡単にいうと、動脈硬化は血管が詰まる病気の原因になります。
一番危険なのは、心臓に栄養と酸素を送る冠動脈が詰まる冠動脈疾患です。冠動脈疾患の主な危険因子は▽動脈硬化の原因となる高コレステロール▽高血圧▽たばこ▽糖尿病――の4つで、1つごとに発症リスクが倍々に増えてゆきます。それぞれのリスク要因の相乗効果で、冠動脈疾患につながる動脈硬化の進行を速めてしまうのです。
もう1つ、動脈硬化が原因で起こる危険な病気が、脳の血管が詰まる「脳梗塞」です。こちらの促進要因も冠動脈疾患とほぼ同じと考えてください。脳卒中には、血管が切れて出血するタイプの「脳内出血」と「くも膜下出血」、心臓から血の塊が飛んできて詰まる「心原性塞栓」もありますが、特に動脈硬化と関連が強いのは脳の太い血管に起こりやすいアテローム血栓性梗塞です。
動脈硬化で突然死の危険があるのは、この心臓と脳の血管が詰まる病気ですが、ほかにも腎臓が障害されたり、足の血管が詰まって歩行時に足がしびれたり痛んだりする「PAD(末梢動脈疾患)」などさまざまな病気があります。
もう1つ、動脈硬化特有のリスクではありませんが、ヒートショックの原因になることもあり得ます。ヒートショックは、温度差による血圧の急激な変化に体の調節が追い付かないことによって起こります。高血圧に加えて、糖尿病がある人だと自律神経の調節が悪くなっているでしょうし、動脈硬化があれば血圧の変動によって血管が狭いところにあるプラークが破綻することもあり得ます。また、脱水によって血管の狭くなっているところで血液の流れがよどんで詰まることもあるでしょう。
動脈硬化が引き起こす危険な病気に「前兆」や「自覚症状」があるか、気になる方が多いと思います。
残念ながら危険な発作を事前に予測するのは難しいのですが、数少ない前兆といえるのは、脳梗塞の場合はTIAです。▽体の片側がうまく動かない▽ろれつが回らない▽半身のしびれ▽視野の半分が欠ける――といった脳卒中にみられる症状が突然出るものの、24時間以内に症状が消失してしまうものです。症状の消失はおそらく、詰まった血栓が自然に流れて血流が再開したり、血液の流れがゆっくりとなっていたのが普通に戻ったりするためだと思われます。治ったように思って放置してしまう人もいますが、TIAは「脳卒中の前触れ発作」ともいわれ、90日以内に15~20%、うち半数は2日以内に本物の脳梗塞の発作が起こります。
心臓では、運動やストレスなどで負荷がかかった時にだけ胸が苦しくなる「労作性狭心症」が前兆といってよいでしょう。胸が苦しくなってもじっとしていると治まるので、放っておくといずれ本物の心筋梗塞を発症することになります。
こうした症状が命に関わる病気の前触れであることを多くの人に知っておいてもらう必要があると感じています。
事故で亡くなった方の解剖結果などのデータでは、すでに20歳を過ぎると大動脈に動脈硬化が出始めています。食事療法や運動療法で動脈硬化巣が消えることはまずないと考えられます。ただし、多少の動脈硬化があってもそれだけで不具合が起こるわけではないので、「今以上に悪くしない」ようにすることと、先ほど述べたような兆候が出たら早めに受診することが大事です。
動脈硬化はコレステロールのうち「悪玉」と呼ばれるLDLコレステロール(以下「LDL」)値が高いと起こりやすくなります。健診結果の中で血糖値やトリグリセライドなどが高い場合は、減量や運動である程度改善できる可能性があります。ところが、LDLは肥満解消だけでは改善が期待できません。食事で取る動物性脂肪を減らして植物性の脂肪や魚を増やす必要があります。動物系でも植物性・魚由来でもエネルギーは変わらないので肥満の観点からは同じなのですが、LDLはこの比率を変えないと下がりません。
現在の特定健診ではメタボリックシンドロームに焦点を当てているせいで肥満について主に指導がなされますが、高LDL、塩分の過剰摂取、多量飲酒については、肥満者に見られないことも多く、注意が抜け落ちやすくなります。LDLは脂肪の質が問題で、塩分をたくさん取っていると肥満でなくても血圧は高くなります。また多量飲酒者は痩せていることも多いのですが、血圧や肝機能が悪くなります。いずれも「太っていないから」とスルーされる場合があるので注意が必要です。
自分が痛みや不具合を感じなくても、健診の数値をしっかり見ておくことが心筋梗塞や脳梗塞を予防する重要な手掛かりになります。
「汝(なんじ)自身を知れ」というギリシャの古言があります。せっかく健診を受けているのだから、自分の状態がどのレベルなのか、きちんと知っておいてほしいと思っています。ただ、健診や人間ドックの結果の返し方にも問題があります。Aがいくつ、Bがいくつといった“通知表”のような書き方をしているものが多いのですが、評価が同じDやEでも、例えば聴力が低下しているのとコレステロール値が高いのでは意味合いが異なります。ところが、その内容を理解していないと、受け取る側が「Eが〇個か……」で終わってしまい、自分のリスク評価をきちんとしていないケースが非常に多くなります。中には結果を見ていない人さえいます。症状が出てから振り返って「そういえばあの項目が悪かった結果がこれか」と後悔することがないようにしてもらいたいのです。
自分を知る、ということには2つの意味があります。1つは自分の健診データの意味するところ、リスクを知ることです。とはいえ、全てのリスクを回避しようとすると、仙人のような生活をしなければなりません。しかし、現代社会を生きる人にそのような生活は続けられません。ですからどこに重点を置き、どのような方法ならば続けられるかを考えることがもう1つの知るべきことです。生活習慣で改善できる部分は努力する一方で、LDLを下げるような食事を持続的に取ることが難しければ、LDLコレステロール値を低下させる「スタチン」という薬を服用することなども選択肢としてはあり得ます。
血糖、コレステロール、血圧のいずれを下げる薬でも、早期であれば自己負担の金額としては圧倒的に安上がりでリスクコントロールができます。予防的にそうした薬を使うほうが、将来の入院や死亡リスクを低下させることができる場合もありますし、長い目で見たときの医療費も抑えることができます。もちろんこれは極論ですが、自分でできることと、薬のような“他力”に頼ることを含めたうえで、持続可能な予防法を考えることも「汝自身を知る」ことになります。
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