2人に1人ががんになる時代といわれる今、治療で病を克服するだけでなく、がんになっても安心して働き、暮らせる「がんとの共生社会」の重要性が高まっています。そんな社会の実現を目指すネクストリボンプロジェクトの一環として、「ネクストリボン2022」(主催:日本対がん協会、朝日新聞社)が2022年2月4日*に開催されました。前回に引き続き「コロナ下のがん」をテーマとし、心のケアに関する医師の講演や、コロナ下でがんの発見・治療を経験した俳優の東ちづるさんの対談などが行われました。その概要をリポートします。
*毎年2月4日は、ワールドキャンサーデー(世界対がんデー)です。
【プログラム】
・中村史郎さん(朝日新聞社代表取締役社長)
中村さん:多くの方にご参加いただき、がんに対する関心の高さ、本イベントを続ける大切さをあらためて感じています。今や、毎年100万人近くが新たにがんになり、そのうち3人に1人が就労可能年齢といわれます。働きながらがんを治療する方は今後さらに増えていくでしょう。「がんになっても安心して働き、暮らせる社会にしたい」「誰もががんを自分の問題として考え、早期発見のためにがん検診を受けるのが当たり前の社会にしたい」――そんな思いで、2016年にこのネクストリボンプロジェクトを立ち上げました。
本日は、前回に続き「コロナ下のがん」がテーマです。この1年は新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の感染急拡大などもあり、不安を感じる方も多かったと思います。各プログラムが皆さまにとって実り多きものとなれば幸いです。
中村史郎さん
・清水研さん(がん研有明病院 腫瘍精神科部長)
清水さん:コロナ下において、がん患者さんがどんな実体験をされたのかご紹介します。小・中学生2人のお子さんを持つ40歳代の女性は、3年前に進行肺がんの診断を受け治療を継続していました。コロナ下で「がん患者である自分がCOVID-19に罹患したら命取りになるのでは」「人混みにいると命の危険を感じる」など、大きな不安を抱いたそうです。コロナ下で、がん患者さんは▽COVID-19重症化のリスク▽がん治療への影響▽ワクチン接種に対する懸念▽医療リソースの不足▽がん検診の受診控え▽孤独・行動制限・さまざまな制約――といった不安やストレスを感じています。
清水研さん
コロナ下で私たちは「不安」という感情と親しむようになりました。不安とは、不確実な脅威に対する心身の反応です。正常な反応ですから全てなくす必要はありません。ただし、「不安の暴走」は避けなければいけません。
不安と上手に付き合うためには▽脅威をきちんと認識する(正しく恐れる)▽最適な行動を選択する▽不安にとらわれないよう工夫する――という3つのステップが有用です。具体的には、一次情報(公的機関が公表した統計など)や信頼性が高いと思われる二次情報(公的機関や学会などが発信している情報など)にあたる、ワクチン接種やがん検診を適切なタイミングで受ける、不安を消し去ろうとせずに受け入れることが重要です。また、不安を暴走させないためにはほかの用事や趣味に専念したり、ネットでの情報検索をやめたりして「行動を変える」ことも大切です。
患者さんのご家族など周囲の心構えとしては、当人の悩みを理解しようと試みることと、それを言葉や行動で伝えることが大切ではないでしょうか。相手との距離感を測りかねるときは「私はあなたを大切に思っているし、手を挙げてくれたらできることを手伝う」という“タクシーの空車”のような心構えで接するのがちょうどよいでしょう。コロナ下で患者さんと最期の時間を一緒に過ごせなかったご家族は、後悔や自責の念に駆られているかもしれません。しかし、それは誰のせいでもありません。どうかご自身を責めないでください。
パネル討論では、イベント参加者へのアンケートから見えてきた課題に対して回答と議論が行われました。その中から1つを掲載します。
*コーディネーター:上野創さん(朝日新聞東京本社社会部 記者)
上野さん:がん患者さんは「COVID-19の感染」に関して不安を抱かれることが多いようです。どのように対処したらよいのでしょうか。
北見さん:ほかの患者さんや医療者とのつながりが減ったことを不安に思う声は多いです。「不安は誰もが持っているもの。むしろ不安があるのは当然のことです」とお伝えすると安心した様子になる方もいます。不安になるのはおかしいことではないし、不安に感じているのは自分だけではないということを知っておくことは重要だと思います。
北見知美さん
吉田さん:「話すこと」はとても重要です。自分が何を不安に思っているのか、どうすれば自分は少しでも楽になるのかが明確になります。ですから、つらいと感じるときは抱え込むのではなく誰かに話してほしいです。とはいえ、実際に患者会などでは「相談しづらい」「ハードルが高い」という声をよく聞きます。世の中には多くの相談窓口があります。今ご自身が思っていることを吐露するだけで大丈夫。自分が気楽に話せる場所を意識的に見つけて相談をしてほしいと思います。
吉田ゆりさん
押川さん:私が運営する患者会では、SNSを使うコミュニケーションが活発になりました。現在「がん関連SNS」を活用しています。匿名なので敷居が低く気軽に交流でき、体調が悪くても動画などの視聴が可能です。一方、不正確ながん情報や助言がなされる危険性がある(この点は専門家が関与できれば多少予防できる)、文字だけのコミュニケーションなので意図が誤解される場合があるといったデメリットもあります。
私は毎週日曜の夜に「YouTubeがん相談飲み会」というライブチャットを開催し、コメント欄に届くさまざまな質問に回答しています。視聴者同士のコミュニケーションも生まれ、一時的な「患者会」が形成されています。このように新しいテクノロジーを活用することで、コロナ下の制限を克服できるのではないでしょうか。
押川勝太郎さん
清水さん:つらい気持ちを抱えながら、心の内を明かすことにハードルを感じる方もいるかもしれません。しかし、自分の弱さを誰かに打ち明けること、悲しい感情を話すことは、心を守るためには必要です。社会的にも、そのような相談がしやすい雰囲気になっていくとよいなと思います。
鼎談では、協賛企業から出席のお2人が「がんになっても安心して働ける」環境づくりのための取り組みについてお話しされました。
*司会:原元美紀さん(フリーアナウンサー)
宇都出さん:アフラック生命保険は、がんを本人に告知しない時代にがん保険をスタートさせ、現在はCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)経営の理念に基づき、がんに関わる社会的課題を包括的に解決するために、さまざまなステークホルダーが連携・協業する「キャンサーエコシステム」の構築に努めています。また、2018年からは「がん・傷病 就労支援プログラム」を開始し、相談・両立・検診の3本柱でがん・傷病に見舞われた社員をサポートしています。
宇都出公也さん
三田さん:1963年設立の大鵬薬品工業は、2000年以前からがんなどの疾病に罹患した社員を支援する個別対応を行っていました。がんや慢性疾患の患者増加に伴い、2013年からは就業規則を改定し、就労支援にさらに力を入れています。たとえば、柔軟な働き方を支援する制度(リモートワーク、フレックスタイム制など)、産業医との面談、キャリア相談室や両立支援コーディネーターなどの導入による相談体制づくり、がんに罹患した社員向けの就労支援ガイドなどの情報提供などがあります。
三田明さん
・木山裕策さん(歌手、がんサバイバー)
木山さん: 36歳の頃に会社の健康診断で喉のしこりを指摘され、甲状腺のがんを診断されました。振り返ると、がんの告知を受けたときと治療後に退院したときに、心が大きく揺れ動きました。共通していたのは、自分も家族も、心のケアに関してどこに相談したらよいか分からなかったことでした。治療後の2年間「残りの人生で何をしたいか」を考え抜き、歌手になるという夢をかなえたいと決心。39歳で歌手デビューをするに至りました。
主治医はもちろんですが、今は看護師さんや医療ソーシャルワーカーさんなどに心の不安を相談できます。もしご自身やご家族ががんに罹患し、不安な気持ちを抱えたときには、周囲の相談できる方を頼ってみてください。
木山裕策さん
・東ちづるさん(俳優)
*聞き手:田中ゑれ奈さん(朝日新聞大阪本社生活文化部 記者)
東さん:コロナ下の2019年11月、がんの診断と治療を経験しました。春頃から感じていた胃の痛みが強くなったため病院を受診しました。初めは胃潰瘍の疑いがあり入院しての治療を実施したのですが、退院後の精密検査で悪性腫瘍だと分かったのです。
がん告知を冷静に受け止め、家族に伝える際には医師との会話を動画で撮影し共有するなどの工夫をしました。当時は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の映像作品を制作中で、入院中はその仕事に専念しました。点滴は楽ではなく、絶食するので気持ちも不安定になりがちでしたが、自分にとって快適な環境を整えるために医療従事者とのコミュニケーションにも配慮し、不安な心の内を言語化して主治医や看護師などに伝えました。結局は人と人ですから、コミュニケーションは大切にしました。
東ちづるさん
入院前、コロナ下で生活は荒れていました。夜更かしやアルコールの多量摂取、野菜不足など……病気をして生活をあらためました。また、気持ちを前向きにして「今生きていることがありがたい」と思うようにしたら、心身共に、今が人生で一番元気だと思います。
一方で、がん検診の大切さも痛感しました。もしあのまま胃潰瘍が自然治癒していたら、がんは発見できずに進行してしまったでしょう。この教訓を踏まえ、2021年秋にはがん検診を受けました。今後は、誕生日とクリスマスの年2回がん検診を受ける予定です。「いつか行く」ではなかなか実現しません。皆さんもぜひ、記念日などに合わせて定期的に検診の予定を立ててみてほしいです。
【がんとの共生社会を目指すイベント ネクストリボン2022】
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。