65歳以上の方が介護を必要とするもっとも大きな要因は「認知症」であることをご存知でしょうか。認知症の患者数は年々増加しており、2025年には患者数が約700万人(65歳以上の5人に1人)にのぼると見込まれています。このような流れのなかで、認知症はもはや“対岸の火事”ではなくとても身近な病気になりつつあります。認知症とはどのような病気なのか、適切な診断と治療のために重要なこととは――。内門大丈先生(湘南いなほクリニック院長)にお話を伺いました。
周囲が「あれ?」と感じる小さな変化が認知症の最初の兆候となり得ます。特に同居しているご家族はその変化に気付きやすいのですが、周囲が気付かないまま認知症が進行してしまう場合も少なくありません。早い段階で変化に気付くためには、周囲の人が認知症に関する正しい知識を持つことがとても重要です。
ポイントは、ふとした小さな変化にあります。たとえば▽夏なのに厚着をしている▽冬なのに冷房や扇風機を使う▽きれい好きだったのに急に掃除をしなくなった▽おしゃれだったのに服装に気を使わなくなった▽久しぶりに話したら会話のキャッチボールがうまくできない▽冷蔵庫にあるのに同じものを買ってくる――などの変化に留意が必要です。
周囲がこのような変化に早く気付くことができれば、初期の段階で認知症を発見・診断し、進行を遅らせたり、二次的な周辺症状*を緩和したりできる可能性があります。
「何かおかしい」と思ったら、健康診断をかねてかかりつけ医を受診する、もしくは物忘れ外来などの診療科、地域包括支援センターなどに相談してみましょう。
*周辺症状:認知機能障害を基盤にして、身体的・環境的・心理的な要因などの影響を受けて現れる行動・心理症状。BPSDともいう。
記憶力は基本的に加齢とともに低下していくため、年を取って徐々に忘れっぽくなるのは自然なことです。では、加齢に伴う物忘れと、認知症による物忘れにはどのような違いあるのでしょうか。
記憶には▽記銘(新しい情報を覚える)▽保持(一定時間覚えておく)▽想起(思い出す)という3つのステップがあります。たとえるなら、書類を一度引き出しに入れて保管しておき、その書類を再び取り出すようなイメージです。
加齢に伴う物忘れは、覚えてはいるが思い出せない(記銘と保持はできるけれど想起できない)というもので、ヒントなど何かしらきっかけがあれば思い出せます。一方、認知症による物忘れは、新しい情報そのものを覚えられない(そもそも記銘できない)というものです。体験したはずのことがすっぽりと抜け落ちて「なかったこと」になってしまい、ヒントがあっても思い出すことができません。
認知症とは、一度正常に発達した認知機能が後天的な脳の障害により低下した状態です。
「認知症」と一言でいってもその種類は多岐にわたります。もっとも頻度が多いものが、脳神経が変性して脳の一部が萎縮する「アルツハイマー型認知症」です。そのほかに▽レビー小体型認知症(レビー小体という構造物が神経細胞にたまることで起こるもの)▽前頭側頭葉変性症(大脳の前頭葉・側頭葉を中心に神経変性をきたすもの)▽血管性認知症(脳梗塞や脳出血など脳血管の病気によるもの)などを含めたくさんの種類があります。
これらは脳の変性が進行的に起こるもので、その変性を止める根本的な治療は現状ありません。現状では、進行を遅らせる治療・症状に対する治療などを行います。
ただし、認知症の中には特定の病気が原因で二次的に起こるものもあり、それらは「treatable dementia(治療可能な認知症)」と呼ばれます。
たとえば▽特発性正常圧水頭症(脳脊髄液のバランスが悪くなり脳が圧迫されることで歩行障害・認知機能低下・尿失禁などをきたす病気)▽慢性硬膜下血腫(軽微な頭部外傷などの後、数カ月かけて硬膜と脳の間にゆっくりと血がたまる病気)▽甲状腺機能低下症(血中の甲状腺ホルモン作用が低下した状態)▽ビタミン欠乏症(ビタミンを含む食品の摂取不足・吸収障害・必要量の増加などで起こる症状)▽神経梅毒(中枢神経系に梅毒が感染して起こる病気の総称)▽肝性脳症(肝臓のはたらきが低下し、本来脳には届かないような物質が脳に入り込むことで脳神経機能が低下する病気)――などです。
このような原因が明らかな認知症の場合は、その病気を治療することで治癒する可能性があります。認知症を疑う症状などに気付いた際には、神経内科や精神科など認知症の専門家のいる診療科にご相談ください。高齢の方でかかりつけの病院がある場合には、そちらを通じてご相談いただくのもよいでしょう。また、若年性認知症が疑われる場合には地域の「認知症疾患医療センター指定病院」にご相談ください。
初期にアルツハイマー型認知症などと診断されたとしても、途中で「治療可能な認知機能の低下」が加わる場合があり、その点には留意しなければなりません。たとえば、先ほどご説明した病気による認知機能の低下、あるいは認知症が進行して転びやすくなり、転倒したことで硬膜下血腫を起こすケースなども起こり得ます。その場合には、途中で付加された「治療可能な認知機能の低下」に対してきちんと治療することが非常に重要です。
認知症というと「高齢の方がなるもの」と思われるかもしれませんが、若年の方でも認知症を発症することがあります。このように65歳未満で発症するものを「若年性認知症」と呼びます。若年性認知症の原因でもっとも多いのが脳血管障害です。そのほかにアルツハイマー型認知症、前頭側頭型認知症、さらに頭部外傷や感染症、脳腫瘍によるものなどさまざまな原因で起こる可能性があります。
若年で発症した場合、認知機能の低下により生活に支障が出て異変に気付くことが多いのですが、認知症であるという発想がないために診断が遅れたり、ほかの病気に誤診されてしまったりするケースも目立ちます。そのような状況を避けるために、65歳未満の方でも認知症を発症する可能性があることを皆さんに知っていただきたいです。
「認知症を発症した家族とどのようにコミュニケーションを取ればよいか分からない」というお悩みを抱えている方もいるでしょう。もっとも大事なことは、認知症について理解することだと思います。認知症を知ることでコミュニケーションのヒントを得たり、行動の意味が分かったりしてストレスが軽減するはずです。
たとえば血管性認知症やレビー小体型認知症の場合、理路整然と会話はできるのにボタンを押すような単純な動作が分からなくなるなど症状がまだらに現れます。それをご家族が知っていれば「さっきはこれができていたのに今は分からないの?」と疑問に思ったりストレスを感じたりすることは少なくなるでしょう。
また、ご家族だけで介護するのが大変になったら、可能な範囲で介護保険サービスやデイサービスなどを利用しましょう。とはいえ、介護保険サービスが適用されない場合もあるかもしれません。その場合は認知症カフェなど地域の取り組みに参加するのもよいと思います。
次のページでは、認知症の予防についてご説明します。
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