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「痛い日だけが片頭痛じゃない」―予防薬登場で変わった片頭痛治療

公開日

2023年10月04日

更新日

2023年10月04日

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2023年10月04日

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日本では約10人に1人が患っているといわれる片頭痛。患者さんは痛みがあるときだけでなく、頭痛がない時の「発作間欠期」にもさまざまな支障を抱えている。このほど開かれた「痛い時のみならず、痛くない時にも支障を抱え、損失を被っている患者さんの実態と、医師・患者間のコミュニケーションにおける現状と課題を考える」と題したプレスセミナー(日本イーライリリー主催)では、片頭痛による生活の質の低下や治療の在り方について医師と患者がそれぞれの立場から語った。セミナーのダイジェストをお届けする。

発作間欠期にも支障、大切なコミュニケーション

セミナーではまず、富永病院(大阪市浪速区)頭痛センターの團野大介・副センター長(日本頭痛学会代議員、専門医、指導医)が「片頭痛発作がない時(発作間欠期)にも支障を抱えている片頭痛患者の実態と医師・患者間のコミュニケーションにおける現状と課題」と題して講演した。

  ◇  ◇  ◇

片頭痛は人々の生命を脅かすことはないが、生活を脅かす疾患といわれている。片頭痛のせいで仕事や学校に行けなくなったり、休職・休学を余儀なくされたり、周囲から孤立して孤独に苛まれたりするといった患者さんを多数みてきた。

患者さんは20~40歳代にかなりボリュームがあり、女性が非常に多い。頑張らないといけない働き盛り、子育て世代が片頭痛に悩まされている。片頭痛が起こった時には、動くと頭痛に響き、ぐったりして吐き気がするといった状態になり、日常生活に大きな支障が出る。また、医療費の支出に加え、仕事ができなくなることによる経済的損失もある。さらに、金銭に代えがたい負担を負うなど、患者さんの負担は周囲が考える以上に深刻でつらいものがある。

片頭痛のメカニズムと新登場の発作予防薬

片頭痛のメカニズムとしては「三叉神経血管説」が現在、広く受け入れられている。天気の変化や眠り過ぎ、睡眠不足、ストレスなどの誘因があると、脳の表面にある硬膜血管周囲で三叉神経終末から「CGRP(Calcitonin gene-related peptide:カルシトニン遺伝子関連ペプチド)」などの神経ペプチド(脳内伝達物質の一種)が放出される。この物質が局所の炎症を起こし、刺激が中枢に伝わって痛みが知覚されるという考えだ。

これに基づき、CGRPが細胞に結合できないようにして炎症を防ぐ抗CGRP抗体が2021年に日本で承認され、頭痛の治療が大きく変わった。抗CGRP抗体は片頭痛発作の発生を予防する効果が期待できる薬だ。

薬による片頭痛の治療には、急性期治療と予防治療がある。急性期治療とはすなわち「痛み止め」で、多くの人が発作時に頼っている。ただ、使い過ぎると薬物乱用頭痛になってしまうという問題があった。そのため現在は、痛み止めによる治療よりも予防治療にもっと力を入れていこうという流れになってきている。

予防治療は(日本頭痛学会認定頭痛専門医など)頭痛治療を専門とする医師に相談することで受けられるが、日本では頭痛で病院に行く患者さんがまだ少なく、片頭痛治療薬のトリプタン系薬剤にまでたどり着いた(現在使用中の)人は約15%、予防薬までたどり着いた人(同)は約9%に過ぎないという現状がある。

発作間欠期も含めて患者をみるのが「治療の本質」

頭痛を放置して悪化し、1カ月あたりの頭痛のある日が増えるほど、生活の質(QOL)が下がることが知られている。特に頭痛のある日が月の半分を超えると、頭痛がない日も▽体のだるさ▽次にいつ頭痛が来るかといった不安▽めまい▽耳鳴り――など、さまざまな症状が出てQOLが低下する。

外来で患者さんに「月に何日、頭痛がありますか」と聞くと「10日です」と言う。では「すっきりしている日は何日ありますか」と聞くと「5日です」とか「10日です」と言う。1カ月30日との差分は何かというと「頭痛はないがすっきりしない日」、つまり発作間欠期の支障があるつらい日、ということになる。

これまで医師は頭痛の「痛み」ばかりにフォーカスしてきた。しかし、片頭痛は「時々頭痛が起こる病気」ではなく、発作と発作間欠期の両方からなっている病気だという認識が、近年高まっている。頭痛のある日がどんどん増えると、発作間欠期の支障がより重症になることが知られている。発作のある時はもちろん、発作間欠期の生活も含めて患者をみていくのが“片頭痛治療の本質”だ。

患者の8割「頭痛がない時も生活に支障」

片頭痛患者さんが抱えている発作間欠期の支障や、発作間欠期の医師・患者間のコミュニケーションにおける現状と課題についての意識調査*の結果を見ていきたい。

調査で、患者さんの約8割は、頭痛があるときだけでなく頭痛がない時にも支障を抱えていることが分かった。一方、日常生活における片頭痛の影響などについて、医師は5割以上が積極的に相談してほしいと思っているが、実際に相談している患者さんは約3割にとどまっている。

患者さんが医師に相談しない理由は「伝えても無駄だろう」「うまく説明できない」「こんなことを先生に話してもいいのか分からない」といった意見が多かった。

患者さんは薬に何を期待しているかを見ると、頭痛の重症度が減ることに期待する一方で、頭痛がない時の支障が改善することに関してはあまり期待していなかった。患者さんにとって頭痛がない時のつらさは当たり前でその支障に気付いていないことに加え、発作間欠期の支障を改善する新しい薬があるのを知らないことがこの結果につながっていると考えられる。発作間欠期の支障と、薬によってそれが改善することについて、患者さんだけでなく医師にももっと啓発していく必要がある。

頭痛がない時の困り事に関してしっかり医師とコミュニケーションを取っていた患者さんは主治医に対する信頼度や治療への満足度が高く、抗CGRP抗体のような新しい治療法を医師から紹介されてもいた。日常生活の些細な支障であっても医師にしっかり相談し、医師も積極的に患者さんから話を聞くことにより、よりよい治療の実現と、患者さんのQOL向上につながると考える。

*イーライリリーによるインターネット調査。2023年6~7月に実施し、患者176人、医師161人が回答。

患者の声「治療重ね片頭痛のコントロール可能に」

続いて行われたトークセッションには、團野氏に加えて片頭痛患者の大槻知夏さんが登壇。大槻さんは10歳ごろに片頭痛を発症、20歳代に就職をしたころから市販の急性期治療薬が効きにくくなった。30~40歳代は頭痛の頻度が増え、治療薬が効かない痛みが72時間続くことも多発する。2020年に初めて頭痛外来を受診し、発症抑制薬による治療を開始したという。

頭痛外来受診で「自分に合った治療」と出合う―大槻さん

大槻さん:頭痛の発作がない日も片頭痛に振り回される毎日で、日常への影響はとても大きい。

精神的な支障としては「どうしても休めない時期に発作が起こったらどうしよう」「周りに迷惑をかけられない、かけたくない」「旅行やイベントなどの楽しい予定が入っているときでも頭痛が起こったらどうしよう。出先や旅先で発作が起こり、台なしになったらいやだな」「飛行機の機内で頭痛が起こると本当につらいので、旅行も行き先が限定される」――などといったことを感じ、常に楽しみも半減してしまう。

自分の場合だが、体調面では発作の前の予兆期と痛みが治まった後も不調がある。発作時は強い痛みに耐えているので、猛烈な疲労が蓄積されて翌日以降も倦怠感や疲労感が残ってしまう。

頭痛外来を受診する前や受診してしばらくの間は、とにかく痛みを何とかしてほしいということで頭がいっぱいで、痛みの話しかしていなかった。痛みのない日の支障について目が向いていなかったこともあるし、痛み以外の不調を主治医に話すという発想すら当時はなかった。

頭痛外来を受診して治療をアップデートしていくうちに、痛い日だけが片頭痛ではないことに目が向くようになった。主治医の指導で始めた「頭痛ダイアリー」によって自身の片頭痛についての理解が深まった。それによって、片頭痛に振り回されていた毎日から、コントロールできるように変わった。そして、さまざまなことを言葉にして主治医に伝えて共有しながら診療を重ねていくうちに、自分に合った治療に出合うことができた。今は片頭痛のない人生こそが本当の自分の人生だという実感がある。

患者をトータルでみるのが頭痛治療の本質―團野氏

團野氏:頭痛外来ではほとんどの医師が頭痛ダイアリーという、痛みがあった日に印をつけるような日誌を付けてもらうよう指導する。頭痛がない日は何も書いていないので元気に過ごしたようにも見えるが、実は何らかの支障があったということも多い。行間を読むよう心がけ「何も書いていない日はすっきりと元気に過ごしていましたか」というような形で話すようにしている。

発作間欠期も含めた患者さんをトータルでみていくのが頭痛治療の本質ではないかと思っている。発作期と発作間欠期は車の両輪のように同じくらい重要だといえる。「痛い日だけが頭痛じゃない」ということだと思う。
 

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