連載特集

ライフサイエンス育成と社会実装―今枝副大臣に聞く文科省の役割と注目の政策

公開日

2024年02月28日

更新日

2024年02月28日

更新履歴
閉じる

2024年02月28日

掲載しました。
24c2170018

ライフサイエンスとは「生物が営む生命現象の複雑かつ精緻なメカニズムを解明することで、その成果を医療・創薬の飛躍的な発展や、食料・環境問題の解決など、国民生活の向上および国民経済の発展に大きく寄与するもの」として注目を浴びている。国を挙げてさまざまな分野で研究や社会実装(得られた研究成果を社会問題解決のために応用、展開すること)の支援などを行っている。このうち文部科学省(以下「文科省」)は、理化学研究所、科学技術振興機構、大学などの機関における基礎的・先導的な研究の推進や研究支援業務などを実施している。ライフサイエンスの育成と社会実装に文科省が果たしている役割や注力している政策などについて、今枝宗一郎文科副大臣に聞いた。

「理系」だけでなく「文理融合」人材も育成を

ライフサイエンスを発展させるためには人材育成が非常に重要で、理系人材を増やすための施策を推進しています。ただ、理系の研究者だけを育成すればよいというものではありません。社会実装のためには起業家も育てる必要があり、「文理融合」人材も含めた育成が非常に重要と考えています。

具体的には「アントレプレナーシップ(起業家精神)教育」を一気に広げます。会社を興すことが目的の人だけではなく、研究者にもアントレプレナーシップは必要です。今の社会がどうなっていてこれからどうなるべきか、そのギャップを埋めるためにどのような研究をすればよいのか――。そうしたことについて、まず未来像を描いて未来から現在にさかのぼりつつ実現のための道筋を描き出す「バックキャスト」の戦略的な考え方が研究者にも求められます。研究者はもとより、サラリーマンであっても主婦/主夫であっても、そのような考えに基づき“自分の人生”を生きることを学ぶのがアントレプレナーシップ教育です。

文科省は、スタートアップ(革新的なアイデアで短期的に成長する企業や新規事業)創出の基盤となる人材をさらに増やすとともに多様性を高めていくため、2023年に「起業家教育推進大使」を任命し、広報活動や講演などを通じて人材育成に協力してもらっています。

ただ、任命した大使はわずか10人で、セミナーや出前講座などの参加者も1年間で900人しかいません。理想は幼児教育から大学院まで、それぞれの発達・レベルに応じたアントレプレナーシップ教育を行っていくべきで、そのためには大使を1000人に、参加者も900万人という規模にしていかなければいけないと考えます。

理系人材の経済負担軽減策

もう少しライフサイエンス寄りの人材育成策の話をすると、理工農系人材を対象に給付型奨学金などを拡充し、大学で学ぶ際の経済的な負担がより少なくなる環境をつくっていきます。

2020年4月から始まった高等教育の修学支援新制度では、給付型奨学金と授業料・入学金の減免を受けることができます。現在この支援制度を受けられるのは世帯年収(目安)が約380万円以下となっていますが、これを理学、工学、農学関係の学部・学科に通う学生について、対象となる年収を約600万円程度(目安)まで拡大する予定です。

学部卒業後の博士課程、その先のポスドク(ポストドクター:博士後期課程修了後に就く任期付きの研究職ポジション)のキャリアも課題です。博士後期課程の大学院生が研究補助者(リサーチ・アシスタント<RA>)として研究プロジェクトに参画する場合には労働対価として最大240万円を支援するなど、博士課程の学生を支援する施策を実施しています。さらに、第6期科学技術・イノベーション基本計画では生活費相当額(年180万円以上)を受給する博士後期課程学生を、2025年までに従来の3倍の約2万2500人に増やす計画です。

ポスドクについては、任期制という雇用形態のため身分が不安定とされています。しかし、研究ができるのは国などの研究機関だけとは限りません。任期終了後は民間企業で研究を続ける、さらにはスタートアップ創業といったような、キャリアパス(目指すべきゴールまでの道筋のモデル)を作る必要性を感じています。

これらの課題解決のために「博士人材の社会における活躍促進に向けたタスクフォース(博士人材タスクフォース)」を設立し、2023年11月に第1回会議を開催しました。ここで、博士人材の能力が社会において正当に評価されるとともに、博士人材の強みなどを可視化し、アカデミアだけでなく社会の多様なフィールドでいっそう活躍することを後押ししていくために取り組むべき施策などについて検討していきます。

社会実装へ 「スタートアップ育成5か年計画」

ライフサイエンスは社会実装されて初めて、国民生活や経済の向上につながります。社会実装ではスタートアップが非常に重要な役割を果たすと考えています。

政府は2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」を策定しました。計画では、

  • 日本にスタートアップを生み育てるエコシステム*を創出し、第二の創業ブームを実現する
  • スタートアップへの投資額を2027年度に10兆円規模にする
  • 将来的にユニコーン**を100社、スタートアップを10万社、それぞれ創出することにより日本をアジア最大のスタートアップハブとして世界有数のスタートアップ集積地にする

――などの目標を掲げています。

*エコシステム:新しいビジネスを創出するスタートアップ企業を支援するための▽人材▽資金▽サポート・インフラ▽コミュニティ――からなる産業生態系
**ユニコーン:「設立から10年以内」「企業評価額が10億ドル以上」「非上場企業」「テクノロジー企業」の4条件全てを満たしている企業

5か年計画の初年度は、目詰まりしているスタートアップ・エコシステムを循環させることに集中しました。その中で一番大きな成果は「日本版QSBS(Qualified Small Business Stock:スタートアップ企業などへの投資で得た利益をスタートアップに再投資する場合、キャピタルゲインが非課税になる制度)」で、金額規模をアメリカの約1.5倍の20億円としました。これによって、スタートアップ投資の回転を促します。

そして2年目のテーマは「グローバル」と「ディープテック(特定の自然科学分野での研究を通じて得られた科学的な発見に基づく技術)」です。

グローバルに関して内閣官房が「グローバル・スタートアップ・キャンパス(GSC)」構想の具体化に向けて検討を進めています。GSCのコンセプトは

  • 海外のトップ大学などと連携しつつ東京都心にフラッグシップ拠点を創設し、地域全体でスタートアップ・エコシステムを形成
  • 世界に対する“窓”として機能し、スタートアップを目指した研究者などの呼び込み、派遣、起業家育成などを通じて世界に挑戦するスタートアップを創出

――によってグローバルな社会課題の解決と国内の経済成長を目指し、ディープテック分野におけるイノベーションとスタートアップのエコシステムの構築に取り組むというものです。2024年春に有識者会議の中間提言が取りまとめられる予定です。

ディープテックに関してもっとも大きな成果は、SBIR(Small/Startup Business Innovation Research)制度の大改革です。SBIR制度はスタートアップなどによる研究開発を促進し、その成果を円滑に社会実装し、それによって我が国のイノベーション創出を促進するための制度です。「中小企業等経営強化法」に基づく制度として1999年から実施されてきましたが、成長企業の育成やイノベーション創出につながらないなど、さまざまな課題がありました。特にライフサイエンス関連のスタートアップは成果が出るまでに長い期間がかかるもの、うまくいかないものもあります。そうした特性を考えると「成果が出るまで補助ができない」ようでは使い勝手が悪いのです。そこで、一定の技術レベルを達成したら一定金額を補助する「ステージゲート」方式を取り入れることにしました。また、従来は特定省庁だけで実施していましたが、政府全体で取り組むなど、制度を大きく拡充しました。

その中でも文科省は全省庁の中で唯一、SBIRの前払い制度を取り入れました。スタートアップに対するSBIR制度は基本的に後払いですが、研究開発を続けていると「つなぎ資金」が必要になる局面があります。その時に使える制度にしようということです。

3年目のテーマはディープテックの実践と人材育成

そして、3年目となる2024年度のテーマは、ディープテックの実践と人材育成です。その関連でCxO(Chief x Officer)人材の育成を考えています。スタートアップにおいても、会社を経営する人材は必要です。文系の博士のような人たちに長期インターンシップで起業マネジメントを勉強してもらい、CEO(最高経営責任者)、COO(最高執行責任者)、CFO(最高財務責任者)などの候補者を「CxOバンク」に登録してマッチングするようなシステムを作っていきたいと思っています。
 

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

特集の連載一覧