世界に類をみない超高齢社会を迎える日本では、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になるといわれています。そうした中、認知症を取り巻く課題解決に取り組んでいるのが、国内大手製薬会社のエーザイ(本社:東京都文京区)です。同社では、他産業・企業と連携して「認知症エコシステム」を構築することで、認知症の課題解決を図るとともに、認知症の早期発見・早期受診が実現できる社会づくりを目指しています。エーザイの代表執行役専務COO(Chief Operating Officer:最高執行責任者)兼CGO(Chief Growth Officer:最高事業成長責任者)/Theoria technologies(テオリア テクノロジーズ)代表の内藤景介氏に、認知症エコシステムの構築により目指す社会についてお話を伺いました。
エーザイが重点領域として取り組んできたのが「認知症の克服」です。私たちは認知症が社会課題と認識される以前から40年以上にわたり、アルツハイマー病*治療薬の創製・改良に向けた研究開発を続けてきました。そして2023年に世界初となる抗アミロイドβ抗体薬「レケンビ」を上市しました。
私自身は現在、エーザイの代表執行役専務COO兼CGOを務めています。COOとしてこれまで実行してきたことを効率よく実行していくとともに、CGOとして着実に事業成長が生まれる環境をつくることが私のミッションです。現在は、他産業との連携などにより認知症を取り巻く課題の解決を目指す「認知症エコシステム」の構築にも取り組んでいます。当社は創薬において、「この課題を解決するためにはどのような技術が必要か(課題オリエンテッド)」という発想で研究開発を行ってきましたが、その発想をもってすると「課題解決の手段として、そもそも創薬だけにこだわるべきなのか」という考えに行き着きます。そこで、創薬ではない新たなソリューションを持つ産業・企業と連携することで、共に課題解決を図る認知症エコシステムの構築を目指すことにしたのです。
*アルツハイマー病:認知症の一種であり、認知症のうちもっとも多くを占める
2024年現在、10を超える産業および20を超える企業と認知症エコシステムの構築を目的とした連携をスタートしています。認知症には解決すべきさまざまな問題が取り巻いていますが、現在私たちが連携を強化しているのが、「介護離職」「独居・孤立」「財産トラブル」の3つの社会問題に関連する業界です。これらの問題がもたらす日本の経済的損失規模は非常に大きく、たとえばご家族の介護離職等による経済損失額は、9兆2000億円*に上ると試算されています。これは脳卒中やがんによる労働損失額と比べて大きな額となっています。45〜49歳の約18%、50〜54歳の約38%、55〜59歳の約56%、60歳以上の約60%**がビジネスケアラー(仕事をしながら家族の介護に従事する人)もしくは切迫予備軍であると推計されており、日本における喫緊の課題と言えるでしょう。
もちろん経済的なインパクトだけで、社会課題の大きさが測れるわけではありません。ただ、認知症がほかの病気と比べて大きく異なるのは、医療機関での治療よりも日常生活におけるケアやサポートが大部分を占める病気であるという点です。そうした観点からも、社会全体の課題としてしっかりと向き合っていくべきだと考えています。なお、連携可能性のある業界や企業としては主に以下を想定しています。
各産業・企業との連携は、各社のサービスや製品価値の向上にもつながりますし、そこからより良い新たなソリューションの創出につながるという好循環が生まれると考えています。認知症にかかわる課題は実に多様であることから、さまざまな産業・企業と連携できる可能性があります。私たちエーザイからもお声がけをさせていただいていますが、異業種・異分野の企業の皆さまからのお声がけも期待しています。
*経済産業省における介護分野の取組について(2024年3月 経済産業省 ヘルスケア産業課)より
**株式会社リクシス「ビジネスケアラー最新実態調査 2022.7月版」より
認知症エコシステムの構築を加速させるために、2023年にエーザイの完全子会社としてデジタル事業会社Theoria technologies株式会社(本社:東京都千代田区)を設立しました。Theoria technologiesでは、エーザイが長年にわたり蓄積した膨大な治験や研究データ、知見を活用しながら、デジタルソリューションの創出を進めています。こうした事業を子会社化した背景には、創薬とデジタルのビジネスにおけるスピード感の違いもあります。創薬は数十年単位でじっくりと時間をかけて行うビジネスであるのに対し、デジタルのプロダクトは完成したらどんどん世に送り出して短いスパンで検証を重ねていく必要があります。デジタルビジネスに特化した組織体制の下で迅速にビジネスを展開していく必要があると考え、事業会社の設立に至りました。
認知症エコシステムにおいては、認知症の当事者さまやご家族だけではなく、健康な方、認知症高リスクの方など、全ての生活者を対象としたソリューションの開発を行っています。健康なうちから自身の健康状態や認知機能に興味を持っていただくことで、認知症になる前に気付き、備えられる社会づくりを目指しています。
認知症の6割以上を占めるといわれているアルツハイマー病は、認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)を経て、長い年月をかけて少しずつ進行していきますが、早めに対処することで予防や治療の選択肢を増やせる可能性があります。しかし、そうした兆候に気付くことは簡単ではありません。その背景には、そもそも認知症がどのような症状・経過を経て進行していく病気なのかという理解が世間に浸透していないことも要因としてあると考えています。「MCI」という名称自体を知らない方も多く、エーザイの調査ではMCIの認知率は12%*と低いことが分かっています。こうしたことから、私たちには認知症やMCIについて正しい情報を発信していく使命があると感じています。
世の中にはさまざまな情報があふれかえっており、その中には正しい情報もあれば、誤った情報も多々あります。どの情報に行き着くかによって、人生が左右されてしまうのは非常に大きなリスクとなります。人々が予防や治療の効果をきちんと享受できるよう、正しい情報発信に努めていくと同時に、認知機能をセルフチェックできる「のうKNOW®」(非医療機器)というツールの開発・提供も行っています。これからも全ての方により充実した選択肢を提供できるよう、認知症エコシステムの構築を加速していきたいと思います。
*インターネットによるアンケート調査(対象者:60〜70歳代の全国男女、サンプル数:20000ss、実施時期:2024年2月)
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