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コロナ禍から次の時代へ―中外製薬の挑戦

公開日

2022年01月11日

更新日

2022年01月11日

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2022年01月11日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2022年01月11日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

中外製薬・奥田修社長インタビュー【後編】

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として、中外製薬が開発・販売を手掛ける抗体カクテル医薬が日本でも特例承認されました。ただ、製薬会社にとって、制圧すべき病気はコロナだけではありません。次の時代に向かって創薬の力をどう伸ばし、どこに向かっていくのか――。中外製薬、奥田修社長CEOへのインタビュー後編は、同社の見据える新たな成長戦略などについてお聞きしました。

医療の個別化に必要な「良質」「大量」のデータ

これからの医療は、個々人の病気の原因や症状などに合わせた「個別化」に向かうのは間違いありません。現在の我々の取り組みとして「安全性データベース」があります。臨床試験のデータをタブレットやウェブから参照することができ、目の前の患者さんにある薬を使ったとき何が起こるか、似たような患者さんの例を見ることができるものです。ゆくゆくはデータをたくさん集めることで、より個別化が進むのではないかと考えています。

ロシュが買収した会社の1つにフラットアイアン・ヘルス(以下、「フラットアイアン」)があります。この会社は、がんの患者さんのカルテからヘルスデータを集め、整理してデータベースを作成しています。

このデータを使うと、本来は実薬と対照薬の2群に分けて行わなければならない臨床試験で、対照薬の代わりにデータベースを使い実薬だけの試験で比較対照することができます。1つの例ですが、実際に行った臨床試験における薬剤のデータと、フラットアイアンのデータベースから抽出した当該薬剤データを比較したところ、ぴったり一致しました。

ただし、これだけで、対照薬を使ったランダム化比較試験(RCT)をなくすことは、現時点ではできません。そこに向かっていくためには質の高い大量のデータが必要です。

中外製薬が2021年2月に発表した新しい成長戦略「TOP I 2030」では、戦略の「Key Drivers」の1つにDX(デジタルトランスフォーメーション)を挙げました。DXで何をしたいか、その1番は創薬力の強化です。AIやデータを使って、創薬のスピードを上げたり、ほかの企業ができない創薬テクノロジーを生み出したりすることを目指しています。

デジタルのベースにあるのは「データ」です。どれだけの量と質のデータがあるかによって、AIのアルゴリズムがよいものにも使えないものにもなりえます。個別化医療も大量の良質なデータの支えがなければ成り立ちません。「Meaningful data at scale」といって、大量の意味あるデータ集積し分析することで、意味あるインサイト(洞察)を獲得し、患者さんの診断や治療方針の決定を支援できるようなデータベースができないかということも考えています。

デジタルとデータは表裏一体で、全てつながっています。最終的に目指すものは「患者さんによい医療を」ということに尽きるのです。

地盤沈下する「世界の中の日本の医薬品市場」

日本の医薬品市場は現在世界市場の7%程度で、今後もう少し下がってくると思います。20~30年前は世界市場の約20%という巨大な市場だったのが下がっていて、世界の中で唯一、成長が見込めない、あるいは将来的にマイナス成長といわれています。

そうなると、日本で新薬を開発する優先順位がどうしても下がる傾向が出て、日本の患者さんが新しい薬にアクセスできなくなるという事態が生じます。新薬の承認数を比較すると、2020年までの5年間に欧米で承認された新薬246品目中、72%にあたる176品目が日本では未承認のままで、その数は年を追うごとに増えています。詳細な原因については調査が必要ですが、日本の市場の魅力が相対的に低くなってきていることで、新たな“ドラッグラグ”が生じているのではないかと危惧しています。

画期的な新薬が登場した際に、その薬価が「高い」と話題になることがあります。しかし、国際的にみると日本の薬価は決して高くはありません。2010年度の薬価制度改革で「新薬創出・適応外薬解消等促進加算(新薬創出加算)」が導入されて薬価が下がりにくくなりましたが、一方で「市場拡大再算定」という制度があり、当初の見込みを超えて大きく売れた薬は価格が下がってしまいます。研究開発型の製薬会社は特に、新薬開発に莫大な時間と資金を投入しています。それを回収して次の研究開発に投資するという循環を維持したいのですが、薬価の予見性が崩れるとそれを回していくのが大変になるのです。

医薬品の価格にはもう一面あって、それは患者さん、家族、コミュニティーあるいは社会全体が享受する価値に見合った価格が妥当なのではないかということです。安全性・有効性の高い薬、革新的な薬が出たときには相応の価格が求められるべきです。

研究開発型企業が感じる「日本に足りないもの」

先にお話ししたように、製薬企業にとってもっとも重要なものは新しい薬を創り出す力=創薬力です。では、創薬力を高めるために必要なことは何でしょうか。もちろん企業の努力は大前提ですが、同時に環境を整備してもらえるとよいと思うことがいくつかあります。

まず、大学や研究機関に対する国の支援を強化していただきたい。ニュースでも取り上げられていますが、日本の学術論文のポジションはどんどん下がっています。基礎研究のレベルを維持・向上させるには国の支援が不可欠です。それが回り回って、製薬企業だけでなくさまざまな産業における開発力の強化につながります。

もう1つは資金の問題です。大学や研究機関が創薬の“芽”を作っても、“花”にあたる実用化は製薬会社やベンチャー企業の役割です。ところが、日本ではベンチャーに対する資金投入が弱いのです。有望なアイデアに対して資金が集まりやすい土壌が養成されると、創薬力の強化にもつながります。

さらに、人材の流動性も不足しています。大学や研究機関から製薬企業やベンチャーにいって活躍し、一定のめどが立ったらまた元の場所に戻ったり別の場所で勉強したりできる――そういうことが今の日本では難しいのです。それらが改善されれば、さまざまな研究開発型企業がより活性化していくと考えます。
 

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