連載特集

「ヘルスリテラシー」の重要性―納得する治療を受けるため 患者に必要なこととは

公開日

2024年08月26日

更新日

2024年08月26日

更新履歴
閉じる

2024年08月26日

掲載しました。
Db1b6a7dd0

ファイザーメディカル部門執行役員 藤井幸一さんに聞く

病気になったら誰しも、よりよい治療を納得したうえで受けたいと願うだろう。では、「納得する治療」とは何か、日進月歩の医療界で日々生み出される新しい薬は自分に使えるのか――。あふれる情報の洪水から自分に合った適切な情報を探し出すために、今注目されているスキルが「ヘルスリテラシー」だ。ファイザー・メディカル部門執行役員で、医師でもある藤井幸一さんに、ヘルスリテラシーの意義、その重要性などについて聞いた。

患者にとって難しい「治療選択の判断」

――ヘルスリテラシーは、なぜ重要なのでしょうか。

病気になった患者さんがどのような治療を受けるかを決める際に重要なのは、医師がさまざまな選択肢を示し、患者さんが今の生活や仕事、自分の人生を考慮し、医師と患者さん双方がお互いの考えをきちんと述べたうえで、正しい情報に基づいて判断・合意できることです。

とはいっても、それは実際には難しいというのが一番の課題です。

診療では常々、患者さんにできるだけ分かりやすく説明するよう心がけてはいても、病気や治療方法、薬の話は難しいことも多く、医師と患者さんのコミュニケーションを、もう少し改善する方法があればよいと感じていました。

病気の治療をするときに医師が目指すのは、病気を治すことやしっかりとコントロールすること、薬の効果の確認や副作用への対策を行いながら、3年後、5年後、10年後、15年後……長期にわたっていかによい状態を保つかということです。

ファイザーは「患者さんの生活を大きく変えるブレークスルーを生みだす」という企業目的を掲げています。医師と患者さんの間で十分なコミュニケーションが行われ、理解が進まなければ、私たちが企業として掲げている目標も実現できません。どれだけよい薬をつくっても、最適な患者さんに適切に使われないと薬本来の有効性や安全性が得られません。患者さんは一人ひとり背景も年齢も生活も違うため、医師と患者さんがよく話し合い、納得した治療法を選ぶ必要があると思うのです。

ヘルスリテラシーは、患者さんが自分にとって最善の治療を選ぶための力になります。

診療で目指す“ゴール”

――医師と患者さんが話し合いのうえで、同じゴールを目指すことが重要ですね。

私が専門とする関節リウマチは、治療期間が年単位で、非常に長い期間続くこともあります。患者さんは最初、手や肩など関節の症状があって病院に来ます。検査をして関節リウマチと診断されると、患者さんは「自分の人生は今後、どうなるのだろう」と、非常に心配します。ところが、時間的な制約や診断を受けたショックなどで、本当は医師に聞きたいことがたくさんあっても、その一部しか聞けないことも多いでしょう。

診療で心がけている“ゴール”は、次のようなことです。病気に関する情報をきちんと伝え、患者さんのさまざまな不安を払しょくするとともに、薬の効果と副作用の両方を分かりやすく説明し、メリットとデメリットを理解したうえで自分に合った治療を選んでいただく。関節リウマチであれば、少しでも早く病気の進行を食い止め、関節がこれ以上壊れないことを目指しますし、さらに、肺や心臓、目への影響といった関節以外に出現するさまざまな病型についての知識を習得してもらいます。また、治療を長期にわたって続けなければならない理由、治療をやめられるときが来るのかといったことも含めて理解していただく――そのベースには、客観的なデータや適切な情報があることが重要です。

どの病気であれ、「治りたい」という気持ちはほとんどの患者さんが持っているでしょう。それゆえにわらにもすがる思いで、エビデンスがはっきりとしない治療法や、知人にすすめられた治療法のほうが効くのではないかと思ってしまう患者さんもいます。インターネットなどの玉石混交の情報の中で、どれがその患者さんに効くのか、国に治療薬として認められたものかといったことを含め、患者さんご自身も情報を見極めながら、医師と一緒に治療法を決定していただきたいと考えています。

関節リウマチに関していえば、昔は診断がついてもステロイドと痛み止め程度しか治療薬がなく、患者さんも医師もつらかったと思います。この20~30年で生物学的製剤やJAK阻害薬の登場で選択肢が劇的に増え、同時に理解すべきことも増えました。だからこそ、エビデンスに基づく最新の情報により、本当に患者さんご自身に合った治療を医師との間で合意できることが重要なのです。

医師にも患者にも難しい新しい治療の“位置づけ”

――科学の進展とともに、新しい薬も次々と生まれる時代になりました。

新しい作用機序(薬が効くメカニズム)の薬が開発され、従来は治療できなかった分野で画期的な治療法が見つかってきています。同時に、その薬の使い方が難しかったり、専門医が少なかったりして、地域によってはその治療が受けにくいということもあります。私たちファイザーはそういった地域差をなくし、患者さんがどこに住んでいようと同じように自分に合った最先端の治療を受けられるようにすることも目標に掲げています。

医学部の授業やその後臨床経験を積み重ねるなかで、医師は多くのことを学び、それぞれ、目の前の患者さんにとって最善と思う治療を提供しています。しかしながら、従来の薬剤とはまったく異なる作用機序を持った新しい薬が出たときに、医師は従来の治療法と比較し、どこに新しい薬を位置づけ、どの患者さんに適用できるか、どの患者さんには使えないか、どうしてその薬が必要なのか――といったことを理解するためにより多くの努力を必要とする時代になっています。

患者さんやご家族にとっても、その難しさは同じです。医師からの話がよく分かったか、どのような情報が理解を助けたか、それはエビデンスに基づく最新かつ適切な情報だったか、あふれる情報の中で本当に自分に合うのはどれか、見落としがないようにするにはどうするか――といったことを整理する力が求められます。そのために、患者さんご自身もヘルスリテラシーを身につける必要があるのです。

製薬企業の役割は情報提供による「意思決定の支援」

――近年では、「シェアード・ディシジョン・メイキング(Shared Decision Making):SDM*」が重要といわれるようになっています。

SDMは、医師・医療者と患者さん双方の努力が大きく問われます。患者さんは、自分についての情報をきちんと整理して分かりやすく伝えることが必要です。医師・医療者は、患者さんの病気だけではなく普段の生活や仕事などの背景を知り、個人の価値観まで理解が求められます。そのうえで、複数ある治療法からどれが適しているかを一緒に詰めていくというプロセスがSDMです。「シェアード(共有された)」ですから、どちらか一方による意思決定ではありません。患者さんも医師も、双方が自分の考えを伝えることは重要ですし、そのための正確な情報が必要になるのです。

 “医療の本質”はそもそも変わらず、先ほど述べたように病気を治し、あるいはきちんとコントロールし、10年後もその後も元気でいることです。新しい薬があれば、それをお互いに理解して最終的な決定ができればいいですね。

製薬企業の立場としては、エビデンスに基づいた情報を提供し、科学的に証明されていないことは明確に「分からない」とお伝えするなどして、SDMによる意思決定のお手伝いができることを進めたいと考えています。

*SDM:患者と医師などの医療者がそれぞれの持つ情報を共有し、十分な理解のもとで話し合いを通じて治療法などについての意思決定をするプロセス

メディカル部門の役割

――変化する医療環境に合わせた対応が問われますね。

ファイザーのメディカル部門は、医療現場を改善することも役割の1つと考えています。医師を訪問して、今日の医療現場での困り事などを聞き出し、必要な情報を提供しています。また、社内で作る医師や患者さんに提供する資材などの内容が科学的に正確で公平、透明性のある内容になっているか、最新の知見に合致しているかの確認も私たちの仕事です。

製薬企業として、薬をつくってきちんとお届けすることも重要ですが、医師にさまざまな情報を理解していただくことや、患者さんと医師のコミュニケーションをよりよくすることも大切な役割なのです。科学的に正しく、客観的で公平な情報を医師と患者さんに提供していくのが、メディカル部門です。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

特集の連載一覧