日本婦人科腫瘍学会は、2024年7月18~20日に鹿児島大学医学部産科婦人科学教室が主催する学術講演会の関連行事として、9月8日に鹿児島市で県民公開講座を開く。ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの積極的勧奨が差し控えられていたため、本来、定期接種が受けられる期間中に接種を受けなかった女子を対象に行われている「キャッチアップ(追いかけ)接種」公的補助の有効期限が迫るなか、子宮頸がんの悲惨さを伝えて1人でも多くの人にHPVワクチン接種の重要性について考えてもらうことを目指す。学術講演会の小林裕明会長(鹿児島大学医学部産科婦人科学教室教授)に公開講座の概要や狙い、学術講演会の見どころなどについて聞いた。
子宮頸がんの深刻な喫緊の課題は、HPVワクチンの「キャッチアップ接種」の公的補助が間もなく終わってしまうにもかかわらず、接種率が惨憺たる状況にとどまっていることです。
HPVワクチンの積極的勧奨(勧めること)は、接種後の「多様な症状」に対する不安から、2013年4月に定期接種がスタートしたなんと2カ月後から勧奨中断となりました。以後、積極的勧奨が再開されるまでの約9年間はワクチン接種率がほぼゼロまで低下しました。政府は2022年、「多様な症状」の原因がワクチンであるという科学的根拠はないということで、積極的勧奨を再開しました。この9年間に接種を受けないまま、本来の定期接種対象年齢が過ぎてしまった世代の女性にキャッチアップ接種を無料で受けてもらおうという公費補助制度です。その期限は2025年3月となっているのですが、逆算すると1回目の接種を始める最後のチャンスが2024年9月ということになります。というのも、HPVワクチンは一定期間を置いて3回の接種が必要で、打ち終わるまでに通常6カ月かかるからです。
そんな9月に、「子宮頸がんワクチンで守れる女性の人生、赤ちゃんの命」をテーマに鹿児島市内で県民公開講座を予定しています。
子宮は女性にとってがんの罹患(りかん)数が5番目に多い部位です。子宮に生じるがんには「子宮頸がん」と「子宮体がん」があります。子宮頸がんは30歳代が発症のピークで、その原因は発がん性のHPV感染です。ウイルス感染が原因ですから、ワクチンで防げる可能性があります。一方、子宮体がんは50歳代で肥満体系の女性に多く▽肥満、高血圧、糖尿病▽出産経験なし▽エストロゲン製剤の長期使用――などがリスクファクターになります。
子宮頸がんになる前の「前がん病変」の段階で治療すれば子どもを産む能力(妊孕性<にんようせい>)を残せますが、もう少し進んでしまうとがんが子宮頸部にとどまっている進行I期でさえ「子宮全摘出術」が標準的治療となり、妊孕性を失ってしまうのです。子宮頸がんは「マザーキラー」とも呼ばれ、発症年齢のピークと出産年齢のピークが重なります。妊娠判明後に子宮頸がんが見つかると、赤ちゃんと子宮を同時に失うこともあります。また、子宮頸がんに気づかないまま経腟分娩したところ、破水時に胎児が母親のがん細胞を吸引して幼児期に肺がんを発症したケースも報告されています。
このように、子宮頸がんは女性の命を奪うだけでなく、命が救われても別の多くの悲劇を招きます。幸い子宮頸がんは数少ない「ワクチンで予防できるがん」で、欧米では罹患率、死亡率がどんどん下がっています。これに対し、ワクチン接種が進んでいない日本は、そうした流れから取り残されています。
9月の県民公開講座は、キャッチアップ公費接種に間に合う最後の機会ととらえ、ワクチンで守れる女性と赤ちゃんについて分かりやすく説明し、「我が事」として考えられるきっかけにしていただけるよう企画しています。冒頭に私が、子宮頸がんには死亡とは別の悲劇があることや、なぜワクチンが有効なのかなどをお伝えします。次いで、ご自身も子宮頸がんで大きい手術を受け、術後の副作用に悩む女優の原千晶さん、同じく子宮頸がんになり赤ちゃんを失ったフリーアナウンサーの柳佐知さんがそれぞれの経験を話し、手記を読み上げます。最後に3人でどうすれば子宮頸がんの悲劇を減らせるかについて語り合うという進行を予定しています。
これは7月に鹿児島で開催する第66回日本婦人科腫瘍学会学術講演会に関連した行事で、我々の教室と公益社団法人である当学会と、HPVワクチン接種に関する相談支援・医療体制強化のための地域ブロック整備事業の3者共催で行う社会貢献事業です。女性だけでなく男性も含めて少しでも多くの方にHPVワクチンの有用性を知っていただき、ご自身や周囲でキャッチアップ接種や定期接種をしていない方がいれば、声をかけて接種に導いていただきたいと思っています。県民公開講座の詳細については後日、ポスター掲示に加え、当学会のウェブサイトや当教室ホームページでお知らせします。
学術講演会は「Next innovation toward paradigm shift」というテーマで7月18~20日、鹿児島市の城山ホテル鹿児島で開催します。がんの治療に関してはここ数年、ゲノム医療、分子標的薬、ロボット手術など、内科・外科を問わず5~10年単位で“常識”が変わる「パラダイムシフト」が起きています。私たちは3年おきに各種がん治療ガイドラインを改定しているのですが、それでは追いつけないほど変化のスピードが速まっています。そこで、「婦人科がん医療における次のパラダイムシフト(維新)の契機としたい」と決めたのが今回の学会テーマです。学術講演会のポスター中央には、薩摩藩が英国文化を学ぶために派遣した使節団のモニュメントを配置しました。進取の気質を持ち、明治維新の中心となった薩摩藩の流れをくむ鹿児島で、そのような学会をしたいとの思いを込めました。
学術講演会では、先ほど述べたゲノム医療、分子標的薬、ロボット手術という新たな分野のトピックスをシンポジウム、ワークショップに組み込んでいます。加えて、私は国内では「手術が大好きな先生」とみられていますので、標準治療が確立していない領域の手術について相互討論する「手術ディベート」を毎日1コマずつ設定し、会長の“独自性”を出しています。
私は高校まで宮崎県で過ごし、医学部に進むことを選びましたが、家族にも親族にも医師はおらずしがらみもなかったので、自分のやりたいこと、興味がある分野を選ぶことができました。やるならば「難しい病気相手が良い」とがん医療に興味を持ち、婦人科のがんは治療が効いて延命する方が多いことから、やりがいがあると婦人科がん治療の道に進みました。
若いうちはお産もたくさん手掛けました。当初からずっと心掛けてきたのは「患者ファースト」の信念でした。自分の都合でお産を昼間に誘導することは恥ずべきことと考え、自然にお産が始まったら駆けつけるというやりかたを貫いたため、家族には大変苦労を強いたと思います。
大学院を終えてカナダに留学し、帰国後は九州大学の産婦人科で診療をしながら、経験を積むと少しずつ婦人科手術の開発を試みてきました。そうしたなかで、他施設に先駆けて、子宮頸がん患者に子宮体部を残して妊孕性を温存する「広汎子宮頸部摘出術」や、術後の下肢リンパ浮腫の原因となる骨盤リンパ節郭清を省略できるようセンチネルリンパ節を術中生検する手術などに取り組みました。手術支援ロボットda Vinciに加え、国産ロボットhinotoriを2022年に導入し、世界初の婦人科術者と見学施設認定を受けましたが、前記の2術式も今ではロボットによる自由診療手術として患者さんに提供しています。
大学院から始めたがん治療薬の開発研究は今でも続け、新薬を実臨床に届けたいと願っていますが、自分が“next innovation”を目指して最も取り組んできたのは、婦人科の手術分野だったと思います。
患者ファーストの生活を送るのはつらいことも多いですが、一度でもその信念を変えたら自分の“医師としての誇り”はなくなると思い、がんの手術もお産も全て患者さんに喜んでもらうことを第一義にしてきました。青臭いかもしれませんが、高校生や予備校生向けに頼まれた講演ではいつも、「単に“成績が良いから医学部に行く”と言うのはやめてください。患者さんに感謝されることを喜びとする人だけ医師になっていただきたい」と述べています。今まで関わってきた後輩や教室員たちをみていて、安心して患者さんの前に送り出せるのは、患者ファーストで振舞える医師だとずっと変わらず思っています。
医師について
鹿児島大学医学部産科婦人科学教室 教授
小林 裕明 先生
1985年九州大学医学部卒業。カナダ・トロント大学がん研究部門留学。九州大学医学部産科婦人科准教授、鹿児島大学医学部産科婦人科学教室准教授などを経て2016年から現職。婦人科がん先端医療学講座併任教授。日本婦人科ロボット手術学会理事長。
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