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世界医師会での活動と現在の思い――横倉義武先生のあゆみ第3章

公開日

2021年01月08日

更新日

2021年01月08日

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2021年01月08日

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第19代日本医師会会長、第68代世界医師会会長を務め、現在は日本医師会の名誉会長となった横倉義武先生。本連載では、福岡県のヨコクラ病院を原点に、福岡県医師会、日本医師会、世界医師会へと活動の幅を広げたそのあゆみを伺ってきました。本記事では、世界医師会での活動や現在の思いを伺います。【第3章】

世界医師会での活動を振り返って

世界医師会は1947年に設立され、現在は世界115か国の医師会が加盟する非政府組織です。医術と教育を含む医学、および医の倫理における国際的水準を高め、世界の人々を対象にしたヘルスケアの実現に努めることを目的とした活動を行っています。日本医師会は1951年に加盟しました。

私は、2010年から世界医師会の理事を務めていました。2016年に行われた世界医師会の台北総会の選挙を経て次期会長に選出され、2017年、会長に就任しました。周囲に後押しされて私が選挙に出ることになったのです。台湾で爆発事故が起きた際に台湾医師会の方々と密に連絡を取っていたご縁もあり、若い人たちから応援していただいたことに感謝しています。日本人が世界医師会会長に就任するのは、武見太郎先生(第29代会長)、坪井栄孝先生(第52代会長)に続き3人目でした。

約1年間の会長時代に行ったことは主に、日本医師会と共同で行う「Health Professional Meeting (H20) 2019」の開催や、世界保健機関(WHO)との協定締結です。どちらもユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC:全ての人が適切な予防、治療、リハビリなどの保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態)を推進する取り組みの一環で、WHOとの協定においては、自然災害発生時の協力体制を強化しました。

世界医師会の活動では、16カ国に赴きました。特に印象深いのは、ボスニア・ヘルツェゴビナを訪問した際のことです。中部ヨーロッパの医師会総会があり呼ばれたのですが、ユーゴスラビア紛争の名残があり、街の中をバスで移動する際には緊迫した雰囲気でした。

ボスニア・ヘルツェゴビナの街並み 写真:PIXTA
ボスニア・ヘルツェゴビナの街並み 写真:PIXTA

 

また、トルコでの活動も鮮明に覚えています。当時、トルコの医師のなかには、反政府組織の人々を治療しないよう圧迫を受けている者がいたのです。それに対して世界医師会会長としての抗議文書を送るなどして、トルコの医師たちが医療者としての使命を全うできるよう努めました。

UHCはなぜ重要か――推進にかける思い

前出のUHCは、2015年の国連総会で発表された「持続可能な開発目標(SDGs)」におけるターゲットの1つです。全ての人々が基礎的な保健医療サービスを受けることができ、医療費の支払いによって貧困に陥ることを未然に防ぐことが重要という考えは、今や世界共通のものになっています。

私は、1961年に国民皆保険制度が成立する前の日本を生きていました。当時は医療を受けたくても受けられない人がいて、医療者も必要な医薬品を使えないという状況があったのです。そのため今の日本のように、「誰でも、どこでも、いつでも」保険医療を受けられることの尊さや素晴らしさを身に染みて知っています。日本としては今後、この国民皆保険制度を適切な形で維持していくことが重要でしょう。また、世界の中にはまだ保険制度や医療提供体制が整備されていない国があるので、日本の制度などを参考にしていただくことも可能と考えています。

医療と政治との関係性について

医療と政治は、「国民の健康を守る」という目標に向かって二人三脚で歩んでいます。医療の分野には、医療法、医師法、健康保険法など非常に多くの法律が関わります。その法律を決めるのが政治、というわけです。ですから、医療現場の“生の声”を行政側に届けることが重要となります。そうでなければ、現場の感覚とかけ離れた法律ができてしまう恐れがあるのです。

私が日本医師会会長の時代には、医療現場の声を届ける代弁者として日本医師会の役員を国会議員に据えるようはたらきかけました。日本医師会は何よりもまず倫理観と目的を持った活動を行い、医療界を代表する組織として国民と医療者に信頼されることを心がけ、そのうえで行政側とも連携をとり、より適切な法律づくりが行われるよう努めました。現在、COVID-19の影響でさまざまな混乱が生じていますが、このような状況においては政権をただ批判するのではなく連携をとり、よりよい医療提供体制を実現するべく尽力することが大切だと考えています。

地域医療への思い

1990年に福岡県医師会の役員になってから30年がたち、ようやくみやま市に帰ってきました。初めは「2期4年で退任しよう」と思っていたのに、さまざまな偶然が重なり、今の自分があります。これもきっと何か運命の巡り合わせだったのでしょう。帰ってきたときには地元の方々に大いに歓迎していただきました。ありがたいことです。また、ヨコクラ病院の皆さんにはいろいろと支えていただき、とても感謝しています。

無医村同然だったこの地域に父が診療所を構えた頃から、「地域医療への思い」は脈々と受け継がれてきました。地域に必要とされる医療をいかに提供するか、それを考え実行することが私たちの役割だと思います。そして、「地域のニーズを把握したうえで医療(介護)を提供する」という視点は、今後の日本において間違いなく重要なものです。

写真:PIXTA
写真:PIXTA

 

地域の医療と日本の医療それぞれの視点で活動してきて思うのは、どちらも人と人の生業であり、根本は変わらないということです。地域の集合体が市町村や都道府県になり、国となる。原点は各々の地域にあるのです。もちろん地域によって医療者や医療資源の充足度、高齢化率を含めた人口構造と将来推計といった医療を取り巻く環境は大きく異なります。ですからその違いを把握し、個々に応じた施策を実行することは必要です。実際に、都市部と地方では課題が異なりますよね。国を単位とするときには地域の視点を忘れないこと、地域においては国の動きを念頭に置くこと、そのバランスが必要になるかもしれません。

これからは少しずつ自分のために

今後さらに注力したいことは、かかりつけ医の育成や質の向上です。それにより高まる総合診療のニーズに応え、さらに、ICT化で地域の医療者たちが相互サポートできる環境ができるとよいと考えています。

振り返ると、これまでは自分のためよりも周囲からの期待に応えることを優先してきたのかもしれません。今後は少しずつ、自分なりの楽しみや趣味のようなものを見つけていきたいと思います。これまでと変わらず人との信頼関係を大切に、これからも一歩一歩進んで行きます。