日本癌学会(佐谷秀行理事長)は、2022年秋に横浜市で開かれた第81回学術総会に合わせてクラウドファンディング(クラファン)で募った資金を基にした若手がん研究者表彰の対象者を選考し、結果をウェブサイトで公開している。学術会長を務めた村上善則・東京大学医科学研究所 人癌病因遺伝子分野教授に、表彰や3年ぶりの現地開催となった今総会の意義などについて聞いた。
日本癌学会は従来から若手研究者の育成に力を入れてきた。2021年の第80回学術総会では、初めてクラファンによる資金で若手研究者を表彰。その背景には、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)の拡大により、がん研究者を取り巻く環境の大きな変化があった。特に若手の負担は大きく、さまざまな制約によって思うように研究が進められなかったり、金銭的理由でアカデミアでの研究を断念したりする事例が報告されているという。
将来にわたって若手研究者を支援し、がん治療の種を育ててゆくためにも、その成果を認知し、意欲を高める表彰の取り組みを継続することが重要として、今総会でも実施した。
通常、学会の学術総会での口頭発表はトップランナーによる最新研究が演題として選ばれ、若手は研究成果をまとめた大判のポスターの前でプレゼンテーションをする「ポスター発表」が主な舞台となることが多い。若手にとっては貴重な成果発表の場だが、口頭発表ほどの脚光を浴びることは少ない。表彰は、そうした発表も評価し、研究への意欲を高めてもらうことも目的の1つだ。
「がん治療の種を育てよう」をテーマに行われたクラファンには目標を大きく上回る支援が集まり、ポスター発表と一般演題から65演題が選ばれ、賞状、トロフィーと奨励金が贈られた。アジアを中心に海外の研究者のポスター発表もあり、審査対象とされた。
村上会長は「がん研究はジャンルの幅が広く、幅広い領域でまんべんなく若手が育つことが望ましい。表彰にあたってもジャンルに偏りが生じないよう、各分野に分けて評価委員を割り当てた。その結果、最先端のゲノム医療や免疫療法はもちろん、これから発展して成果に結びつくことが期待される基礎的な研究やデータサイエンスのような異分野、新しい分野からも受賞者が出たのはうれしいことだった。この3年間、新型コロナの影響で対面の接触が減っていたこともあり、若手に頑張ってほしいという思いを、言葉と態度で伝える必要があった。学会を挙げて若手を評価・鼓舞していることを理解してもらいたいという目的はある程度達成できたと考える」と、講評した。
「表彰されたことでがん研究者の1人であることをあらためて自覚し、研究への意欲がさらに高まった」「基礎研究を取り巻く環境は厳しいが、多くの方々にご支援いただいていることを実感した」「研究が患者さんのもとへ届くにはまだ時間がかかるが、闘病の希望となるよう精進したい」「研究は一朝一夕にはいかないからこそ、数年の日々が報われたことを大変うれしく思う」――など、受賞者からは喜びとともにクラファン協力者への感謝の声が寄せられた。
学術総会では、ほかにも若手・女性研究者を支援する試みがあった。
村上会長は今回の総会の目標として(1)若手・女性の支援(2)異分野連携(3)ウイズコロナの状況での国際交流推進――の3つを挙げた。
(1)若手支援では、今回新たに「カッティングエッジ・セミナー」と名付けたシンポジウムを設定した。過去1年間にトップジャーナルに投稿した論文の第1(研究・論文執筆にもっとも多く貢献した)著者が第1(メイン)会場で講演するという企画だ。
「第1会場のシンポジウムで発表する機会は、なかなか若手に回ってくるものではない。それができたことは非常に励みになったという言葉をもらった」と村上会長は振り返る。また、今回9回目となった女性シンポジウムも盛会だったという。
(2)異分野連携では、ノーベル化学賞を2002年に受賞した島津製作所エグゼクティブ・リサーチフェローの田中耕一さんを招いての特別企画を開催した。医療とは異分野の田中さんは、自身の専門である質量分析の技術革新がいかに医療、イノベーションにつながったかなどについて講演。会場は立ち見が出るほどの盛況だったという。
(3)国際交流では、総会の2か月前に新型コロナ第7波がピークに達したこともあり、海外の研究者は一律オンライン参加とした。対面での交流はかなわなかった一方で、海外から日本に渡航する時間的な負担がなかったため、大物の研究者の参加も得られた。
「新型コロナ第7波がいったん収束する時期にあたり、非常に落ち着いた雰囲気で3年ぶりに本格的な現地開催ができた。3800人ほどの参加があり、一部会場では立ち見が出るなど久しぶりに熱気あふれる総会となった。カッティングエッジ・セミナーを開催するためにコアシンポジウムを1つ減らさざるを得なかったが、それによって若手を鼓舞することができ、非常にインパクトがあったと感じている。海外の研究者との交流では、過去3年間で皆がオンライン会議の形式に慣れ、今後も発展すると感じた。対面の機会は多いほうがよいが、新型コロナの流行が終わっても現地とオンラインのハイブリッドがなくなることはないと、多くの人が感じたと思う」と、村上会長は総会を総括した。
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