COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の世界的流行が始まって以来、日本呼吸器学会の会員はその対応に重要な役割を果たしたと同時に、診療、研究、教育面で多大な影響を受けた。学術集会などの情報交換の機会が損なわれ、海外の学会との交流も大きく制限された。そうした苦境を脱した2024年4月、髙橋和久先生(順天堂大学大学院医学研究科呼吸器内科学講座教授)が理事長に就任した。髙橋理事長に、2年間の任期中におけるミッションや学会のあるべき姿、一般への啓発活動の重要性などについてお聞きした。
私は理事長就任前に4年間、副理事長として、さらにはそれ以前から理事として学会の活動に関与してきました。長谷川好規先生(名古屋大学医学系研究科呼吸器内科学名誉教授)が理事長の時代(2018~2020年)に本学会のミッション、ビジョンと7つの目標が設定されました。その中でも2年間の任期中にさらに活性化させ、実現を目指すミッション(6項目)を挙げます。
日本呼吸器学会の会員は約1万3500人です(2024年11月現在)。治療対象となる病気の患者さんの数で比較すると、日本循環器学会や日本消化器病学会などと同程度なのですが、会員数は日本循環器学会が日本呼吸器学会の約2倍、日本消化器病学会は領域が広いこともあって約3倍となっています。あと1年半ほどの間に1万5000人程度まで増やせるよう、若手の会員を増やすとともに医師以外にも会員の門戸を広げるべく検討を始めたところです。
呼吸器管理には看護師や理学療法士など多職種連携が非常に重要です。これらの職種の方に「準会員」として入会していただき、学術講演会や地方会などでもメディカルスタッフ向けのプログラムを作っていきたいと考えています。
呼吸器学の魅力は、多様な病気を対象としていることで、“欲張り”な人に向いています。COPD(慢性閉塞性肺疾患)のような閉塞性の肺疾患、腫瘍疾患、COVID-19のような感染症、さらに睡眠時無呼吸症候群、肺高血圧症のような循環器疾患、喘息など多くの領域を担当しています。また、患者さんには終末期*の方も多く、終末期医療を勉強することができます。大学を離れた際に在宅医療などに携わるのは呼吸器内科の先生が多いといわれています。
このように多種多様な選択肢がある呼吸器内科の魅力を、もっと若手にも伝えることで会員増につなげてゆきたいと思っています。
*2015年3月に厚生労働省検討会で「人生の最終段階における医療(終末期医療)」に名称変更
「健康日本21(第三次)」で、COPDは、がん、循環器疾患、糖尿病と並んで対策を必要とする主要な生活習慣病と位置づけられ、当学会は2032年までにCOPD死亡率を減少させる「木洩れ陽2032」プロジェクトを開始しました。ところが、当学会にはCOPDについての「レジストリ(特定の病気や治療などの医療情報収集を目的として構築したデータベース)」がないという問題がありました。
データベース構築のためのワーキンググループを立ち上げ、代表的な呼吸器疾患である肺がんのレジストリの構築を始めたところです。
ただ、レジストリの構築には莫大な費用がかかり、学会だけで賄うのは非常に難しいため、公的な研究費の獲得などいくつかの方法を考えています。
コロナ禍のため、厚労省や文科省などとの間で、医療政策に関するディスカッションの機会が少なかったと考えています。そのために、学会として医系技官(医師免許、歯科医師免許を持つ技術系行政官)を派遣すべく、公募を開始したところです。このような取り組みを通じて、将来的に呼吸器疾患の治療と予防に関する法的整備にもつながると期待しています。
また、来春に開催する学術講演会では、厚労省、文科省の方にご参加いただく合同シンポジウムを予定しています。
さらに、診療報酬に関しても、要望を提言していきます。
日本呼吸器学会はCOVID-19の影響を受け、2020年から対面のみの学術講演会ができなくなり、オンラインもしくはハイブリッドで開催してきました。しかし、海外の研究者を招聘(しょうへい)できない、こちらからも行けないということで、海外の重要な学会との交流・連携が停滞しました。もう一度、連携を強化し人事交流も再開していきます。手始めに米国、ヨーロッパとの交流を活性化するとともに、アジア太平洋諸国とのコラボレーションを含めて国際化を再興し、さらに推進していきたいと考えています。
呼吸器疾患は環境を映す鏡といわれています。地球環境を配慮した活動を行うとともに、女性役員を増加させるようにします。残念ながら、理事、代議員、委員会の委員長における女性の割合が低いのが現状です。代議員は立候補制なのですが、負担が重いということで女性は手を挙げにくいということもあると思います。まずは役職者に占める女性の割合を2割にするとともに、学術講演会の座長などでも女性を増やしていきたいと思っています。会員のうち女性は約2割なので、役職者の割合も同程度を目標に置いています。
これまで挙げた各項目を実現するためには、事務局を強化していく必要があります。私の理事長就任と事務局長交代のタイミングが重なったことから、事務局を刷新し、新体制が始動したところです。
日本呼吸器学会に限らず、これまでの学会はややクローズドな傾向があり、市民に対する働きかけ、広報が足りていなかったと思っています。
PPI(Patient and Public Involvement=医療研究開発における患者・市民参画)という概念があります。たとえば、新薬などの臨床試験は医師主導で実施するのが一般的です。それとは異なり患者さんが何を望むかを聞き、提案された方向で臨床試験のデザインを構築するのがPPIです。PPIに代表されるように、学会は一方的に情報を発信するだけでなく、呼吸器疾患患者さんやご家族、さらには市民の声を聞く機会を増やすべきです。
一部の呼吸器疾患では患者会との連携もありますが、アクティブとは言い難い状況です。学会としてリーダーシップをとり、患者さんへの働きかけをしっかりと行いたいと考えています。
市民向けの企画を増やすことも大切です。すでに学術講演会や各地方会で開催した市民公開講座などの動画をYouTubeの日本呼吸器学会チャンネルで配信しています。これをさらに活性化させ、配信数を増やしていきたいと考えています。
2024年から、厚労省が定める結核予防週間(毎年9月24~30日)は、呼吸器感染症予防週間を兼ねることになりました。今年は日本呼吸器学会と日本感染症学会、日本化学療法学会が共催してウェブセミナーを開催しました(上記YouTubeチャンネルにアーカイブあり)。3学会で協力して、呼吸器感染症に関する啓発活動をしていきます。
また、この3学会は9月に共同で厚生労働大臣に「新型コロナウイルス感染症への対応および呼吸器感染症予防に関する要望書」を提出し▽新型コロナ治療薬への公的支援の再考▽新型コロナウイルスワクチンの費用負担軽減を含む接種推進▽高齢者肺炎球菌ワクチンの対象拡大――などを要望いたしました。
こうした活動を通して、呼吸器感染症は予防ができることを知っていただけるよう取り組んでまいります。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。