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「研究会」から「学会」へ―辻哲也理事長に聞くがんリハビリテーションの意味と学会の目標

公開日

2025年07月09日

更新日

2025年07月09日

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2025年07月09日

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2013年9月1日に設立され、がんリハビリテーションに携わるさまざまな医療職の人たちが集う場として10年以上活動してきた「がんリハビリテーション研究会」は、活動のさらなる発展を目指し、2025年4月から名称を「がんリハビリテーション学会(JASCAR:Japanese Society of Cancer Rehabilitation)」に改め、新たなスタートを切った。がん患者にとってリハビリはどのような意味を持つのか、さらには学会として到達を目指す目標などについて、辻哲也理事長(慶應義塾大学医学部 リハビリテーション医学教室 教授)に聞いた。

リハビリが「生活の一部」になる患者さんも

これまでの臨床で印象に残っているのは、20歳代で乳がんが脳転移した理系大学院生の患者さんです。手の麻痺(まひ)やリンパ浮腫があり、構音障害で発声が難しい状態になりながらも、学会で発表したり、有名な論文に共著者として名前を連ねたりするなど、仲間の研究者と共に最期まで研究に取り組まれていました。大学・学部側のサポートもあってのことですが、がんリハビリの診療の場面でしっかりアドバイスや指導をするなど関われてよかったと思っています。

たとえ余命が限られていても、生きる希望を見出して熱心にリハビリに通ってこられるがん患者さんもいます。生きている中で大切なことは何か、優先順位を決めるのは患者さん自身です。リハビリをすることが「生活の一部」であり、それ自体に意味があり、生きる糧になっているのだと思います。ですから、私自身は患者さんがどのような思いで診察に来ているのかを常に意識し、満足して帰っていただけるよう、しっかりサポートすることを心がけています。

各治療段階でがんリハビリが果たす役割

がんの患者さんにとってリハビリがどのような意味を持つのか、まだ理解が進んでいない面もあるかと思います。

がん患者さんは、診断されてから三大(手術、薬物、放射線)治療の時期、さらにその後はサバイバーとしてさまざまな「キャンサージャーニー(Cancer Journey:がん罹患後に患者さんが経験する、治療から生活、死を意識するまでのさまざまな過程)」を歩みます。最近は、それぞれの時期でリハビリや運動、食事習慣を含めたサポーティブケアを行うことが、QOLだけにとどまらず生存期間や生命予後にもよい影響を与えることが明らかになってきました。

まず、治療が始まる前に行う「プレリハビリテーション」によって体のコンディションを高めておくことで、治療後の回復がよりよくなったり、合併症が軽減できたりするというエビデンスが数多くあります。

手術後にはさまざまな後遺症が現れる可能性があり、がん種によって異なるさまざまな問題に対してリハビリが必要になります。化学療法や放射線治療の最中や治療後に動かず安静にしていると、活動性や筋力が低下し、どんどん体が弱ってしまい、その後の生存期間にも影響することが分かっています。

人口の高齢化とともに高齢のがん患者さんが増えており、治療の継続には活動量や体力の維持・改善が不可欠です。手術の前後に化学療法を行うケースが増えていますので、しっかりと治療を続けるためにも、リハビリがますます重要になってきています。

治療を終えたサバイバーにとっても、バランスのよい食事と運動習慣が再発予防に重要だとの報告もあります。

さらに、三大治療に加えて、運動が「第四の治療」とも呼ばれるようになっており、がんの予防や進行の抑制に関与する可能性があることが、近年の研究で分かってきました。たとえば、運動によって筋肉から分泌される「マイオカイン」という物質には、がん細胞の増殖を抑える可能性があることが基礎研究で報告されています。さらに、運動が免疫細胞の機能に良い影響を与えたり、腫瘍微小環境の悪化を抑制したりする可能性があります。ただし、こうした効果の仕組みについては、まだ完全には解明されていません。

学会としての目標

学会の前身であるがんリハビリテーション研究会は会費を徴収していませんでしたが、学会として新たに会費制を導入することで、研究支援や学会誌の発行など、活動の幅を広げていきたいと考えています。

研究会には、理学療法士572人、作業療法士192人、医師・歯科医師142人、言語聴覚士57人、看護師・保健師40人、義肢装具士3人、管理栄養士1人、その他21人の計1028人が参加していました(2024年2月時点)。現在は、学会化にともない入会を働きかけているところです。

「がんのリハビリ」と一口にいっても、職種ごとに専門性は違います。たとえば食道がんの患者さんに対して▽言語聴覚士は嚥下(えんげ)や発声▽理学療法士は基本的な動作や歩行練習▽作業療法士は腕・手指の動きや日常生活全般の練習▽看護師は生活全般のサポート▽リハビリ科の医師はリハビリ全体の計画や各医療者のコーディネートを担います。それぞれの役割を理解し連携していくために、本学会が多職種チーム医療や基礎・臨床研究のプラットフォームになることを期待しています。

現在はまず組織づくりを進めているところです。将来的には、日本学術会議協力学術研究団体となり、日本医学会への加盟を目指します。さらには、法人化して内保連(内科系学会社会保険連合)への加盟も視野に入れています。内保連に加盟すれば、診療報酬の議論の場で、がんリハビリに関する課題をアピールすることが可能になります。

活動計画としては、以下のような取り組みを進めていきます。

  • 年1回の学術集会の開催を継続
  • オンラインでの学会誌発行
  • 国際交流:韓国がんリハビリ医学会(Korean Academy of Cancer Rehabilitation)との合同シンポジウムの開催を継続
  • 「がんのリハビリテーション 診療ベストプラクティス」刊行を継続(がんのリハビリテーション診療ガイドライン準拠)
  • がんの種類・治療目的・病期別に部会を設置、研究支援や多施設共同研究の推進

組織化で継続的運営を可能に

10年以上前から研究会を続けてきましたが、会費なし・年1回の学術集会だけでは継続的な運営は難しいと判断しました。そこで、持続可能な形で次世代に引き継げるよう、しっかりとした組織づくりが必要だと考え、学会化を進めました。

今後の展望としては、学会が持続的に発展し、将来的な目標を実現できるように努めていきたいと考えています。


 

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