「このままではある日突然、病院がなくなります」――。全日本病院協会(以下、全日病)などの病院団体は、2025年1月と3月の2回にわたり、記者会見を開いて全国で病院の経営が急激に悪化している現状を訴えた。病院の収入の大部分を占める診療報酬が2024年に改定されたが、経営が改善するどころか赤字はかえって増加。半数の病院が「破綻懸念先」に該当するとのデータもある。病院経営の実情や経営悪化の原因などについて、全日病の猪口雄二会長に聞いた。
病院の経営が悪化しているのは、診療報酬見直しのフレーム(枠組み)が現状に合わなくなっていることが原因です。デフレが長く続いている間は、診療報酬を少し上げる一方で、それを上回るだけ薬価を下げるという形で実質マイナス改定だったのですが、高齢者の増加や新規技術登場のために医療費全体は増え続けてきました。
インフレ基調になって原材料費が高騰し人件費が上昇しているにもかかわらず、診療報酬改定のフレームはデフレ時代のままです。物価が上がり始めてからの数年、病院は診療報酬ではやっていけなくなったというのが、今回の会見を開くに至った背景です。
人口減少社会になり、平均病床使用率が減っているのは事実で、財務省などはそれを経営悪化の原因に結び付けたいようです。しかし、経営悪化は構造的な問題が原因だと証明するために調査結果をまとめました。
2回の会見資料は、各病院団体の支部が地元の国会議員らに説明することで窮状についてある程度理解を得られつつありますが、国民全体にはまだ伝わっているという実感はありません。
全日病のほか日本病院会(以下、日病)、日本医療法人協会(以下、医法協)、日本精神科病院協会(以下、日精協)、日本慢性期医療協会(以下、日慢協)の5病院団体は2025年1月、「多くの病院が今、深刻な経営危機に陥っている」として厚生労働省(以下、厚労省)に緊急要望を行うとともに、記者会見を開いて病院の“惨状”を訴えました。
日本では物価が高騰し賃金が急激に上昇しています。その局面で行われた2024年4月の診療報酬改定では、本体の改定率が0.88%と非常に低く設定され、3%弱の物価上昇率、職員の処遇改善の必要性にまったく追いつけないものでした。診療報酬は「公定価格」で、医療機関が独自に物価上昇分を価格転嫁することはできません。
私たちが要望したのは以下の3点です。
我々が一番訴えたいのは3番目です。過去のデフレ時代から続く財政制約が2024年度の診療報酬改定でも踏襲されました。これは、年金、医療、介護、福祉などにかかる社会保障関連費の伸びを、高齢化に伴う自然増以下にするというものです。たとえば、高齢者の数が増えたことによってそのままなら社会保障関連費が7000億円増えるとすると、「歳出改革努力」によって5000億円増に抑えるということになっていて、それが診療報酬増額の財源になります。しかし、人件費も物価も高騰するなかでこれではまったく足りないため、枠組みを見直すことを要望しています。
実際に病院の経営がどうなっているかのデータも示しています。
独立行政法人福祉医療機構(WAM)の調査によると、ここ数年で病院の経営は急激に悪化していて、2023年度の医療利益率は、急性期(一般病院)が過去最大のマイナス2.3%、精神科(精神科病院)がマイナス0.9%、慢性期(療養型病院)が0.9%となっています。
次に日病、全日病、医法協が合同で実施した「2024年度病院経営定期調査*」のデータです。
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の拡大中にあった補助金などの影響を除くため、2018年と2023年で医業収入と医業費用の変化を比較すると、収入の伸びは9.9%に対し、費用は13.6%も増えています。医業費用のうち約5割を占める給与費は8.2%増に対しその他経費は18.9%増えていて、職員の人件費を上げたくてもなかなか上げられないのが現状です。
さらに、大きく増えているその他経費の内訳をみると、診療材料費が14.4%増となっています。一部は保険償還されるのですが、ほとんどは手術などの治療と一括になっていて直接経営を圧迫しています。また、水道光熱費が13.6%、清掃や給食などの委託費が22.2%それぞれ増えていて、これらも経営の圧迫要因になっています。
2024年の診療報酬改定前後で病院の経営が改善されたかも調べました。改定前の2023年6月と、改定後の2024年6月を比較すると、医業利益率はマイナス7.5%からマイナス9.8%に、経常利益率はマイナス2.3%からマイナス5.5%へといずれも悪化し、危機的な状況になっているのです。
*調査期間は2024年7~9月。3団体に加盟する全4443病院に調査票を配布し、1356病院が回答(有効回答1242病院)。
先の5団体に全国自治体病院協議会(以下、全自病協)を加えた6団体の意見を日本医師会が取りまとめ、2025年3月に二度目の記者会見を開いて次回2026年度診療報酬改定に向けて以下2点を求める合同声明を発表しました。
先の要望と同じ内容ですが、「地域医療は崩壊寸前です」といったように国民目線で▽診療報酬は公定価格で、賃金や物価上昇に対応できない仕組みであること▽医療・介護に従事する数多くのスタッフの賃金を、他産業並みに上げることが難しくなっていること▽物価・賃金の上昇に適切に対応した診療報酬の仕組みが必要であること――などを説明したうえで、「このままではある日突然病院がなくなります」と危機感を共有してもらえるよう訴えています。
会見に先立ち、2024年度診療報酬改定後の病院の経営状況について緊急調査を実施しました。調査対象を、先に説明した調査の3団体に、日精協、日慢協、全自病協を加えた計6団体に加盟する5901施設に拡大し、1816施設が回答(有効回答1731施設)しました。この調査のキモは、民間病院だけでなく公的病院のデータも含んでいるということです。
結果を細かく見ていきます。
病床使用率は新型コロナの時期に大きく減少し、いまだにコロナ前まで戻っていません。財務省は、病床利用率が減っているから病院の経営が悪化していると考えています。しかし、2023年度と2024年度の病床利用率を比較すると、2023年6~11月の平均79.6%に対し、2024年度同期は80.6%と1ポイント改善しています。では経営はどうなっているかというと、医業利益率は2023年度のマイナス5.2%から2024年度はマイナス6.0%に、経常利益率はマイナス1.0%からマイナス3.3%へといずれも悪化しています。
同時期の経費は、給与費が2.7%増、その他の経費が2.4%増となっており、医薬品費以外の全ての経費の増加率が診療報酬改定後の医業収益の増加率1.9%を上回っていました。
赤字施設の割合は、医業利益で2023年度の64.8%から2024年度は69%に、経常利益では50.8%から61.2%にそれぞれ増加しています。
前述のWAMは、医療関係施設を整備する際に必要となる建築資金などについて、政策融資として「長期・固定・低利」で融資する「福祉医療貸付制度」を実施しています。WAMによると、この借入金の債務償還年数(返済するまでに必要な年数)が30年超とマイナス*の施設を合わせると50%を占めています。これらは、一般的に「破綻懸念先」に分類されます。つまり、半分は「いつつぶれてもおかしくない経営状況」ということです。
*債務償還年数がマイナス:債務償還原資(経常利益-収益関係税金+減価償却)が赤字の場合
診療報酬は今まで抑えに抑えられてきました。インフレのなかで診療報酬を引き上げれば保険料の上昇につながりますが、保険料を上げなければ運営する保険組合なども立ち行かなくなる恐れがあります。病院を維持していくためには、この先人口減少に合わせて病床を減らさざるを得ません。そうだとしても、我々はできるだけ不便が生じないよう注意しながら進めます。
ですが、地域の病院を守り安心して医療を受けられる体制を維持するためには、そうした事態が生じ得ることも国民の皆さんにご理解いただきたいと思います。
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