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成功事例から学ぶ医療DXの本質

公開日

2021年05月27日

更新日

2021年05月27日

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2021年05月27日

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DX=デジタルトランスフォーメーションという言葉を頻繁に目にするようになりました。「データとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」などと定義され、さまざまな分野で「DXの必要性」が言われています。医療も例外ではありませんが、どのように変革すれば医療機関、患者、地域に役立つシステムができるのか、イメージは確立していないようです。約20年にわたり医療のIT化と、地域医療の連携に生かす取り組みを進めてきた全日本病院協会常任理事、高橋病院(北海道函館市)理事長の高橋肇先生に、これまでの歩みとあるべき医療のDXについて伺いました。

医療DXの前提となる3要素構築

医療のDXを進める中で、前提として3つの要素の構築が必要です。1つは紙の電子化。2つ目がインターネットをからめてセキュリティーを担保したうえでのインフラ構築。3つ目が、電子カルテ、タブレットなどの携帯端末、ウエアラブルデバイス、テレワーク会議システムといった情報共有のためのツールです。

その3つの構築を前提に、これまでの業務プロセスや運用、質と安全、スタッフや患者を含めた顧客満足へのプロセスを変革し、効率化や生産性向上を図る。それを組織全体に行き渡らせ、結果的に地域全体に貢献できるところまでいって初めて、医療のDXが成功といえるのではないかと思っています。

「ID-Link」導入で情報共有化拡大

当院がIT化に取り組んだのは、2001年に受けた日本病院機能評価機構の認定調査がきっかけでした。結果として合格はしたのですが、当時は紙のカルテを使っていて、1人の患者さんについて部門ごとにカルテがバラバラにあることを修正するよう指摘されたのです。どうすべきか1年間検討し、電子カルテが必要だという結論に至りました。医師、看護師、病棟スタッフだけでなく、どこでもカルテを確認できるよう情報共有を目指して電子化をスタートしました。2000年に介護保険制度が始まったことで、介護の現場でも情報が必要になり、さらには、中心にいる患者さんの情報をどう扱うかという問題に関わる中で、地域医療連携ネットワークやパーソナル・ヘルスレコード(PHR=個人の生涯にわたる医療・健康状況の記録)などにもデジタル化の範囲を広げてきました。

3次救急を担当している市立函館病院と連携して、地域医療連携ネットワーク「ID-Link」というシステムを1年間かけて試験運用し、2009年から全国に向けて本格導入しました。地域医療連携ネットワークのシステムとして、現在全国の42都道府県、約1万施設で使われているシステムです。

このシステムは、患者さん1人ひとりについてオーダリング情報(検査値や画像、処方などについての医師の指示)や医師が書く診療記録、バイタル情報などが、地域を越えて把握可能になるものです。

既存のネットワークに見られるように、全ての情報を1カ所に集めて保存・管理しようとすると、サーバーの容量はいくらあっても足りません。その費用は医療費からは出てこないのです。このシステムではサーバーには患者さんのIDだけが保存され、それに基づいて各医療機関に保存されているデータが相互閲覧できるようになっています。

写真:PIXTA

函館市内の約9割の医療機関が加入しているので、ほかの病院のカルテもリアルタイムで見ることができ、自分の患者さんの状態を知ることができます。

介護施設などでは、体調を崩して入院した入所者の状態を把握し、「熱が下がったからそろそろ戻ってきそう」と準備しておくといったこともできます。特に小規模な介護施設にとっては、入所者がいつ戻ってくるかはとても大切な情報です。ID-Linkで、そうした情報の共有化が一気に広まりました。

在宅サービスでも役立つ情報

医療・介護施設は、診療記録を含めて電子カルテ情報がリアルタイムでほぼ全て入手可能です。医療の情報なので、内容は難しいのですが、介護職員の方もインターネットでその意味を調べれば分かると思います。在宅サービスのケアマネジャーなど、いろいろな職種の人にとっても有用です。

たとえば、高齢の方が体調を崩して医療機関にかかったとき、ケアマネジャーは診察に付き添うことはなかなかしづらいものです。では家族に聞けば分かるかというと、家族も詳しく説明できないことが多いのです。しかし診療記録を見ると、何となく雰囲気が分かります。新しい薬が出されていれば、薬の効能書きも見られるのでどんな病気でどんな治療を受けているかということも推測できます。

普段かかりつけ医にかかっている患者さんにとってのメリットは、たとえば以前急性期病院で治療を受け、年に1回検査を受けているけれどその中身をかかりつけ医にうまく説明できないというような場合です。その患者さんのデータをかかりつけ医がID-Linkで見て、「こんな検査をしている」「放射線科医はこんなふうに診断している」といったことを確認し、患者さんにも説明ができることです。

ITを“信じすぎる”デメリットも

次に話すことは、ID-Linkのメリットでもデメリットでもあります。

問診歴などをいろいろな形で共有が可能です。A病院で過去の病歴や飲酒・喫煙の有無や量などを聞かれ、B病院でも同じことを聞かれるといったことは少なくなります。

高齢になると2カ所で違うことを言ってしまうということも少なくありません。なぜかというと、耳が遠くなることに加えて認知機能も衰えてきますし、難聴の人は首を縦に振ることがよくあります。本当は違うにもかかわらず、肯定したと記録され、その情報がコピー&ペーストなどでどんどん流れていってしまうということもあるのです。本人はそのつもりがなくとも、事実とは異なることが記載されるケースもあるでしょう。我々は性善説に基づいて患者さんと向き合っていますが、人生100年の時代に高齢者からの情報をどこまで活用するかは難しい問題です。ITは便利なようで、信じると想定外のことが起こることもあります。事故を防ぐためにはAIによる監査機能をつけることなども必要でしょう。

残る課題も

医療機関がIT化を進めるにあたってのハードルは、“それなり”にお金がかかる、ということです。初期投資には補助金や基金を使えることもあります。5、6年に1度はハードウエアを更新する必要がありますが、そのときに同じ補助金や基金が使えることはほとんどありません。

個人の医療・健康データを扱うPHRは、通信料と端末などにかかるお金をだれが負担するかの問題もあります。

それから、データが「つながる(共有できる)か」は非常に重要です。つながらないのはコードなどの標準化がなされていないことも大きな要因です。検査値、画像、薬剤などについて医療機関やシステムベンダーが独自でコードを使っていることが問題ですが、解決のために標準化への動きが進んでいるので、いずれ解決するだろうとは思っています。

IDの統一化も進めなければいけません。全国で統一されていれば、患者さんがどこに転居しても過去のデータを参照することが可能になります。ただ、ID-Linkの大きな問題は患者さんを全て網羅していないことです。全ての医療機関・介護施設が参加していればよいのですが、さまざまなネットワークシステムがある中で難しい問題といえます。

高齢者が生きがいもてるDXを

医療情報のIT化を進めていくうえで患者さんにとって必要なのは、医療保険と介護保険で分断せず、1人の人が生まれてから学童、学生を経て成人になり、高齢になるまでの一生涯を追跡できるデータです。我々が「生涯カルテの構築」と呼んでいるものができると、患者さんにとって非常に役立つものになるだろうと思います。

過去だけでなく、先の要望についても記録として一緒に取っておくことも大切だと考えます。アドバンスト・ケア・プランニング(ACP)といって、意思決定能力が低下したり喪失したりする場合に備えて、あらかじめ自分が受けたい人生の最終段階(終末期)*を含めた医療や介護のあり方を家族と話し合っておくこと。そしてその結果を共有可能なデータに残し、さらにリアルタイムでいつでも更新できるようにしておけば、コロナ禍もそうでしたが、いざというときに備えて本人が望んでいた医療・介護を提供することができます。

 

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