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介護の人材不足に技能実習生の力を―全日病国際交流委員会が受け入れ事業

公開日

2023年02月17日

更新日

2023年02月17日

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2023年02月17日

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団塊の世代が75歳を迎える「2025年問題」。後期高齢者が2000万人に達し、介護人材が30万人も不足すると推定されている。国内だけではいかんともしがたいのであれば、国外に頼るしかない。そこで、注目されるのが「新技能実習法(外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律)」による外国人材の受け入れだ。全日本病院協会(全日病)の国際交流委員会は、自ら人材確保をすべく、新法施行に合わせて受け入れ事業を開始した。担当役員の山本登先生(横浜メディカルグループ/菊名記念病院理事長)に、事業化の経緯や展望について聞いた。

写真:PIXTA

新型コロナで受け入れ人数は想定の5分の1に

私が担当する以前の国際交流委員会は、福利厚生目的のハワイ研修の実施が唯一の事業でした。2013年に委員会担当になり、当初の1~2年はそれを踏襲していたのですが、何か新しいことを始めようと、メンバーで新規事業を模索する中で当時話題になっていた2025年問題に取り組んでいくことになりました。そのような議論をしていた時にちょうど新法の議論も進んでおり、施行(2017年)に合わせて技能実習という枠組みで会員向けに外国人の介護労働者を紹介したいという思いでスタートしました。

「介護」人材の受け入れが新たに追加された新法の試行に向けて、国際交流委員会はベトナムの大使館との交渉、DOLAB(ベトナム労働・傷病兵・社会問題省海外労働管理局)や先方の送り出し機関との面会など各所を現地視察し、教育現場や送り出し機関が我々の考えているスキームに合うかといったことを手弁当で確認して回ったのが最初の段階です。結果的に、そういった準備に1~2年かかりました。

希望する施設に我々が実習生を配置するためには、「監理団体」になる必要があります。その資格を得る要件の1つに「現地の送り出し機関と提携していること」という項目があり、最終的に我々はHoangLongという最大手の会社と提携、2018年2月に全日病は監理団体になりました。

HoangLongの会長さんとも親しくなり「優秀な人を送り出してほしい」とお願いしています。優秀な人、というのはすなわち日本語能力が高く、現地で3年制の医療短大看護学部もしくは4年制の看護大学を卒業した看護師教育を修了している人です。そのように厳しい条件を付けたので、初めは来日した数がそれほど多くありませんでした。

2019年度にベトナムから計16人が初来日し、2021年の初めにも40人ほどが入国したのですが、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)まん延による水際対策強化と、2020年末の新規入国の一時停止などで、ほぼ2年間は新たな実習生を迎え入れることができませんでした。そのため、この間に受け入れた人数は、後で述べるミャンマーからの実習生を合わせても当初想定の約5分の1の103人にとどまりました。一気に来日したのではなく、数人~十数人ずつ五月雨式に来ていて、最初の人たちが3年になりました。

「ダブルライセンスで帰国後は指導的立場に」

技能実習制度は、最初の1カ月の講習を経て1年目が「1号」、2~3年目が「2号」と在留資格が変わります。基本の実習期間の3年で「技能を習得した」となり、本来は出身国に帰ります。ようやく、最初の人がその段階になったのが今の状況です。

技能実習制度は、3年経過後に試験を受けて「3号」の資格を得ると2年間、その後試験免除で「特定技能1号」になると最大5年延長され、計10年の滞在が可能です。さらに、実務期間3年経過後は介護福祉士の国家試験を受けられるようになり、合格すれば在留資格を「介護」に変更して永続した勤務が可能になります。

1つ誤算だったのは、我々が技能実習で準備を進めている中で、突然政府の「骨太の方針」で「特定技能」という制度が出てきてしまいました。技能実習が「技術の移転」を目的にしているのに対し、特定技能は「単純労働の人手」がほしいという目的で、両者は全く異なります。

とはいえ、実習生にも本音と建前があり、資格を取って日本に長く居たいという一方で、来日に際しては多額の借金を重ねているケースがほとんどで、それを返済してできれば親に家を建ててあげたいという思いもあるでしょう。

ここである程度は想定していたのですが、やはり問題が生じました。昭和23(1948)年にできた保健師助産師看護師法によって、介護福祉士は国家資格を持っていても病院にいる限りは「看護補助者」という扱いになります。特別養護老人ホームや介護老人保健施設などでは独り立ちで夜勤や当直などもできますが、病院ではそれができないため立場的にも報酬でも見劣りすることになってしまいます。自国で看護師の資格を取っている人が働くには魅力が少ないのが現状です。

我々としては「日本で介護福祉士という国家資格を取り、チーム医療の中で専門性を生かすすべを学び、ダブルライセンスを持って帰国後は指導的立場になりなさい」という売り文句でやっているのですが、目先のお金で動いてしまうのも致し方ないことかとも思います。残念ながら3年経過した人の多くが、帰国または特定技能に移っています。

その原因の1つにベトナムでは高齢化がそれほど深刻ではないことが挙げられます。ベトナムではまだ家族介護が中心で、戻っても日本で習得した技術を生かす職場がそれほど多くありません。我々のスキームは、長く日本で働いてもらい20年後ぐらいにベトナムでも介護需要が大きくなる数年前に帰国して、指導者として技術を生かしてもらうといった考え方です。

技能実習「2号」が終わると、無試験で特定技能に移ることができ、その間に日本語能力が上がると介護にこだわらず別のもっとお金を稼げる仕事に移るというケースも多くなるでしょう。

ただ、どの方向に進むにしても3年は日本で介護の仕事を続けてくれる。日本人だって介護の世界で3年続かない人もいることを考えれば、それでもいいから実習生に来てほしいという需要はあるのです。

長期滞在見込めるミャンマー人にシフトも

事業開始2年目で新型コロナの水際対策が始まり、昨秋までの2年間は新しい人が全く入ってこられませんでした。その間は入国制限が緩和されるときに備え、来日に向けて頑張っている人をオンラインで励ましたり、受け入れが決まっている施設が待っているなどの連絡をしたりして何とかモチベーションを維持できるよう努めてきました。2022年10月に日本の水際対策が緩和されて入国制限が撤廃されました。このことは、利点はあると思いますがそれはほかの業種にとっても同じです。条件のよいところの採用がどんどん拡大すると、我々のほうは不利になるかもしれないことが危惧されています。

ベトナム1国に限っていると、来てくれる人の数に限りがあるという不安感もあり、新型コロナ前からミャンマーでも人材開拓をしようと力を入れ始めました。ところが動き始めた矢先の2021年2月、軍によるクーデターが起こり、それがどう影響するか見極める必要があります。そこで、水際対策が緩和された直後の2022年10月に現地に行ってきました。分かったことが2つあります。1つは、ミャンマーは自国の医療水準が低い状況で、数が限られる看護師を外国に送り出すことを認めていません。ですから、看護師資格はないけれど4年制大学を卒業した人に狙いを定めました。もう1つは、ミャンマーの国情からみると、大卒はエリートで修学能力も高い人達ですが、大卒や在学生、中退者らが軍政に対して不満や不安を募らせ、国を出たいと思っている中で、日本は魅力的に映るということです。そして、軍政が続く限り戻りたくはないので、資格を取って日本に長く居てくれる可能性もあります。ベトナムは経済が向上しているので早く帰りたい人が多い。今後は長期滞在が見込めるミャンマーの人たちにシフトしていこうと思っています。

「日本の魅力」で他国に対抗

現在は少し落ち着いていますが、2022年秋に急激な円安が進み一時は1ドル=150円台まで高騰しました。日本とベトナムの経済格差はかなり縮まりました。日本以外にも欧州各国や韓国も人材を欲しています。それらの国は制度が日本ほど厳しくなく、お金も出します。では、我々は何で対抗するかというと、日本自体です。日本は非常に安全で人も優しいといったことですね。ただ、経済格差があまりに縮まってしまうと、日本の魅力も激減することになりますので、そこは国が何とか頑張ってほしいと思っています。加えて日本の優れた介護の技能は学問として確立されており、その習得は将来の自国での高齢化に対する大きな武器となりインセンティブとなります。僕は、「日本に残って日本で結婚し、子どもを産みなさい」と実習生に勧めています。これは極論ですが、日本のルーツをたどると元々は混血国家でした。優秀な人材が来てくれるのだから、ウェルカムで迎え入れて同化し、優秀な子どもをどんどん生んでもらわなければ日本の国力は衰える一方です。僕が考える将来像は、こうした優秀な人たちに日本人になってもらい、日本人を増やすこと。それが、ある意味では日本を衰退から救うシンプルな解決策の1つになり得ると思います。

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