諸外国に類を見ないスピードで高齢化が進み、今や国民の4人に1人が65歳以上の超高齢社会となった日本。今後さらに医療・介護の需要が増えると見込まれる中、国は、高齢になっても可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるよう「地域包括ケアシステム」の構築を推進しています。しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症によって、医療や介護の現場はさまざまな影響を受けました。私たちの今と未来に関わる地域包括ケアはどう変わろうとしているのか、安藤高夫先生(全日本病院協会 副会長、医療法人社団永生会 理事長)に聞きました。
地域包括ケアとは、高齢の方の尊厳を保持し、自立した生活を支援するという目的のもと、できるだけ住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けるための支援・サービス提供体制です。年を重ねて高齢になれば、どんな方でも医療や介護を必要とする可能性があります。そうなったときに、自宅で家族と共に暮らす、1人で住む、あるいは介護が必要な場合には施設に入居・通所するなど、自分が望む自分らしい生活を送ることができる。そんな国民生活を支えるのが「地域包括ケアシステム」です。
国は2005年頃から、地域の中で▽住まい▽医療▽介護▽介護予防▽生活支援――を一体的に提供できる体制の構築を目指してきました。急激に進む少子高齢化への対応策として、国が推進する政策の1つの柱となっています。
この政策が進む最中の2020年に出現した新型コロナウイルス感染症は、医療・介護の現場にもさまざまな影響を及ぼしています。たとえば患者さんが新型コロナの感染を恐れ、医療機関の受診を控えたことで持病が悪化するなど、いわゆる「受診控え」が問題になりました。また、介護の現場はどうしても「3密」になりやすく、なおかつ医療ほど徹底した対策が難しい現状にあり、クラスターが発生しやすいという問題もあります。介護予防の観点では、外出を控えることでフレイル(加齢により心身のはたらきや社会とのつながりが弱くなった状態)になるケースが見られました。一方、悪いことばかりではなく、家族の在宅時間が増えたことで、高齢の方の救急搬送が減ったという話も聞きます。
写真:PIXTA
新型コロナによって経済的なダメージを受けた分野は多岐にわたり、医療・介護も例外ではありません。各団体の調査を基に2020年4月からの半年間における減収を試算したところ、病院では約2兆8000億円、クリニックでは約9000億円、介護事業では約5000億円の減収があったことが分かりました。医療・介護業界が経済的に痛手を負っていることは明らかで、地域の中で今後も滞りなく医療・介護サービスを提供するための経済支援は急務と捉えています。現在は先ほどの試算データを基に、地域の医療・介護を維持するための交付金が支給されるよう動いているところです。
今でも「コロナ感染が心配で医療機関に行くのが怖い」という方がいらっしゃるかもしれません。しかし、これまでの経験から、全国の医療機関で徹底した感染対策が行われるようになりました。入館時の検温やアルコール消毒剤の設置に加え、オンライン診療や電子処方箋の導入、遠隔でのバイタルデータの管理といったオンライン化が進んでいます。また、顔認証受付システムやキャッシュレス決済の導入などで接触の機会を減らす動きや、さらには、予約システムの導入によって待ち時間の短縮を試みる病院もあると聞きます。
『上手な医療のかかり方』というサイトでは、突然の病気やけがに関する情報を発信しています。今すぐ救急車を呼ぶべきか迷ったときには#7119、休日や夜間に子どもに症状があり困ったときには#8000という全国同一の短縮番号をプッシュすることで、専門家に相談することが可能です。
こうしたサイトなども活用し、新型コロナを恐れ過ぎずに必要なときには医療機関を受診してください。
新型コロナ感染を恐れて必要な医療を受けないという事態を防止するため、オンライン診療が可能になりました。当初は時限措置でしたが、範囲の拡大や恒久化も議論されています。今後さらにオンライン化が進み、さらに第5世代移動通信システム(5G)が整備されれば、より速く大量のデータが送受信可能になります。さらに新たなウェアラブル・デバイスの開発が進展することで、▽問診▽視診▽聴診▽バイタル測定——については遠隔で行える日が来るでしょう。
一方で触診と打診に関しては、完全にオンライン化するのは難しいように思います。診療の将来像として、まずはオンラインでじっくりと患者さんの問診を行い、必要に応じて医療機関へ来ていただくといった仕組みを確立する必要がありそうです。また、今後はオンラインでのデイケアやデイサービスなども必要になるでしょう。認知症予防の体操など、できるものからオンライン化して自宅で行えるといいですね。これからはモノだけでなく仕組みづくりも同時に進めなければなりません。
モノや仕組みがどれだけ進化しても、持続可能でなければシステムとして成り立ちません。地域包括ケアの実態をつかむべく始めた「初台プロジェクト」は、ある街を徹底的にリサーチ・数値化し、分析することで将来像をシミュレートするものです。
初台(東京都渋谷区の西部)の人口分布と将来推計、さらには住民の健康状態を▽喫煙率▽飲酒率▽メタボリックシンドロームの割合——など複数の指標で表し、医療・介護の需要が将来どのように変化するかを予測しました。そこに経済状況と将来推計を照らし合わせると、その地域の将来像が見えてくるというわけです。プロジェクトの結果、初台では思いのほか高齢化は進行せず、病院医療と介護の需要に対して供給は足りるであろうとの予測が立てられました。
写真:PIXTA
初台プロジェクトによって、地域包括ケアの「見える化」が可能だと分かりました。地域のさまざまなデータを抽出したうえで戦略を立て、逆算して仕組みづくりをする。この方法を地域包括ケアシステムの構築に役立てることが可能と考えています。
国は、2025年を目標に地域包括ケアシステム構築の実現を進めてきました。現在はさらに団塊ジュニア世代(1971〜1974年生まれ)が65歳以上となる「2040年」や、対象を高齢の方だけでなく全ての地域住民にまで広げた「地域共生社会」といった次の目標が視野に入ってきたように思います。
新型コロナウイルス感染症は各所に影響を及ぼしました。地域包括ケアシステムを構築するという国の計画自体に変わりはないものの、表面化したさまざまな問題に対応していく必要があります。たとえば、PCRセンターの設置、患者さんや医療者の間で感染が拡大しないゾーニング、環境の変化に耐えうるフレキシブルな病院・施設の建設、都市部における「コロナ専門病院」の設置など、課題は山積しています。
しかし、このようなときだからこそ、各組織が理念やビジョンを今一度見直し、時代に合った目標を立て、前向きに進んで行けたらと思います。医療・介護の根底にあるのは、いつの時代も変わりません。街づくり、人づくり、そして医療や介護サービスを受けた方が「本当によかった」と思える想い出づくり。それらを実現するために、一歩一歩進んでいきたいです。
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