全日本病院協会(猪口雄二会長、約2500病院が加入する民間病院を主体とした病院団体、以下「全日病」)は、このほど「病院のあり方に関する報告書2021年版」をまとめました。80ページにわたる、詳細かつ読み応えのある報告書で、以下のような概要になっています。
第1章「病院のあり方に関する報告書2000年版を振り返る」で、20年前に委員会で検討された予測が多くの内容で実現されたことが記されており、第2章「想定される2040年の世界」で人口・社会構造/経済・財政/環境問題/医療イノベーション/就業・住まい・経済力/政策(社会保障制度 社会保険制度 規制改革)について、国や信頼の置けるシンクタンクからの資料から20年後の世界が予測されています。
報告書の中心となっているのが、第3章「2040年における理想的な医療介護提供体制」であり、『医療・都道府県主導の「地域包括ヘルスケアシステム」』という新しい考え方が提唱されています。将来の主な医療介護提供体制については、健診・疾病予防/急性期から慢性期医療/在宅医療と居宅介護/医師の需給/医療・介護従事者としての外国人の受け入れ/懸案事項と対策:(人口減少:高齢・超高齢人口の増加、生産人口減少、社会保障財源不足、混合診療)/医療・介護需要の変化に対応した官民協調体制の構築/コストを適切に反映していない診療報酬体系/災害時を想定した事業継続計画――という9項目について広範に検討されています。
最後の章では「会員へのメッセージ」として、地域の将来像と当該地域における医療介護提供の必要性と各施設の理念・運営方針の整合性の確認のもとに、情報技術の積極的活用による組織運営・診療体制の再構築を促しています。また、医療介護需要が減少することも視野に、医療機関間経営統合(医療介護福祉連携推進法人への参加など)も検討すべきとするという大胆な提言もされています。
注目されるテーマに絞った7つのコラムが挿入されており、震災・新型コロナウイルス感染症から学ぶBCP(事業継続計画)という重要な内容も記載されています
1998年の初版以来、定期的に見直しを続け8回目の報告ですが、質の高い効率的な医療提供体制構築などに関して、現実的で必要不可欠と考えられる内容の提言と全日病の活動方針について書かれています。
特に注目したテーマについて、「病院のあり方委員会」委員長、徳田禎久先生(全日病常任理事、札幌禎心会病院院長)に、今回の報告書の特徴や込められたメッセージなどについて、一般の方々にも分かるようお話しいただいた内容を2回に分けて掲載します。
Q 人口減少に伴う諸問題が取り上げられています。
将来予測でほぼ間違いないものが人口推移です。医療・介護提供における大きな課題の1つが働き手の減少による医療・介護分野の人手不足です。一番厳しいのは介護に関する職種で、要介護者が増大するので大変深刻です。
また、医療レベルの進歩は著しく、さらに専門分化しているため、急性期医療の現場でもまだまだ看護師も不足しています。要介護者が入院すると、普段介護保険でケアしている内容も診療をサポートする看護師の仕事になります。そうした現実に即し、業務内容の変化も踏まえた人員配置や報酬のあり方の再考がこれからは必要になってくると思います。
女性医師の増加や医師の高齢化、若手医師の働き方に対する意識の変化、専門診療医養成数の偏りに加え、医師の働き方改革*で2交代、3交代制の導入も必要となる可能性があり、医師不足は解消に向かうどころか、まだしばらくは続くと考えられます。
*医師の働き方改革:医師の業務時間を厳格化するもので、特に宿直業務時間に制限がかけられた。
厚生労働省の医師需給分科会は2018年、「需要3パターンの中位推計では、医師総数が2028年に約35万人となり需給バランスが取れる」として医学部の入学定員削減を打ち出しました。しかし、この数字は現場の感覚とはかけ離れています。人口10万人あたりの医師数だけをみて、診療科ごとの医師数は検討されていません。高齢者を中心にした診療は相当期間続きますので、少なくとも2040年までは医師が足りない状況が続きます。
たとえば、北海道の地方のように1つの病院の医療圏が非常に広い地域では、一定数の救命救急対象疾患を診られる医師がいないと、助かる患者さんも助けられません。医療需給の推移を見極め、それに対してどれだけの人員配置が必要か、充足させるためには何をすべきなのかを考えていかなければなりませんが、今のところ総枠の話ばかりで地域特性を踏まえた議論が出てきていないのが問題です。できる限り手当するよう皆が努力し、足りない部分は遠隔診療でサポートするという方法もあってよいのではないでしょうか?
今のところ厚労省内ではこうした話はないので、まずは大枠の提言として全日病が主張しています。
Q 新しく提唱された「医療・都道府県主導の地域包括ヘルスケアシステム」は、現在国が進めている施策と大きく異なるのでしょうか?
高齢社会が進むなかで、「地域医療構想」は都道府県・2次医療圏別に医療提供の体制を変えていこう、「地域包括ケアシステム」は市町村別に高齢者の介護・住まい・生活をうまく作っていこうというもので、2025年から実施の予定ですが、行政管轄が異なっていて整合性が取れないことや、医療介護関係者も積極的ではないことから構想は進んでいません。しかも、残念ながら一般住民の方々はほとんど知らない施策です。
我々の提言は、人口推移や高齢化率に加え、地域の産業構造などから、一定の生活圏で地域にあった高齢者支援をどのようにすべきかに応えたものです。医療・介護・高齢者の住まい・生活支援などの一体的提供が必須と考え、身体精神機能と日常生活の状況についての客観的な情報を基に、介入条件を設定して自動的に必要に応じ最適な支援を行うシステムを作ろうとする内容です。
医療提供者を中心に都道府県が統括して対応するもので、一般の方々にも分かりやすい内容と考えています。
幼小児期から高齢者に至るまで統一した科学的な方法による健康診断や疾病予防体制の再構築も同時に進められるべしとする議論もなされました。今後は、健康管理について未病の時期にも目を向けるべきです。
運用に関して、医療保険・介護保険を一緒に使えるようにすること、6年に一度しか一緒にならない診療報酬と介護報酬の見直しを同時期にすることなどが求められます。各方面の関係者の合意と制度設計には時間を要するはずですが、ぜひ実現させたいと考えています。
Q 社会保障制度の将来像はどうでしょうか。
社会保障費は今後20年、相当増えることは確実で、これまでのように毎年2%前後の伸びが続くと財政が破綻する可能性があります。
2040年には12.4兆円の財源不足と試算されていますので、社会保障給付費の抑制か、さらなる国民の負担増もいわれています。主な財源として、消費税増税・総所得に対する税や財産税の導入などが挙げられています。今後多くの国民の理解が得られるよう、社会保障給付費の使用目的、優先順位をつける検討など十分な議論が必要でしょう。
医療費のウエートが大きいことを踏まえると、医療費はこれから削減されるという前提で、どうすべきかを考えてくださいと警鐘を鳴らしました。
医療需要が減っていくことを踏まえると、地域医療を守るためには連携が絶対に必要で、場合によってはその先に統合、つまり経営の大規模化によって持続性を模索すべき時期に来ていると書きました。「まだ大丈夫」と言っているうちに我々の首が絞まっては困ります。経営統合や株式会社の参入などの話は、大きな議論になることも覚悟のうえで書いています。
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