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医療における個人情報保護と活用で医療機関に求められることとは

公開日

2021年02月24日

更新日

2021年02月24日

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2021年02月24日

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これからの医療の発展、持続可能な医療資源の活用のためには研究、臨床の現場などで個人情報の利活用が不可欠といわれていますが、日本ではなかなか進まないのが現状です。個人情報の利活用で、医療がどう変わるのか、そのために求められるものとは――。ひたちなか総合病院名誉院長、全日本病院協会常任理事の永井庸次先生に聞きました。

“後回し”の基盤構築

病院の立場から医療における個人情報の扱いの現状を見ると、法律が複雑で理解しにくく、収集と利活用の基盤構築が不足していると感じます。法律は読み解けば何とかなりますが、各種の規制緩和に関してはアメリカのようにうまくいっていません。

電子カルテの標準化や相互運用、Personal Health Record(PHR:個々人の長期間にわたる医療・健康に関する情報)の問題など、やることはたくさんあります。

ところが、利活用だけが先走って、基盤構築が後回しになってしまっているのです。AIというのはシステムを作ればすぐに使えるというものではなく、大量のデータを与えてパターンやルールを発見させる“学習”をする必要があります。その際に“正解”となる「教師データ」が圧倒的に不足しているのです。データの質が悪いと「ゴミからはゴミしか出てこない」ということが起こります。

今のDX(デジタルトランスフォーメーション)、AIを含めたさまざまな技術に足るだけの情報を提供できる体制が、医療機関側にできていません。そうしたことを国民、医療機関、政府、利活用する業者を含めてきちんと検討する必要があると思います。

個人情報利活用で得られるものは

具体的に、高齢化社会で医学的研究をする場合の従来と現在を比較してみましょう。従来は▽目的は「治療」▽疾患は「単一」▽症例は「集めやすい」▽対象集団は「単一」▽研究設計は「容易」▽分析は「しやすい」▽ビッグデータは「不要」――とまとめられます。

一方、現在の研究では▽目的は「予防(未病)」▽疾患は「複数」▽症例は「集めにくい」▽対象集団は「複数」▽研究設計は「難しい」▽分析は「しにくい」▽ビッグデータは「必要」――と、まったく異なるデザインが求められます。

つまり、単一集団でランダム化比較試験(RCT)をするといった従来の分析方法では、現在の高齢化社会で必要な研究をし、国民に成果をフィードバックすることができないのです。ビッグデータを集めて現状に合ったデザインに基づく研究であることが必要です。

そうなると、個々の医療機関だけで研究はできません。複数の医療機関で研究をするにはさまざまなデータをデータベース登録することが必要で、前提として個人情報をしっかり保護しつつデータを集めなければなりません。ところが、日本の医療機関では、データ収集の基盤である電子カルテの標準化、相互運用がまったくできていないのです。

そうした研究以外にも、個人情報の利用拡大で医療はどう変わるでしょうか。
医療機関から見ると▽医療の質向上▽効率化(重複や無駄の排除)▽オンライン診療▽個別化医療▽遺伝情報に基づく「ゲノム医療」▽生活習慣病対策――などに利活用することが期待できます。さらに▽がん検診の精度管理▽薬剤・医療機器の副作用報告▽感染症サーベイランス(調査監視)――などにも役立てることができ、これらは最終的に「医療の質や利便性の向上」という形で国民に還元されます。

具体的なメリットを例として挙げると、個人の医療・健康情報を活用することで▽がんの原因遺伝子などの解明が進み、新たな診断・治療法の開発、提供につながる▽自身の情報をスマホなどで簡単に確認し、健康づくりや医療従事者とのコミュニケーションに活用できる▽民間企業や研究者がビッグデータを研究やイノベーション創出に活用できる――といったことが考えられます。

プライバシー保護とデータ活用の両立に必要なこと

医療を改善し、医療行政やサービスの高度化・効率化に役立ち、治験・研究を促進し、新規の医療技術を創出するためには国民のデータをきちんと使うことが必要です。

実は、病院には山ほどデータがあります。ところが「意味のあるデータ」はほとんどないのです。その理由としては▽情報が分散・分断されている▽不完全なデータ・情報しかない▽データ・情報を収集する組織横断的な部署がない――ことなどが挙げられます。データとは「数の集合体」、情報とは「データの解釈」です。意味のあるデータが情報で、それを得るためには「正しい質問」が必要です。そして、情報を解釈するためには「適切な情報を持つ」必要があります。

たとえばレセプト(診療報酬明細書)データからは「いつ入院した」「いつ検査をした」など個々のエピソードは入手できますが、その間の経過やアウトプット(結果)は分かりません。「データ」を意味あるものにしたのが「情報」で、意味付けにはテキストデータが必要です。

このあたりのことをきちんと構造化・組織化しなければ、“ごみデータ”しか出てこず、質の高い解析ができないということが起こりえます。

「国民のデータが医療を支える」というのが基本的な考え方です。国民のデータをきちんと使うことによって、医療の改善に役立ち、医療行政・医療サービスの高度化・効率化に役立ち、治験・研究を促進し、新規の医療技術の創出に貢献します。もちろん、大前提として個人情報保護、プライバシー保護、医療者側の守秘義務が今まで以上に重要になってくるでしょう。さらに、患者の知る権利、知られない権利、忘れられる権利をどう守っていくかが、現在の医療における個人情報保護のエッセンスです。

残る多くの課題

医学の発展のためには、医療データの利用は欠かせません。そのデータは、個人が特定できないように仮名化加工し、第3者に見られないよう暗号化して受け渡されます。

2017年の個人情報保護法 施行、2018年の次世代医療基盤法 施行、2020年の個人情報保護法改正 など、複数の法律、ガイドライン、ガイダンスが出されていて、これらに基づいた情報保護をきちんとやっていかなければだめだと思っています。本来なら、2017年の個人情報保護法で定められた匿名加工情報がきちんと使われるような仕組みができていれば、日本のビッグデータ活用はもう少し進んだと思いますが、実際には活用できていません。それが日本の現状です。

病院で一番大事なのは、障害、病歴、健康診断結果などを含む「要配慮個人情報」です。取得には本人同意が求められ、大部分の医療情報を活用することができませんでした。次世代医療基盤法の成立で、使えるようにはなったのですが、認定匿名加工医療情報作成事業者の少なさなどの問題もあり、制度と実際の運用のところがうまくかみ合っていないのです。

医療機関側としては、医療情報の取り扱いにおける法令遵守、コンテンツ、システム構築の標準化、相互運用性、地域連携、電子処方箋……と多くの課題があり、どう対応していくか真剣に考えていかなければいけません。

一方で、個人情報利用拡大のデメリットもあります。レピュテーションリスク(否定的評価によるダメージ)、個人情報の漏えいリスク、サイバー攻撃、開示請求、利用停止請求、第3者提供への苦情……などが考えられます。システムの安全管理に関しては2020年に出された「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン5.1版」に即して対応する必要があります。

ここまで、医療機関側から見た個人情報の利活用について述べてきましたが、国民の理解を得るにはどうすべきかという課題があります。

野村総合研究所の調査によると、日本人の個人データ提供に関する許容度は相当低い、とされています。ただ、新型コロナ感染症の拡大防止のために匿名化された位置情報を利用することに対する許容度は74%とかなり高くなります。

拒否反応を解消するためには丁寧に説明するしかないでしょう。理解を得るためには具体的に、医療の質改善や新規治療などのメリット、情報セキュリティー構築を周知するなどしていかなければならないと考えます。

 

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