全日本病院協会(全日病)は「高齢者のターミナル期のケアに関する調査研究業務報告書」をまとめ、2021年3月に公表しました。「多死社会」に向かう日本では、どこを“終の棲家(ついのすみか)”とし誰が最期を看取(みと)るのかは、今後大きな問題となってくることが考えられます。調査を実施した「事業検討委員会」委員長で全日病監事(調査時常任理事)、木下毅先生(光風園病院<山口県>理事長)に、調査の背景、提言のポイントなどについてお聞きしました。
高齢化の進展を反映して、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などの高齢者向け住宅が近年大きく増加し、これらも“終の棲家”の選択肢の1つとなっています。この事業は、こうした高齢者向け住宅の看取りへの対応を主眼に、実態把握と今後の課題を探ることを目的に実施しました。
高齢者ご本人の意思を尊重した看取りができ、高齢者住宅における看取りに関する指針やマニュアルの質を担保するため、医学的な見地も踏まえながら必要項目などを整理し、質の向上につながる指針・マニュアルのモデルも作成しました。
実際の調査手法としては、アンケートとヒアリング調査を実施しました。
アンケートでは全国約5300施設に▽施設・住宅票▽医師票▽入所者・入居者票――の3種類を配布し、約2500件の回答がありました。また、ヒアリングは看取りにおいて先進的・特徴的な取り組みを行っていると考えられる3施設を対象に実施しました。
なお、この調査は厚生労働省老健局の「老人保健健康増進等事業」に採択され、実施しました。
調査結果から、以下のような提言をまとめました(一部省略、表記は原文のまま)。
看取りについては、積極的に行っている高齢者住宅が多い一方で、「看取りは今後の課題」「看取りは行わない」という高齢者住宅も一部にみられた。しかし、団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて「看取りへの対応」は高齢者住宅の課題と認識されており、地域の在宅医療体制の整備とあわせ喫緊の課題となっている。
高齢者住宅では医師の配置がなく、また看護師も常駐していないことが多いことから、医学的な管理や処置を行う場合、病院、診療所等の医療機関、訪問看護ステーション等との日頃からの連携が必要になる。日頃から入居者をよく知る主治医・医療機関と連携し、主治医の指示の下、健康管理、疾病管理、具合が悪い時の対応等を適切に行いながら、看取り期になった場合も本人を中心とした医療・ケアチームで対応することが重要である。
高齢者住宅は多様なことから、予め看取りの指針を策定しておいて、入居時に本人、家族等に説明し、理解と同意を得ておくことが重要である。高齢者住宅は疾病の積極的な治療を行う場ではなく、自然な穏やかな死を望む場合、家族等、職員、医療機関・訪問看護ステーション等と連携しながらの看取りになることを説明し、理解と同意を得ておくことが、本人、家族等の意思を尊重することにつながる。入居後も心身状態の変化等に応じ、繰り返し本人の意思、家族等の希望を確認する。
コロナ禍の現在、外出・外泊、家族等の面会について制限をもうけている高齢者住宅が少なくない。感染症対策に配慮しつつ、定期的に家族等に本人の状況を電話で伝えたり、変化があった時はすぐに連絡をしたりしてカンファレンスを行う等、コロナ以前よりも時宜を得た対応が求められる。
看取りの指針・マニュアルを策定していない高齢者住宅は、看取りの実績が少ない傾向がみられた。看取り期においては、容態観察、急変時対応(家族等・訪問看護ステーション・主治医・医療機関等への連絡、救急搬送を行うか否かの判断を含む)、家族等の支援、臨終時の対応等、通常時には無い対応が求められることから、高齢者住宅内外の体制づくり、職員の研修・教育、ルールの取り決めと具体的な運用などを徹底しておくことが重要である。
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調査で分かったことの1つに、中心静脈栄養や人工呼吸器管理、気管切開の管理など対応が難しい措置を行っている施設の割合が、特別老人ホーム(特養)・特定施設に比べてサ高住・有料老人ホームの方で高かったことです。そうした措置を必要とする人が現場の感覚として増えていることから、利用者を集めようと無理をしている施設があることも考えられます。そのような施設でより質の高い安全な医療を提供できるようにしていく必要があることも、提言に盛り込んでいます。
データから見ても2025年以降2040年までは亡くなる人が増える“多死社会”になります。そうなると、亡くなるときに病院に入れない人が増えてくるでしょう。
核家族や独居の高齢者が多いので、在宅で最期を迎えるのも難しくなるでしょう。
すると、集合住宅のような施設に入る必要があります。少子化の影響や施設経営の観点から、医療・介護スタッフを増やすのは難しいでしょう。たくさん施設を作っても、労働人口が減っていくので効率を考えないとサービスができなくなります。
そうした中で、施設の側では最期の時間をどう過ごすか、きちんとご本人、ご家族の意思確認をしていないと後々のトラブルにつながってしまいます。スタッフの教育、トップの考え方などの要因から、施設の対応もさまざまです。本人がはっきりと意思表示をできればよいのですが、いざ確認しようとしても認知症や、意識がないという場合もあります。家族の考え方も、看取りの前後で変わってしまうなどしてトラブルになると大変です。
そうしたトラブルを回避するために、厚労省からの指定で調査報告書の巻末に「看取りのガイドライン、マニュアル」のモデルを付けました。
ここでは、▽看取りの指針(モデル)▽看取りのマニュアル(モデル)▽利用できる医療保険、介護保険の医療系サービス▽看取りに関する加算▽他機関との連携▽救急搬送、臨終時の対応――についての情報を網羅しています。
アンケートで、現在看取りを行っていない施設では看取りの指針やマニュアルが未整備であるケースが多いことが示されました。多死社会を迎え、これらの施設でも看取りを行う必要が生じた際に活用されることも想定しています。
このマニュアルの看取りの指針(モデル)中で「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」について、項目立てて触れています。厚労省が2018年に改定した「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」でその重要性を強調し、「人生会議」という愛称をつけてポスターを作りました。それに対し、患者団体などから「患者や遺族を傷つける」といった抗議の声が起こり、騒動になったのを覚えている方も多いでしょう。
ACPとは、人生の最終段階で本人が何を望んでいるか、その意思や思いが十分に本人によって示され、家族も受け入れ、尊重していくプロセス、来るべき時に備えて家族や医療・ケアチームとの間で話し合った内容を共有しておくプロセスのことです。
この話し合いは、「会議」ではありませんし、会議を行うことイコールACPが行われたということでもありません。会議とは、何らかの結論を出すために行うものですが、上から構えて会議でその人の生き方を決めるのは失礼だし、行き過ぎではないでしょうか。看取りについて考える際に参考にしていただければと思います。
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