新型コロナウイルス感染症の収束が見えない中で、私たちの生活は感染拡大を防ぐための変容が求められています。医療機関もコロナ以前と同じではありえなくなっています。病院はどう変わろうとしているのでしょうか。全日本病院協会副会長、恵寿総合病院(石川県)理事長の神野正博先生に聞きました。
生活習慣病などで常時服薬している患者さんは、薬をもらうためにいちいち病院に行かなくてもいいとなったらオンラインで済ませるようになるかもしれません。こういった「新しい日常」における受療行動の変容に加えて、都市部以外では高齢化だけでなく人口減が押し寄せてきているので、病院そのもののあり方も変わっていくという気がします。今の外来、入院の体制がこのままでいいのか、真剣に考える必要があります。
具体的には、人口がどんどん減っている地域で、コロナに対応できる医療体制をどう維持するか。人口減少地域では、患者さんがあまりいない公立病院が実はたくさんあります。それをコロナ専門病院にして、われわれはコロナ以外の患者さんに安心して受診してもらう、といったことも真剣に議論しなければなりません。
その先の話になりますが、地域に必要な医療とは何か――。つまり、新しい日常の中で患者さんの減少を埋める、「地域のニーズに応える病院として新たな価値」を真剣に考えなければなりません。
地域の実情で異なるのでしょうが、「生活支援」も1つの選択肢になるのではないかと考えます。もちろん、急性期の患者さんを診る「最後の砦」としての病院の機能は維持しつつ、それを核とした生活支援です。
自動車のF1レースのピット作業を見たことがあるでしょうか。レース中に2、3回入って、タイヤを交換し、ガソリンを補充します。最近は、速いチームだと8秒ぐらいで終わって、マシンは再びコースに戻っていきます。なぜそんなことができるかというと、マシン走行中に、IOTでガソリンの消費量やタイヤの減り具合などのデータがピットのコンピューターにどんどん流れてくる。それを見ながら準備万端整えてドライバーにピットインを指示します。
これからの医療も同じで、コースが生活、ピットが病院です。ピットに入っている時間はだんだん短くなっている代わりに、生活の中で情報を取り込んで健康状態を把握し、そろそろピットに入った方がいいとなったら指示を出す。そして、短い時間で治して、またコースに戻ってもらう。
病院に求められる生活支援は、単に食事の栄養指導をするようなものではなく、生活の中で健康管理をしていくというものなのだと思います。
本来は日本全体の保険制度の下で国がやるべきものですが、いかんせん国は機敏に動けません。ですから、後から国についてきていただいて、交代してくれるなら我々としては次の“新たな病院の価値”を探すことになるのだろうと思います。
コロナ禍における病院経営は全体的に見ると、4、5、6月は非常に厳しく、7月になって少し患者さんが戻ってきたかな、というのが現状です。
外来の患者さんの表情を見ていると、3月、4月ごろは非常に緊張してびくびくしているという感じでした。6月になると、少し和やかになってきて、今は普通の顔でいらっしゃいます。このあたり、外来患者さんの増減とリンクしているように思えます。
ただ、外来の収入を見ると、来院者の減少ほどには減っていません。というのは、がんの放射線治療や化学療法を受けるとか、緊急を含めて手術が必要な患者さんは、どうしても病院に来ざるを得ませんでした。その意味では“単価”の高い患者さんは減らなかった一方で、高血圧や糖尿病の薬だけを処方してほしいといったような患者さんは一気に来なくなりました。ですので、外来に関していえば来院者の減少ほどには収入は減らなかったと言えます。
一方入院に関しては、開業医の患者さんも減っているのに伴って紹介入院が激減しました。私たちも、コロナ感染防止のために人間ドックを休止していました。コロナ以前には人間ドックで見つかっていた早期がんの患者さんなどの入院が全くありません。5月に手術をしなければならなかったような人など減った分は、状況が落ち着いた7月には戻ってくるべきなのですが、そうはなっていません。その時に手術や治療が必要な患者さんはどこに行ってしまったのか。5月に「早期」の段階で見つかっていたはずのがんが、見つけられずにいるというケースがいま世の中にたくさんあるのかもしれません。
救急患者も減りました。救急車で搬送される方、自力で来院する方の両方です。特に小児科での減少が大きく、例えば夜間・休日当番医の時でも小児がほとんど来ませんでした。コロナ以前は、当番医の日は子どもの患者さんでずっと行列ができるほどでした。そうしたことも、入院患者さんの減少につながっています。
私たちに重要なのは、感染対策をきちんとやって、それが分かるようにアピールすることです。そうでないと、安心して病院に来てもらえないでしょう。
都会と違って、地方では“風評被害”も深刻です。県内のある病院では、従業員1人の感染が見つかった段階で、その病院の従業員のお子さんが保育園から登園を拒否されたという事例がありました。院内で1人でも感染すると、経営的にも問題が起こると懸念しています。
帰国者・接触者外来や発熱者外来といった、コロナ感染が連想される場所が他の患者さんから見えると、「あの病院は危ない」といううわさがたってしまいます。ですから、きちんと動線を分けるといったことを徹底して、患者さんに安心していただくことが重要と考えています。
コロナを機に、私たちの病院では「新しい日常」に対応できる体制を整えました。
診療面では電話による再診をどんどんやっています。私たちの病院は1997年に、他に先駆けてクレジットカード決済を導入したほか、デビットカード、QRコード決済も使えるようになっています。また、しょっちゅういらっしゃる患者さんは、銀行引き落としもできるようになっています。電話再診に関しては診察料をどうするかといったことを気にせずに使えるので、どんどん利用してもらえばいいのかなと思っています。
一方で、初診のオンライン診療に関しては、難しいことが多いと考えます。その点は、患者さん本人が一番わかっていて、総合病院にかからなければならないような、がんや肺炎などが疑われる時に、お互いに顔を合わせずオンラインで診療はとてもできません。「水虫には薬局の薬よりも病院の薬の方が効く」とか「腰が痛いからシップがほしい」といった人であれば、初診からオンライン診療でもいいかもしれません。しかし、それらは総合病院の守備範囲ではなく、開業医にきちんとやってもらう部分だと思っています。
また、コロナで面会に制限をかけざるを得ない状況が続いていますので、オンラインでお見舞いができるようにしています。設定さえしてしまえば、高齢者でも使えるようで、病院でも介護施設でも活用しています。コミュニケーションアプリ(LINE)で直接やり取りするほか、動画を送ってもらって入院患者さんに見てもらうということもやっています。
コロナのせいで緊張もしますし、経営的にも苦しいのはもちろんなのですが、1つポジティブに考えられるとすれば、これまでやろうと思ってもできていなかったことが一気に変わって、できる環境が整いました。そうしたことを、後戻りせずに進めていきたいと思っています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。