マイナンバーカードと健康保険証を紐づけた「マイナ保険証」のシステム導入が、2023年4月から医療機関などに原則義務化されました。近い将来、従来の健康保険証は原則廃止になるとされていることから、マイナ保険証で何が変わるのか分からないまま切り替えた方、まだしばらくは大丈夫と切り替えを先送りしている方もいるかもしれません。約2500の民間病院が加盟する全日本病院協会(全日病)副会長で、前衆議院議員として医療政策に携わってきた安藤高夫先生(医療法人社団永生会理事長)に、病院・患者双方から見たマイナ保険証の特徴、導入によって期待されることや問題点などについて聞きました。
全日病は組織として、マイナ保険証義務化について見解は出していません。ただ、猪口雄二会長に聞いたところ「保険証とマイナンバーカードのシステムを結びつけるのはよいことだと考える。ただし、全日病の会員は中小民間病院が多いので、費用負担についてもう少し考えてもらいたい。今後電子処方箋、電子カルテとマイナ保険証を結びつけるといった場合、さらにコストが膨らむので、そこは国に考えてほしい。セキュリティーについて不明な部分もあるので、しっかりしてほしい」と話していました。まとめると、理念には賛成だが、費用面でしっかりと補助し、セキュリティーに不安が生じないようにしていただきたいというのが、現時点での考え方です。
マイナ保険証を導入することで、病院にも患者さんにも、メリット、デメリットともにあると考えます。
病院側のメリットとしては
(1)患者さんが保険証を忘れた際、本人の同意があれば検索で保険の有無が確認できる
(2)高額療養費制度(医療費が限度額を超えた場合、医療保険の負担割合に関係なく窓口負担額が一定になる制度)の手続きを患者さんが行っていなくても、情報取得ができる
(3)診療報酬上の加点がある
(4)医療システム上の保険証情報、住所入力が簡易になる
――などがあります。(1)と(2)は患者さんにとってもメリットになります。
一方デメリットとしては
(5)患者さん本人が機械を使って承認をする必要があるため、特に高齢者には説明などの対応が必要になる
(6)登録情報(保険情報や住所・名前のふりがな、漢字など)入力の間違いが多く、元のデータが修正されない限り病院側のシステムに取り込む際にエラーとなり確認に時間がかかる
(7)高齢の医師などにとっては操作が困難な場合や導入手続きが煩雑に感じる
――ことなどが考えられます。
一方、患者さん側から見ると、先の(1)(2)に加え
(8)負担額が高額の場合、限度額証の確認ができるため再来院しての精算が不要になる
(9)保険切り替えや更新時期の保険証忘れに対して、情報取得で対応できる
――ことなどはメリットになるでしょう。逆に
(10)保険情報などを勝手に取得されてしまうことによる個人情報保護への懸念
(11)カードを所持していないと利用できない
(12)後期高齢者の方から「カード式なので小さくて探しにくい」といった声が実際に出ている
――などはデメリットでしょう。
このように、病院にとっても患者さんにとってもメリット、デメリットがそれぞれありますが、私はメリットが上回ると思います。
実際の運用にあたり、まだ経験が浅いのでいくつか不安はあります。やはり最も大きいのはセキュリティー面で、情報漏洩に対する安全性は万全なのかは気になります。これは病院側も、ユーザーである国民にとっても1番の問題だと思います。万全を期してもらえるよう国に働き掛けていくしかありません。
また、システムエラーや大規模災害、停電時の対応策の構築も必要です。障害は必ず起こり得ることを前提に、バックアップ体制をつくっておくことが必要になります。国側は当然ですが、病院側でも考えていかなければなりません。
今現在、1日に100人の新患がいたとしてもマイナ保険証を使っている人は1人か2人程度ですから、仮に障害が起こっても大きな問題は起こらないのですが、マイナ保険証が主流になるときまでには病院としてもバックアップ体制を確立しておく必要があるでしょう。
現在、当然のように使っている電子カルテのシステムに障害が起こった場合、紙カルテの運用になります。その時、紙カルテを使ったことがある職員にとっては問題ないのですが、最近は紙カルテを経験していないスタッフがかなり増えています。マイナ保険証も、普及後にシステム障害が起こると、患者さんを受けられなかったり、診療が停滞してしまったりする恐れがあると考えます。
パソコンが家庭に普及し、インターネットを通じてショッピングができるようになった初期のころは、その際にクレジットカードの情報を登録することを恐れ、不安に感じる人が多数いました。しかし、あるレベル以上のセキュリティーが確保され、その便利さに利用者が気付いたことで、瞬く間にクレジットカードを使ったネットショッピングが当たり前になりました。加えて、最近はインターネットバンキングなどで自身の預金口座情報の確認や入金、振り込みなどができるようになっていて、大きな問題は起きていません。
このように、セキュリティーの問題にある程度見通しがつき、人々が利便性に気付くようになると爆発的に利用が拡大する可能性があると考えます。
マイナ保険証の活用が進み、国民がそのメリットを理解した時には、パーソナル・ヘルス・レコード(PHR:個人の健康情報記録)や医療データを利活用するための力強い促進力になると考えます。
私個人としては、マイナ保険証に医療・健康データを紐づけて、患者情報を共有・活用することは、病気の早期発見や薬の過剰処方・過剰検査の抑制などにつながり、(検査などを省略して)医療行為が迅速に行われ、診療時間の短縮につながる可能性があると感じています。加えて、膨大に膨れ上がった医療費抑制や医療の効率化にも寄与する可能性を秘めていると期待しています。
ただ、マイナ保険証にPHRや医療情報をどのように紐づけるかという技術的な課題解決、法制度の整備も必要になるため時間がかかるものと考えています。こうした個人情報は、デリケートでセンシティブな内容を含むため、インターネットを介する情報のやり取りが前提である点を踏まえると、個人情報保護やセキュリティーの確保が必須で、大いに議論が必要です。
そうした課題を克服してマイナ保険証でうまく実績を作り、医療DX拡大への大きな一歩になればと思っています。
そうした視点で考えると、利用者である患者さんや国民にとってメリットがある仕組みを作っていくことが、さまざまなデータを活用できるようにするための大きなポイントではないかと思っています。また、PHRは健康情報が主になるため、医療機関にかからない若い世代が使ってみたいと思えるような仕組み、サービスのデザインが必要になるでしょう。
現時点では残念ながら、医療機関以外で取得する健康情報も含んだPHRへの意識は、病院経営者の視点からも「我が事化」ができていないと感じています。現在、国では健診データ共有・利活用という部分が議論の中心になっていると聞いています。それをどうやって医療情報と紐づけできるかの議論がなされることによって、病院側もPHR利活用に本腰を入れるのではないかと感じています。
こうしたデータの共有をしようというときに障害になるのが、ベンダー(システムの開発・販売業者)ごとに異なる電子カルテのフォーマットで、その共通化も必要です。そもそも、病院の約4割、診療所の約半分しか電子カルテが入っていません。最大の理由はコストの問題で、そうした設備投資をしても診療報酬にはまったく反映されないのです。
私は、国がクラウド型の電子カルテシステムをベンダーに作らせて全ての病院・診療所に配布すればよいと思っています。我々の試算では、2000億~3000億円でできそうです。一方、各医療機関がオンプレミス(機器類を自前で保有)で整備すると、総額は1兆円を超えます。もちろん、クラウド型の電子カルテを国から配布する場合でも、初期投資はかかりますが、重複投資が避けられますし、リプレースの費用は激減するはずです。さらに、国にはそうしたシステムを通じてさまざまな情報が入ります。差額の7000億~8000億円はベンダーの売り上げ減になってしまうので、抵抗が出るかもしれませんが、国が得られるさまざまなメリットを考えると、ある程度ベンダー側のリスクを補償してでも電子カルテの共通化、普及をしていけばよいと思います。
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