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民間の立場で災害医療を支える「AMAT」―全日病が設立にかけた思いとは

公開日

2022年10月31日

更新日

2022年10月31日

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2022年10月31日

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地震や豪雨などの自然災害や今現在も続く新型コロナウイルス感染症のようなパンデミック、あるいは交通事故や急病は、いつ私たちに襲いかかってくるか予想することができません。こうした有事の際に重要となるのが「災害医療」や「救急医療」です。全国約2500の民間病院を主体として病院の資質向上などに取り組む「全日本病院協会(以下、全日病)」では、救急・防災委員会が中心となり、災害医療や救急医療に備えた体制構築・人材育成を行っています。同委員会の委員長である加納繁照先生(加納総合病院理事長)に、日本の救急医療の実態や、災害医療に対応する医療チーム立ち上げの際の苦労、実際に災害が起こった際に行ってきた活動についてお聞きしました。

“1枚の紙”に込められた感謝

「ありがとうAMAT」――。

2016年に起こった熊本地震では、AMAT(All Japan Hospital Medical Assistance Team:全日本病院医療支援班)の11チーム43人が11台の救急車で現場に急行しました。支援先の病院の窓に、その紙が張られているのを目にしたとき、「本当にAMATを組織してよかった」と実感することができました。

当時、派遣したAMATのメンバーはまず、我々が最優先すべき全日病加盟病院で患者さんの搬送や支援を行い、その後、県からの指示を仰ぎながら救護者あるいは避難者への支援も実施、私自身も熊本に足を運びました。感謝の言葉が書かれた張り紙を見たのは、AMATの支援活動が完了し隊員が引き上げた後の病院。もちろん、院長から直接お言葉もいただきましたが、その紙を見てそれまでの苦労が報われた思いでした。

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“仲間”の悲痛な叫びから誕生した「AMAT」

全日病には広報委員会や学術委員会など、23の常設委員会があり、各委員会がさまざまな方面から事業を展開しています。当委員会が特に力を入れているのが「災害医療」です。災害医療とは、医療の供給体制を超えるほどの需要が発生する状態で行う医療を指します。そして、全日病で災害医療を担う“実働部隊”がAMATです。AMATの設立は2011年3月に起こった東日本大震災で、私たちの仲間である民間病院が陥った苦境を目の当たりにしたことに端を発します。

そもそも日本が災害医療に備えて体制整備を推し進めたのは、1995年の阪神・淡路大震災がきっかけでした。当時の教訓を生かし、大規模災害、あるいは多くのけが人が発生するような大規模事故の際、すぐに現場で活動できる医療チーム「DMAT(Disaster Medical Assistance Team)*」の創設や、災害医療を行う医療機関を支援する病院である「災害拠点病院**」の全国的な設置がなされました。しかし、当時の災害拠点病院は国公立の病院がほとんどだったのです。

このような体制下で発生したのが東日本大震災です。国の体制整備のおかげもあり、被災地である宮城県の災害拠点病院の1つ、気仙沼市立病院にはすぐに国・自治体からDMATの派遣や物資の支援が行われました。

その一方で、気仙沼市立病院の近隣にある全日病加盟病院との連絡が途絶えたため、震災から5日ほどたった頃、仲間の先生が状況を確かめるために現地へ向かいました。4階建ての病院は2階まで津波にのまれ、1階部分はほぼ何もなくなってしまったような状況。人の気配も感じなかったため引き返そうとしたところ、上階から職員が降りてきました。

話を聞くと、その時病院には患者や医療従事者合わせて300人ほどがいたというのです。病院にあった食料などの備蓄は2日ほどでなくなり、わずかに残っている食料は患者さんに与え、職員はほぼ飲まず食わずの状態で踏ん張っていました。

これはあくまで一例にすぎず、連日、災害拠点病院に支援が送り込まれる様子が報道される陰で、「近隣の民間病院には支援が来ない」といったケースが多く発生していたのです。

こうした現実に対し、病院団体として民間病院が災害に見舞われた際の支援体制を整え、強化していく必要性を痛感し立ち上げたのが「AMAT」です。

AMATの特徴であり、DMATと大きく異なる点として、AMATは出動時に自院の救急車を使用するということが挙げられます。出動した先で患者さんを運ぶための足があるということは、非常に重要です。

2018年、西日本を中心として全国規模の被害を出した豪雨災害の際、岡山県では地元の救急車が足りないという状況にありました。そこでAMATは避難所から病院への患者さんの搬送を一手に引き受け、その機動力で地域の医療活動に大きく貢献することができました。

* DMAT(Disaster Medical Assistance Team):厚生労働省の認めた専門的な訓練を受けた災害派遣医療チーム
**災害拠点病院:災害拠点病院は、「24時間災害による緊急対応が可能で、被災地域のけが人の受け入れや搬送ができる」、「重症患者の受け入れ・搬送を、ヘリコプターなどを使用して実施できる」など複数の条件を満たす必要がある。

各民間病院の「思い」で成り立つAMAT

AMATを立ち上げた当初掲げた目標が、「DMATに準ずる災害時派遣医療チームを作る」ということでした。そこで我々はDMATのカリキュラムを参考に研修内容を作成し、隊員の養成を進めました。しかし、ここで大きな課題となったのが隊員の養成にかかる費用でした。

DMATは隊員の養成や備品にかかる費用が国の予算として組み込まれているため、全て補助金で賄われます。一方、AMATは全日病が独自で立ち上げたもので、養成にかかる費用は全て研修受講者が所属する病院が負担していました。研修には1人あたり5万円ほどかかり、1チーム3人の構成を基本としているため、各病院でAMATを1チーム作ろうとすると、約15万円もの費用負担を強いられたのです。また、当初は東京を中心に研修を実施していたため、遠方からの宿泊・交通費なども別途負担してもらう必要がありました。こうした条件でも、AMATの重要性・必要性を感じ、各病院は希望する職員を研修に送り出してくれたのです。

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活動訓練の様子

今でこそ研修にかかる費用に関して国から半分程度の補助が出るようになりましたが、それでも現在に至るまで、AMATは各民間病院の災害医療に対する「思い」で作り上げられ、成り立っていると感じています。

増加する高齢者救急と民間病院が担う役割

災害医療と並んで、当委員会が担う役割の1つが、高齢者救急を中心とした救急医療(突然の事故や体調不良など予期せず発生したけがや病気に対して行う医療)の受け入れ体制強化です。

近年日本では、高齢化に伴い救急車による搬送者の割合は高齢者が中心となりつつあります。

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さらに搬送理由の内訳に着目すると、交通事故による搬送の割合は減少傾向に、急病による搬送の割合が増加傾向にあることが分かります。

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救急医療は、それぞれの病気やけがの重症度・緊急度によって初期救急医療・第二次救急医療・第三次救急医療に分類され、民間病院が主体となる我々全日病が担うのは、主に二次救急医療です。

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今後、急病による高齢者救急が増加していくことを考えると、全日病としても救急医療に対する受け入れ体制をいかに整えていくかが重要であると認識しています。

各病院の善意に恩返しができる体制整備を

東日本大震災をきっかけに立ち上げたAMATは、各民間病院にさまざまな負担をお願いしながらここまで築き上げてきました。そうした負担を承知で、今もなお隊員数が増え続けていることは、非常に心強く、そしてありがたい気持ちです。

一方で、まだ各民間病院の善意、医療者の自己犠牲によって成り立っている部分を変えていくのが我々委員会の使命であると考えています。今後はきちんと病院への財政的なサポートや隊員たちに対するインセンティブのような形で恩返しができるよう、国や都道府県への提言・交渉を行い、保障などを含む体制の整備を進めていきたいと考えています。

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