世界各地で猛威を振るう新型コロナウイルス。国内では感染者数が一時減少したことから、2020年5月25日に緊急事態宣言が全面的に解除されました。しかしその影響と余波は大きく、全国の病院で外来・入院患者数の減少がみられ、病院経営は厳しい局面にあるとされています。今、医療の現場では何が起こっているのでしょうか。全国に26の施設を持つ平成医療福祉グループ代表、日本慢性期医療*協会会長の武久洋三先生にお話を伺いました。
※本記事は、2020年6月30日取材時点の情報に基づいて記載しています。
※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム(https://manseiki.com/)」によるものです。
*慢性期医療:状態が不安定な「急性期治療」を完了した、あるいは在宅療養中に状態が悪化した患者さんに対し、継続的な治療とリハビリテーションを行うことで在宅復帰を目指すもの
通常、病院は地域の中でそれぞれの特色を生かして機能分化しています。新型コロナウイルス感染症の疑いがある場合、本来は感染症対策が十分に行われ、新型コロナにも対応できる公的な急性期病院などで診ることが理想的です。とはいえ、現実にはそうはいきません。発熱などの症状がある人はまず自宅近くの医療機関を受診しますから、地域の診療所や慢性期病院は医療者としての使命を果たすべく、そのような患者さんを受け入れているということです。
しかし、診療所や慢性期病院はそもそも感染症の専門病院ではありません。そのため防備・対策が十分に行き届いていない可能性があり、ほかの病気で外来受診・入院している患者さんや働くスタッフへの感染リスクが上がる、という問題が生じます。特に慢性期病院には体力の低下した高齢の患者さんが多く入院しているため、何としても院内感染を回避しなければなりません。ある診療所では、高齢の医師が新型コロナウイルス感染症にかかり亡くなってしまった例もあると聞いています。
国内のこれまでの統計では、80歳以上の死亡率は20%ほどと高いだけでなく、若い方でも重症化したり命に関わったりする可能性があります。ワクチンや治療薬が開発されて新型コロナウイルス感染症による死亡率が低くなれば、従来のインフルエンザとそれほど変わらない状況になると考えられますが、そうでない限りは罹患(りかん)しないよう感染防止対策を徹底しなければなりません。
そもそも新型コロナ以前でも、全国の病院のうち7割以上の病院が赤字(民間病院は5割ほど、自治体病院は9割ほどが赤字)といわれていました。さらに新型コロナの影響により減収しているとすれば、今後、赤字の病院はそれ以上に増えるでしょう。実際、急性期病院では確実に外来・入院患者さんが減少していると聞きます。
新型コロナの前、2018年には全国に8300ほどの病院(診療所を除く)がありました。しかし今後、新型コロナによる経済的ダメージによって閉院を余儀なくされる病院が発生することで、2020年の暮れには8000を下回るまで減少すると予想しています。病院を存続するためには融資を受ける必要がありますが、このような先の見えない情勢では融資が受けにくいことも容易に想像できます。今、全国の病院は非常に厳しい状況にあるといえるでしょう。
平成医療福祉グループでも、新型コロナの影響により各病院で減収が見られています。一方で、感染症の防備・対策に必要なリソースの確保にも当然ながら費用がかかりますが、これは地域医療の一端を担う病院としては必須のことと捉えています。
2020年1月の時点で新型コロナウイルス感染症が日本を含むアジア広域で流行する可能性を予感し、早めに対策をとらなければと思いました。というのも、日本慢性期医療協会としてクルーズ船から上陸した患者さんの一部診療に携わっていたからです。そこで、グループ全体で感染症対策のマスクや防護服などの物資を補充し、新型コロナウイルス感染症疑いの患者さんに対応する診察室を用意するなどの対策を講じました。それでも感染拡大の一方で供給が滞っている間に物資は減っていき、感染症対策にはいつも以上に注意を払う必要がありますから、現場には常に緊張感が漂っていました。
手術件数は、確実に減っています。当グループには慢性期病院が多く、整形外科などの予定された手術が中心で、緊急性の高い手術はそれほど多くありません。患者さんは新型コロナを恐れて病院の受診や治療を我慢している可能性があります。実際、「外来には行きたくないので薬だけ処方してほしい」という患者さんの要望が増えているようです。当グループでも電話などによる薬剤処方に対応し、さらに一部の病院でオンライン診療を導入しています。
ここでお伝えしたいのは、緊急性の高くない手術であっても決して不要ではないということ。新型コロナへの感染を恐れて自己判断で病院の受診を控えることで、病気が進行したり、適切な治療のタイミングを逃してしまったりする可能性があります。そのため、病気の治療中や気になる症状がある場合には放置せず、かかりつけ医にご相談ください。
当グループには全国に1万5000人ほどの職員がいます。職員へのケアとしては、少しでも体調が悪いときには無理せず休暇をとるよう伝えていました。少しでも感染症の疑いがあるときには、まず職員の体調回復に努め、院内感染のリスクを回避することが重要と考えています。
体力の低下した高齢の方は肺炎にかかる方、それで亡くなる方も多いため、もともとグループ全体で呼吸器感染症を含む院内感染対策には力を入れていました。さらに現在、新型コロナの院内感染対策として、新型コロナウイルス感染症疑いの患者さんを院内ではなく別の場所で診察し、抗原検査などで疑いが強まった場合にはすぐに専門病院を紹介すること、また、玄関や通用口で体温測定や消毒をしっかりと行うなどの対策を徹底することに努めています。
医療・介護行為には、ICT(情報通信技術)化しにくいものとしやすいものがあります。たとえば患者さんの体を拭いたり注射を打ったり、リハビリを行うといった行為はhand to hand、つまり近くにいて触れることが必要であり、ICT化が難しいものです。一方、体温・血圧の測定や呼吸状態の確認など、患者さんの状態を記録し集約することはデバイスの活用によってICT化が可能です。たとえば、オンライン上の電子カルテにデータを記録し、その情報をリモートで受け取って管理できます。そして従来その作業にかかっていた手間や時間をhand to handの治療・ケアに回すことができるという点は非常に有益です。
新型コロナの影響により、これまでの価値観や社会構造が大きく変わるでしょう。産業の変革、地価の変動なども容易に想像できます。日本そのものが変化すると言っても過言ではありません。すると当然ながら私たち医療者も社会の変化を読み、先手を打たなければならない。その方法の1つが、オンライン診療の導入や、ICT化なのです。
一方で、それぞれの病院が役割を認識し、可能性がある限り一生懸命治療するという姿勢は必須です。「高齢だから」「新型コロナだから」は治療を諦める理由にはなりません。病院は看取りの場ではないのですから。このような考え方は新型コロナ前も、今も、そしてこれからも変わりないものです。
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