連載慢性期医療の今、未来

“語らない”日本人―喪失の悲しみや苦悩を抱える日本人の特徴とは

公開日

2021年10月08日

更新日

2021年10月08日

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2021年10月08日

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人生の中で、人はたびたびグリーフ(喪失、深い悲しみ、悲嘆、苦悩)に直面します。たとえば家族や友人などかけがえのない人との死別、経済的損失、病気、あるいは卒業や結婚などのライフイベントも一種の「喪失」といえます。グリーフを受け入れたり誰かと共有したりする方法は、国や文化によって異なるようです。その違いとはどのようなものでしょうか。上智大学グリーフケア研究所の伊藤高章先生(上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻教授)にお話を伺います。

※本記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。

日本は「語り」の文化が希薄?

先のページで、喪失体験を自分の中にうまく組み込むためには「語り=ナラティブ」のプロセスが重要であるとお伝えしました。

語りとは、自分の経験や思いを誰かに聴いてもらうことです。それによって、ご自分の心の中を整理することができます。語りには、よい聴き手が必要です。

語りのプロセスはグリーフと向き合ううえでとても重要なことですが、現代社会を生きる日本人は自分の話をするのが苦手なようです。その傾向が顕著に現れるのが「家庭の話」です。たとえば欧米の国々の多くでは、大抵、同僚の配偶者の名前を知っていますが、日本の場合はほとんど知らないですよね。それに象徴されるように日本の傾向として「自分自身の内面の動きを語る=シェアする」ことが日常的ではない文化があるのかもしれません。一方、語りの文化が根付いている国にはおそらく「喪失を抱えるのが普通」という価値観と、そんな弱い自分をシェアしようという習慣があるのだと思います。

誰でも喪失を抱える可能性があります。ですから、日々起こるさまざまな出来事やそのときに感じた思いを家族や友人、同僚など、信頼できる他者に聴いてもらうなかで「弱い自分」や「心のほころび」と向き合い、それと折り合いをつけて生きることが大切です。

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写真:PIXTA

日本における他者の死の受け止め方

日本では、遺体の腐食防止・修復・感染予防・化粧などを施す処置「エンバーミング」を行うことが増えているようです。日本遺体衛生保全協会のまとめによると、エンバーミングの件数は191件(1988年)から4万2760件(2020年)に増加しています。日本では「ご遺体を大切に見守ること」がこれまでよりも重視されるようになったのでしょう。近年、エンバーマーの重要な役割として、グリーフケアが挙げられるようになりました。

また、現在の日本では火葬が中心であるため(元来は土葬が主流だった)、きちんと火葬しないと死者に申し訳ないという気持ちを抱く方も多いようです。東日本大震災のときには、火葬場の稼働が追い付かずに一時的に土葬をされた方々いましたが、落ち着いた頃にほとんどのご遺族があらためて火葬を行っていました。このように、埋葬の方法1つ取ってもさまざまな形があるのです。

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写真:PIXTA

国が違えば「悲嘆」の表現も異なる

グリーフの中でも、「悲嘆」をどう表現するかは文化的な傾向が現れやすいようです。たとえば韓国では、人が亡くなったときに大勢で集まり大きな声で泣いて死を悲しむ習慣があります。その象徴の1つが、葬儀の際に雇われるという“泣き女”です。泣き女は悲しみに暮れる遺族の代わりに大声で泣き、ほかの参列者の涙を誘います。流れる涙が多ければ多いほど、故人の徳が高まるとされているのです。

アメリカの病院で働いていた頃、看護師から「◯◯さん(韓国人の患者さん)が亡くなる前に何を準備したらよいか」と聞かれ、「ご家族が総出でいらっしゃると思うので個室に移動しましょう」と答えました。実際にその患者さんが亡くなったときには20人近くが集まり、皆で涙を流していました。

死をどう受け入れるかという視点

自分の死、すなわち命を失うということは究極的な「喪失」かもしれません。

私たちが人生の最終段階にある人をケアするときには、ご本人が残りの時間についてある程度理解されていることを前提として、その方が今感じていることや、人生の振り返り、そして可能ならば死への思いを伺います。お話を伺う際は、言葉や知識が実際の思いを追い越して行ってしまうこともあるので、少しずつ実感を確かめながら、急がずに、人生の味わいを確かめ、次のステージへの移行を受け入れる準備に寄りそうようなイメージです。

死後の世界をどう捉えるかは文化や宗教によっても異なります。たとえばキリスト教文化圏の場合は「死後は神様のもと(天国)へ行ける」と心の中を整理する方もいます。また、日本における仏教には「人が現世での生涯を終えた後は極楽浄土へ行く(往生する)」という思想があります。いずれにせよ、ご本人が心から信じているものでないとあまり役に立ちません。たとえば無宗教の人に「神様はあなたを愛していますから、亡くなった後は天国へ行けます」と言っても、説得力はないでしょう。ご本人が信じ、実感しているものをよりどころにしながら、お話を深く聴いていくことが重要です。

 

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