栄養や水を胃や腸に直接送り込む「人工栄養(経管栄養)」。高齢化の進展とともに、人工栄養を行う人の割合は介護療養病床で62.2%、医療療養病床で63.3%と非常に多い現状があります(2015年データ)。2013年に発足したNPO法人口から食べる幸せを守る会の理事長を務め、普及啓発や研修などの活動に尽力する看護師の小山珠美さんに、口から食べられない不条理がどのように生まれたのか、その経緯と活動に込める思いを伺いました。
※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。
私が看護師として働き始めた1990年代、当時は日本の高齢化が進んでおり、同時に胃瘻などの人工栄養が普及しつつあった時期です。人工栄養は本来、口から食べることが難しくなった方に対し、一時的に胃や腸を使うために導入されました。ところが急激に高齢化が進展し、口から食べることが難しい要介護の高齢の方が増加しました。
それにより、誤嚥性肺炎(食道へ入るべき唾液や食べ物などが気管に入り、細菌を気道に誤って吸引することにより発症する肺炎)を懸念し、人工栄養を選択するケースが増えたのです。中には、誤嚥性肺炎のリスクを過度に懸念する例もありました。つまり、口から食べることのメリットよりもリスクを重視する状況が生まれたわけです。
このような変化は、一部の方に「口から食べられない(食べさせてもらえない)」不条理をもたらしました。五感を使って食べ物を体に取り入れ、おいしく・楽しく食べることは身体的にも精神的にも必要なことなのに、その機会を奪われてしまう方が多くいたのです。
想像してみてください。もし今日から流動食しか食べられないと言われたらどうでしょう。もし大切なご家族が人工栄養になり、食べる楽しみを奪われてしまったら「なんとか食べられるようにしたい」と思うのではないでしょうか。
もちろん誤嚥性肺炎の予防という観点から人工栄養が必要なケースもありますし、栄養と水分は人工栄養でも補給できるでしょう。しかし、しかるべきことを行い食べられるように試みれば、食べられる方はもっといると思いました。「あまりにも簡単に人工栄養を選択してはいないか」「どうしたら食べたいという思いをかなえられるのだろう」、そんな疑問を抱くようになりました。これが現在の活動を始めた原点です。
私たちは、口から食べることの大切さに関する普及啓発活動と、より良質な食支援ができる人材育成に努めています。その目的は「口から食べて幸せに暮らせる優しい社会」を実現することです。現在の会員数は300人ほどで、多職種で構成された理事7人を中心に活動を進めています(2021年5月時点)。
現在日本の高齢化率は28.7%(2020年データ)です。2030年には総人口の31.2%が65歳以上となり、2040年には35%を超えると見込まれています。3人に1人が65歳以上となる社会では、後期高齢者も増加し、認知症の患者さんも増えていきます。すると当然ながら、口から食べることが難しくなる方も増加するでしょう。そのようななかで、口から食べて幸せに暮らせる優しい社会を実現させたいという思いを持ち、その思いをかなえるために知識と技術を重ねられる「実践者」を増やすこと。これが私たちの活動の目標です。
活動などを通じて、さまざまな方から相談が寄せられます。主に、食支援をする側の医療者・介護者からの相談、食支援を受ける側の当事者やご家族からの相談の2種類です。
まず支援する側の相談としては「誤嚥性肺炎が怖いので口から食べさせることが難しい」「認知機能が低下している方や衰弱している方の食支援が困難」など、患者さんの状態や病気を踏まえた相談が多いです。このような相談に対しては、その思いをかなえるための技術指導を行い、組織・チーム改善の可能性について検討します。患者さんの身体的な要因だけでなく、支援者側の技術や知識、チーム体制を見直すことで、口から食べる可能性を模索するのです。
一方、当事者やご家族からは「(ご本人が)口から食べたいのに医療・介護者から許可されない」「(ご家族としてご本人に)食べさせたいのに医療・介護者から許可されない」などの相談が多く見られます。このような相談に対しては、体や病気の状態によって人工栄養が必要なケースもあることをお伝えし、そのうえで医療者・介護者とどのようにコミュニケーションを取れば「食べたい」「食べさせたい」という思いを実現しやすいのかをアドバイスしています。
皆さんが「口から食べることをサポートしたい」「家族の食支援についてもっと知りたい」と思ったときには、まずはそれを一緒に進めてくれる仲間を作ることから始めてみてください。1人だけで実現することは難しいので、1人でも2人でもよいので理解者を探して、そこから少しずつ知識や技術を活用して食支援を実践することが大切だと思います。食支援に関する情報がほしいときには、ぜひ当法人のホームページや研修などを活用してください。お困りのことがあれば、当法人ホームページまでお問い合わせいただければと思います。
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