世界中の人が自律的な健康を得られる社会を実現するために、次世代の医療技術を次々と生み出しているナノ医療イノベーションセンター。4階建ての施設には研究室や薬の研究開発を行う実験エリアのみならず、診断・治療機器の工作室、研究者の方々がコミュニケーションを取り合うマグネットエリアまであり、ナノ医療の実用化に向けた多様な技術が日々生み出されています。同センターコミュニケーションマネージャーの島﨑眞さんと企画・コミュニケーション担当の山本美里さんに施設内をご案内いただきました。
※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。
ナノ医療イノベーションセンター
当センターは4階建てで、フロアが上がるごとに基礎研究から実臨床に近い研究へと変わっていく構造です。各フロアには、それぞれの研究内容に沿った特徴的な部屋が設けられています。
ここからは、当センターの中でも特徴的な設備と研究内容を紹介します。
山本美里さん
動物実験エリアの飼育室では企業やセンターの研究員が使うマウスやラットの管理が行われていて、2022年11月現在、マウスを1万3000匹以上、ラットを2500匹以上飼育可能です。掃除や給餌は専属の業者に依頼していて、一定の環境下で動物を管理しています。
飼育を各自で行うと、各自で少しずつ動物の扱い方が異なるため、飼育環境や動物にかかってくるストレスの度合いにどうしても差が生じてしまいます。ストレス値が違うとそれがデータにも影響してしまうので、一律の条件を整えるという意味でも専属の業者が飼育を行うのは非常に重要なのです。
生物系実験エリアには、細胞1つを生きたまま観察できる共焦点レーザー顕微鏡があります。この顕微鏡を使うと細胞が一層に並ぶように映るので、がん細胞に抗がん剤を搭載したナノマシンが取り込まれてがん細胞が死滅していく様子をリアルタイムで確認し、鮮明な動画を撮影することが可能です。
共焦点レーザー顕微鏡
抗がん剤を搭載したナノマシンは、がん細胞の中に到達したときだけ抗がん剤を放出するよう工夫が施されています。ナノマシンと抗がん剤が“ひも”のような物質でつながっていて、ナノマシンががん細胞の中に入ったときだけ、この“ひも”が切れる仕組みになっているのです。がん細胞は酸素が少ない環境下で生き延びるため、正常な細胞よりも乳酸が多くでき、細胞内が酸性になります。これに対して正常な細胞内はアルカリ性~中性です。“ひも”は酸性の環境で切れるようになっているので、正常な細胞の中では抗がん剤が放出されません。したがって、副作用を抑えながらがんを治療することが可能になります。
島﨑眞さん
シェアラボの室内
センター内には、企業に場所を貸し出しているシェアラボエリアもあります。実験をするために企業内で一通りの機器をそろえようとすると、莫大な費用がかかってしまい、起業したての企業は大変です。そこで、このエリアの一角を月額で貸し出して、当センターにある機器や設備を共有で使えるようにしています。企業にとっては、先行投資を抑えて実験に取り組めるのが大きなメリットです。
物性解析系機器で研究を行っている様子
材料評価エリアは、当センターが作っているナノ医薬品の物理的・化学的性質を評価するための実験室です。病院の検査でも使われているMRIの仕組みを使って、物質の性質を調べています。たとえば、合成したナノ医薬品が狙い通りの構造になっているかどうかを評価することが可能です。
合成実験室室内の様子
合成実験室ではメッセンジャーRNAを使ったワクチンを室温で保管できるようにするための研究も行われているのです。種類によりますが、現在のところメッセンジャーRNAワクチンはマイナス75℃を保てる特別な冷凍庫がある環境でないと保管できません。そのため、流通が大変だったり、ワクチンを接種できる場所が限られていたりします。室温でも安定的にメッセンジャーRNAワクチンを保存できるように、メッセンジャーRNAを凍結乾燥してパウダー状にして、常温で保管する方法の研究を進めています。
機械工作室内の様子
機械工作室は、ナノ精度で半導体を製造するためのエリアです。血管まで到達しなくても血液検査と同等な検査ができるような1本直径1mm未満のマイクロ針などを開発しています。マイクロ針の技術は検査だけでなく、糖尿病治療への応用も期待されており、開発が進めば患者さん・医療従事者双方の負担も軽減させることができるでしょう。
マグネットエリア
マグネットエリアは、異なる分野の研究者同士が自由に交流できるスペースです。新型コロナウイルス感染症が拡大してから中止になってしまいましたが、以前はワンコインパーティーのような気軽な交流会も実施していました。マグネットエリアは各フロアに設置していて、フロアごとにコンセプトが異なります。
マグネットエリアから多摩川を一望できる
多摩川スカイブリッジを渡ると羽田空港にもつながっていて、海外の医師が研修のためにキングスカイフロントを訪れることもあります。
当センターは2045年の体内病院の完成に向けて、これからも研究を進めていきます。ただ、誰もが病気を気にすることなく暮らせる社会を実現させるために必要なことは、医療技術の進歩だけではありません。健康や在宅でのケアに対する一人ひとりの知識レベルが上がってこそ実現できるものだと考えています。今後は川崎市看護協会とも連携しながら、市民の皆さんに向けた活動も実施していく予定です。
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