連載慢性期医療の今、未来

医療×工学×看護で人々を健康長寿に導く―だれでも手軽に使えるケア技術の創出目指す

公開日

2023年01月06日

更新日

2023年01月06日

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2023年01月06日

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日本における少子高齢化の問題は非常に深刻です。超高齢社会では看護・ケアの需要が格段に上昇するにもかかわらず、診断・治療技術の革新が進む医療現場とは対照的に、看護やケアを行う現場にはまったくと言ってよいほど技術革新がありません。この点に着眼したナノ医療イノベーションセンター(iCONM、川崎市川崎区)の構想は2022年10月に文部科学省/JSTの共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)川崎拠点として採択され、新規プロジェクト「レジリエント健康長寿社会の実現を先導するグローバルエコシステム形成拠点」が発足しました。超高齢社会における看護の課題に焦点をあて、誰もが手軽に扱うことのできる医療製品の研究・開発と、その製品を扱う上で必要なケアリテラシーの醸成を行います。プロジェクトリーダーである東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻教授の一木隆範先生にお話を伺いました。

※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。

テクノロジーの力で過酷な看護・ケア現場の改善を

看護の現場は私たちが想像する以上に過酷です。特に在宅看護では、患者さんの状態を判断する際、自分の手と目と経験が頼りで、そこに科学技術はありません。看護師の人手不足が問題視されている中にあっても、変化が起こっていないのです。しかし本当は、医師がバイオマーカーなどの数値を頼りに判断しているのと同じように、看護師にも客観的判断を行うためのツールやケアを円滑に行うための機器が必要です。ほかにも、訪問看護・ケアには多くのニーズが存在していました。国は在宅医療の強化を訴えていますが、看護現場での本質的な課題解決がなされていないことから考えると、医療崩壊も決して大げさではないでしょう。看護現場におけるイノベーションを実現し、質・量ともに十分な看護の提供体制を構築する必要があります。

病に対する復元力を高めるために―医療×工学×看護で先導

iCONMの目標は、2045 年度に「体内病院」を実現させることです。体内病院とは、ウイルスサイズの病院(スマートナノマシン)が体内の微小環境(がん細胞の周囲に作られる特殊な環境)を自律巡回し、24時間診断を行いながら、異常時には即座に治療する仕組みです。突飛な印象を受ける方もいるかもしれませんが、今や多くの人が使っているコンタクトレンズも眼内にレンズを入れるわけです。医療技術の変遷を鑑み、私たちは「体内に医療技術が存在する」ことこそ究極の未来だと考えました。

今回私たちのプロジェクトが採択された「共創の場形成支援プログラム」とは、未来のありたい社会像(拠点ビジョン)の実現に向けた研究開発や産学官共創システムの構築を、国(文部科学省/国立研究開発法人科学技術振興機構)が支援する取り組みのことです。 私たちは「医工看共創が先導するレジリエント*健康長寿社会」をビジョンに掲げ、4つのターゲットと5つの研究開発課題を策定しました。しなやかな医療・ケアシステムの構築によって在宅医療における診断から治療までを簡便化し、患者さんと看護師両方の負担を減らすことを目標にしています。

そして最終的には、看護の知識がない患者さん家族でも自宅で手軽に使うことができるケアテクノロジーを生み出したいと考えています。

以下、4つのターゲットそれぞれについて説明します。

*レジリエント:病に対して“しなやかな復元力”を有する状態のこと

みまもり技術でどこでも診断

血液や尿、唾液などの体液に含まれるマイクロRNA (miRNA) は、さまざまな病気の診断に役立つバイオマーカー候補として注目されています。そのmiRNAを始めとする核酸関連物質を安定的に体内で運ぶ細胞外小胞(エクソゾーム)が私の研究テーマで、がんをはじめとする難治疾患の早期検出や治療効果判定に利用できる疾病マーカー候補、さらには治療への応用が期待されていますが、その分析・同定技術はいまだ確立されていません。そこで、この問題に取り組むべくナノ粒子解析装置の開発を始めました。ほかにも、呼気によって健康管理ができるシステムやパッチ型デバイスなどの研究・開発を行っています。

在宅で手軽な看護・治療

血管が脆く・硬くなっている高齢の方に注射をするのは大変な行為です。裏を返せば、血を採らなくても診断・治療できる機器があればよいわけです。そこで私たちは、定期的なインスリン注射を必要とする糖尿病領域に注目して、血糖値依存的にインスリンが自動で供給されるマイクロニードル技術を確立しました。このほか、AIを使った服薬管理システムの開発も行っており、今後は病院のような専門施設でないと管理が難しいとされているワクチンなどを自宅でも管理できるような技術開発も目指したいと考えています。

老化制御で健康回復

医療・ケアシステムの構築と並行して、老化の抑制に着目した研究も行っています。慢性疾患を持つ患者さんは、老化が原因で起こる病気が積み重なっていく傾向にあり、レジリエント健康長寿社会を目指すうえでは、身体機能の衰えを遅らせるエイジングコントロールが重要となるためです。私たちのグループはもともと医薬品をつくる技術を強みにしているので、老化制御医薬品等の開発によって身体機能の低下を遅らせ、健康寿命を延ばす取り組みにも力を入れています。

社会基盤をつくる

レジリエント健康長寿社会の実現のためには、アイデアの種をくださる川崎市看護協会や看護大学、ビジネスとしてのチャンスを感じて協力してくださる企業、そして何よりケアに携わるための知識と理解力(ケアリテラシー)を高める意欲がある市民の協力が必要です。市民向け広報イベントや川崎市看護協会との意見交換会の実施をとおして、共感・実証フィールドの設立にも取り組んでいます。

在宅医療では、看護師が24時間患者に寄り添うことはできません。患者さんの家族を含む一般市民が、ケアテクノロジーを活用するうえでも重要なケアリテラシーを習得していく必要があります。そこで私たちは、人生の中で生じ得る様々な健康課題を学び、自分自身や周囲の人々へのケアについて学習するプログラムの開発も行っています。「そもそもケアとは何か」「なぜ必要なのか」「どれだけ大変なことなのか」という基本を学んでいただくことは、新しい技術を知っていただく以上に価値があると考えており、東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 高齢者在宅長期ケア看護学/緩和ケア看護学分野 准教授の五十嵐歩先生が本研究開発課題を先導しています。そして、ケアリテラシー認定制度を設けることによってケアに対する理解を深め、当事者意識を持つきっかけを作っていく機会も検討しています。

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五十嵐歩先生(写真左)、一木隆範先生(写真右)

未来の医療・ケアシステムを社会に浸透させるために

本来は大人が担うと想定されている家事や家族の世話を子どもが日常的に行う“ヤングケアラー”の問題解決の端緒は開かれてきていますが、まだまだ浸透していないため、当事者が自分だけで問題を抱え込んでしまうケースも少なくありません。私たちの研究が、ケアに取り組む若者の一助となることを願っています。そして若い方々には、ぜひ早いうちからケアに興味を持ち、その重要性と課題を認識していただきたいと思います。

画期的な技術は浸透までに時間がかかります。しかし、皆が当事者意識を持って捉えることができれば、浸透までのスピードを速めることも可能です。「皆で変えましょう、未来は変えられますよ」という認識を、まずは看護師と共有して、最終的には川崎市民の方々に広げていきたいですね。

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