連載慢性期医療の今、未来

日本で新型コロナの集団免疫は確立する?―海外の状況を踏まえて

公開日

2021年07月19日

更新日

2021年07月19日

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2021年07月19日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2021年07月19日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)に対して全国的にワクチン接種が進むなか、「日本で集団免疫は成立するのか」「いつ安心して生活できるようになるのか」などの疑問を抱く方も多いでしょう。そこで、集団免疫の考え方や接種が進む世界の現状について、宮坂昌之先生(大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授)に最新免疫学の観点でご解説いただきます。

※本記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。

集団免疫を考えるときのポイント―基本再生産数とは

集団免疫とは、ある集団において多くの人が感染症にかかるかワクチン接種をすることで免疫を獲得し、それにより集団全体が感染症から守られるようになる現象です。

社会が集団免疫を獲得するには、その中に一定以上の割合で免疫保有者が存在しなければなりません。その最低限の割合を「集団免疫閾値(いきち)」といい、その値は感染症により異なります(感染症ごとに感染力に差があるため)。そして、集団免疫を計算するのに重要なものが基本再生産数(R0)、すなわち1人の感染者が周りの未感染者のうち何人に感染させうるのかを示す数字です。たとえば、感染力がとても強い麻疹(ましん)は基本再生産数が12~18ですから、感染者1人が周りの12~18人に感染を広げてしまうことが想定されるのです。

今の基本再生産数は「古い学問」によるもの

では、COVID-19の場合はどうでしょう。当初、COVID-19の基本再生産数は2.5という目安が出ていました。これを集団免疫閾値の計算式に当てはめると、60%という数字が出てきます。もし基本再生産数が2.5であるならば、COVID-19の場合は集団の60%が免疫を獲得していれば、それ以上感染は広がらないというのがこれまでの考えでした。

ただし、ここで注意しなければならないのが、今ご説明してきた集団免疫の考え方は古い学問によるものだったということです。たとえば、社会を構成する人々が均一の能力を持っているという前提に立っているのですが、実際にそんなことはあり得ませんよね。免疫の強さ(ウイルスへの抵抗性)には個人差があり、免疫が弱い人から先に感染していきます。ということは、感染が広がるほど免疫の強い人が残るので、感染は一様には進みません。

また、感染が進むと人々は恐ろしくなるので、行動を規制し、人との距離をとります。そうなると、感染のリスクはかなり低下します。行動制限に関して極端なことをいうと、われわれが90日間1回も外に出ないで自宅にこもってさえいれば、コロナで亡くなる人は亡くなり、治る人は治るので、理論上90日間後には日本から新型コロナウイルスはまったく消えるはずなのです。そのくらい行動制限は有用なのです。

たとえそこまでするのは現実的に無理だとしても、行動や社会の状況を変えることができれば、1人の人が感染させうる人の数は変化するはずです。

つまり今の基本再生産数2.5という数字は、誰もが均一な能力を持ち、社会で一切対策が取られていない場合の感染力を表すものです。しかし、実際の状況ははるかに複雑で、刻一刻と数字が変わります。集団免疫閾値は状況によって大きく変わるものなのです。

ワクチン接種が進む海外の状況

それでは、新型コロナワクチン接種が進んでいる他国の状況はどうでしょうか。

イスラエル*では2回接種が完了した人口が6割ほどに達しました(2021年6月時点)。ワクチン接種を開始した2020年12月下旬に比べて感染者数は明らかに減少し、6月中旬の新規感染者数は1日に10万人あたり1.6人でした(2021年6月16日時点データ)。そして、全年代を通じて死亡者数が大幅に減少しています。

このことから分かるのは、新型コロナワクチンには当初いわれていた発症予防の効果だけでなく、感染予防の効果もあるということです。感染を予防できているから感染者が減少し、結果的に重症者・死亡者も現象していると推測できます。

イスラエルのヤッファ旧市街 写真:PIXTA
イスラエルのヤッファ旧市街 写真:PIXTA

 

ただ、今になってイスラエルでは新規感染者が少しずつ増え始めました。どこで増えているのかというと、主にワクチンを接種していない人たちと、1回しか接種しなかった人たちなのです。これと同じような現象が、実は人口の58%が2回接種を終えたイギリス**でも起こっています。

*イスラエルでは 2020 年 12 月 20 日からファイザー製のワクチンを用いて接種が行われている。

**イギリスでは2020 年 12 月 8 日からファイザー製のワクチン、2021 年 1 月 4 日からアストラゼネカ製のワクチンの接種が開始され、6 月 1 日現在、モデルナ製のワクチンを併せた計3 種類のワクチンが用いられている。

日本で集団免疫を獲得できる日は来るのか

このような世界の状況を見ると、おそらく日本でも同じようなことが起こる可能性があります。すなわち、全人口の6~7割が2回のワクチン接種を完了することで感染者や重症者が大幅に減少しますが、少し時間がたつと接種していない人たち・1回しか接種していない人たちの中で感染者が出てくる、ということです。

当初、私は人口の4割ほどが2回接種を完了すれば感染の拡大は止まるのではないかと予想していました。しかしイスラエルやイギリスの例を見ると、人口の6割が2回接種しても集団免疫の獲得には不十分である可能性が高いです。

これには、COVID-19という病気の特性も関係しているでしょう。それはすなわち、感染しても症状が出ない場合があるという特性です。そのため感染していることに気付かないまま感染者が外に出て人に接触し、感染を広げてしまう危険性があるのです。また、症状が出ないので実感がなく、「自分はかからない」「重症化しない」と誤解している人もいるようです。

しかし、気付かないうちに感染していたら自分だけでなく周りの人、ご家族や大切な人にも感染させてしまう可能性があることをよく理解していただきたいです。

 

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