「コミュニケーション・ファースト」をテーマに、第30回日本慢性期医療学会が2022年11月17~18日、国立京都国際会館で開催され、日本のコミュニケーションや医療現場でのコミュニケーション課題についての講演が多数行われました。その中から、マリ共和国出身で日本に31年間在住し、京都精華大学人間環境デザインプログラム教授で、コミュニティ論/建築計画を専門にするウスビ サコ先生による「コミュニケーションとは」の講演ダイジェストをレポートします。
※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。
近年、グローバル化の概念が世界的に重要視されるようになってきました。世界保健機関(WHO)によると、グローバリゼーションとは「人々と国の相互接続性と相互依存性の向上」と定義されています。つまり、地球規模で人や商品、サービス、金融、情報などの移動や交換スピードが速くなっており、物事の価値が一国の判断で決められなくなってきているということです。
グローバル化においてもっとも重要なのが多様性(個人間に違いが存在するのを認識すること)です。多様性を認めることは違いを認めることだとよくいわれますが、それではマイノリティの優遇にとどまってしまいます。多様性を認めるうえで大事なことは、マジョリティであるかマイノリティであるか、認めるか認めないかといった話を超えて、そもそも当たり前の基準が自分と相手とでは違うという意識を持つことではないでしょうか。私たちは一人ひとりに異なる特徴があるのに、それを抑えて周りに合わせなければならない状況に問題があると感じています。
また、多様性のなかでは、多文化主義(複数の文化が社会で受け入れられ、促進されること)も非常に重要な要素です。とくに医療現場では、相手を日本人、マリ人、中国人などと国籍によってパッケージ化してまとめるのではなく、皆「人間」として見ていくべきだと考えています。
グローバル化が進むなかで、これからは外国から多くの留学生や労働者、高度人材などが日本に流れ込んでくることが予想されます。日本は高齢化が進み人口も減少していくと考えられますが、世界人口は増えているためです。
在留外国人の人数が増えるなかで、もっとも大きな問題になるのが医療といわれています。日本の医療現場にも外国人が流れ込んでくるでしょうから、多様性を重んじる医療コミュニケーションの重要性は増してきます。日本の医療は充実していますが、今後は患者さんとのコミュニケーションにおいて宗教や教育、法律などさまざまな面で課題に直面することもあるでしょう。たとえば、それぞれ異なる文化を持つマリ共和国と日本とでは、「命」という概念の捉え方が異なります。「命」に対する考え方が違えば、その患者さんを治療する意味や目的も変わってくることが考えられます。そういったなかで、患者さんとのコミュニケーションの重要性について、あらためて考える必要があると思っています。
このほか、日本では諸外国と異なり、英語でコミュニケーションできる病院があるか、健康保険は使えるか、自分に処方された薬をどう解釈するかといった問題を、受診する側が自分で調べて病院に行かなければなりません。諸外国との細かな文化の違いは、これからの日本の医療現場における課題です。
私が日本に留学してきたとき、日本人のコミュニケーションの取り方はとても面白いと感じました。たとえば相手の年齢で接し方を変えたり、血液型など特定のフレームの中に収めて相手を判断したりといった特徴があるのです。私の場合は、見た目で「日本語を話せない」と判断されて、英語で話しかけられたこともありました。外国人という1つのフレームに当てはめられていたのです。ただ、このようなコミュニケーションの特徴は日本人だけに限ったことではありません。外国人と一括りにして接する習慣は、どの国でも起こり得ることです。
コミュニケーション問題を世界的に研究した文化人類学者のエドワード・ホール氏によると、コミュニケーションの取り方は2種類に分けられます。1つは「ハイコンテクスト」といい、文脈や暗黙知を重視して、互いに相手の意図を察しながらコミュニケーションを取る文化です。日本では“空気”とも呼ばれますね。もう1つは「ローコンテクスト」といい、言葉の意味に沿って論理性を重視したコミュニケーションを取る文化です。日本人には“空気”を読んで、物事を批判的に捉えず、人に合わせることでトラブルを避けようとするコミュニケーションが浸透しています。しかし、“空気”を読みすぎる文化のためにコミュニケーションが難しくなっている場面も多いのではないでしょうか。
グローバル化に伴って、1つの文化や社会の中で過ごすモデルは揺らぎつつあり、自国の常識だけで生活することが難しくなっています。そのようななか、他者とコミュニケーションを取るうえで重要なのがアイデンティティー、すなわち軸です。
人とコミュニケーションを取るうえで重要なことは、対話を通して自己認識を深めることと、自分の言葉を持つことです。自分のアイデンティティーを持っている人は、他者と問題なくコミュニケーションを取ることができます。しかし近年、このアイデンティティーに自信がない人が増えているように感じます。自分のアイデンティティーに自信がなくなると、異なる価値観をなかなか認められず、コミュニケーションが難しくなってしまうのです。
失われた自信をどう取り戻すかは、教育の現場でも重要な課題です。私は学生たちに「自分の当たり前がほかの人にとっての当たり前ではない」と伝えることにより、「自分とは何者なのか」「他者と自分はどう共存すればよいのか」を考えてもらいたい。そのきっかけを作るために、学生をマリ共和国に連れていき、現地の人と文化交流させるなど、外に目を向けて自分と出会ってもらう機会をつくっています。
ここまで述べてきたとおり、グローバル化が進む今日の社会では、お互いの価値観を認め、多様性を重んじることが重要です。「私の当たり前があなたの当たり前ではない」ことを理解するのは難しくはありませんが、進んで意識しておく必要があると感じています。自分自身もグローバルな人間の1人であることを忘れてはいけません。
私はよく学生たちに、「自分の変化を恐れるな」と伝えています。社会は日々移り変わる答えのない世界だからこそ、「問い」を立てる力が大切です。分からないことがあったとき、“空気”を読んで分かるふりをする必要はなく、質問すればよいのです。
“空気”を読む文化はあってよいものですし、否定するつもりは一切ありません。ただ、“空気”を読みすぎることで自分たちを不自由にする必要は、どこにもないと思っています。グローバルな時代をよりよく生きるためにも、問いは非常に重要なコミュニケーション手段の1つで、コミュニケーションの始まりでもあるのです。
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