高齢の方を中心とする摂食嚥下障害の治療やリハビリテーションに取り組み、往診による在宅診療や地域連携を積極的に行う戸原 玄(とはら はるか)先生(東京医科歯科大学 摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授)。近年では、口腔機能の虚弱を表す「オーラルフレイル」の治療や啓発活動に尽力し、さらに、がんで声を失った方たちが声を取り戻すための人工喉頭の開発に力を注いでいます。その思いと取り組みについてお話を伺いました。
※本記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。
先のページでもご紹介したように、「摂食嚥下関連医療資源マップ」では、嚥下障害に関する治療・ケアを提供する医療機関、嚥下障害やオーラルフレイルの方でも食べやすい食事を提供しているお店やサービス、訪問診療でのインプラントに関する相談が可能な医療機関の情報などを掲載しています。
これは元々、摂食嚥下障害に対応してくれる医療機関やお店などの所在が分からず困っている方がいるという課題があり、作成しました。たとえば外食をしたくても食べられるものが限られるからやめる、吸引器を持って行くとお店の迷惑になるかもとためらう方が多くいたのです。そのような方々に対して医科・歯科を問わずに摂食嚥下障害の問題に対応してくれる医療機関やお店を探すためのプラットフォームになればと考えました。まだ数が十分ではないので、医療機関やお店の登録を希望される場合にはお問合せのページからぜひご連絡ください。
私が高齢の方を中心とした摂食嚥下障害の治療やリハビリテーションの分野に携わるようになった最初のきっかけは、教授からの依頼です。当時は1990年代の終わりで、その分野ではまだ多くの研究がされておらず、ほぼ未開拓の分野でした。そのような先人の少ない分野で新しいことを発見し、結果につながる研究に大きなやりがいを感じました。
新しい分野での研究なので当然ながら壁にぶつかることもありますが、できないことや分からないことを1つ1つ乗り越えることが面白く、また新たな課題を見つける過程にワクワクしました。研究の成果によって困っていた患者さんに喜んでもらえたり笑顔を見られたりすると、私自身も非常にうれしくなります。
研究を始めた当初は自分1人で勉強することが中心でしたが、最近では後輩たちにもいろいろと協力してもらっています。彼らが頑張っている姿は、仕事における1つのモチベーションになっていますね。
今もっとも力を入れているのが「人工喉頭」の研究開発です。人工喉頭とは、喉頭がんなどにより声を失った方の発声を補助する代用発声デバイスです。これまでも電気式人工喉頭をはじめとするいくつかの方法がありましたが、発声の自然さ・声量・見た目・コストなどの面でさまざまな課題がありました。
そこで私たちは、声帯の機能を代替するマウスピース型の人工喉頭「Voice Retriever」を開発しました。音を口の中で共鳴させて、口を動かすことで話せるという仕組みです。この人工喉頭を使うと、喉頭全摘や気管切開などで声を失った方が声を取り戻すことができます。
これまでの電気式人工喉頭は首に自分で押し当てる必要がありましたが、これはマウスピースを口に入れてスイッチを押すだけで話すことができ、首から下がほとんど動かない方でも使用が可能です。また、昔の自分の声や家族の声を使って、本人の声に近い声で話すことができます。課題としては、口角から1本線が出てしまうこと(マスクをすれば見えませんが)、口の中にものを入れるので違和感があること、抑揚がなく棒読みのような声になってしまうことです。
抑揚がない点を克服するために、明和電機の協力を得て、オタマトーンという電子楽器と連携させて抑揚のある声を出せるモデルを開発しました。指でオタマトーンの真っ直ぐな部分に触れると、その場所によって音が上下します。現在、このモデルを患者さんに使ってもらい、実用化に向けた検討を進めています。実際に使用する様子は東京医科歯科摂食嚥下リハのTwitterでご覧いただけます。
そのほかにも、寝たきりの方が体重を測れないという課題を解決するための機械の開発、オンラインでの診療やセカンドオピニオンの整備など、種々の取り組みを進めています。オンライン診療とセカンドオピニオンは、遠方に住んでいる方の相談に乗る際に便利なツールとなっています。
また、経験が豊富な歯科医師の診療をオンラインで学生が学べる遠隔教育についても実現に向けて活動中です。現状では歯科医師・歯科衛生士に摂食嚥下障害やオーラルフレイルの知識が不足しているため、卒前・卒後教育でこのような遠隔教育が可能になればよいと考えています。これからもさまざまな取り組みを通じて、摂食嚥下障害やオーラルフレイルの方々やご家族の力になりたいです。
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