ラテン語の毒(virus)に由来する言葉、「ウイルス」。1892年に初めて発見されたウイルスはタバコモザイクウイルス(TMV)といい、植物に感染するものでした。語源からも分かるように長い間ウイルスは病原体として捉えられ、その克服が研究における最大のテーマとされてきました。ところが、近年の研究で人や動物のゲノム(遺伝情報)にウイルス由来のものが発見され、常在するウイルスの存在が明らかになってきたのです。佐藤佳先生(東京大学医科学研究所感染制御系システムウイルス学分野准教授)に、近年の研究で見えてきた新たなウイルスの側面について伺いました。
※本記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。
ウイルスがヒトの体に存在するかを調べるとき、従来その対象は主として何らかの病気を持つ人であり、方法は採血など非侵襲的な(体に負担がない)ものに限定されていました。そのようななか、私たちは健常な人547人の体をくまなく探索し、どのようなウイルスがどの組織に存在するのかを調査しました。結果、健常なヒトの体内に少なくとも39種類のウイルスが常在的に感染していることが分かったのです。
下の図のように、脳や肺、心臓、消化器官、血液や神経などにさまざまなウイルスが常在している(厳密にいうとウイルス由来の遺伝子が存在する)ことが明らかになりました。
また、さまざまな臓器に感染するウイルス(ヒトヘルペスウイルス4型など)がある一方で、特定の組織に発現するウイルス(肝臓に限局するC型肝炎ウイルス、胃に局在するヒトヘルペスウイルス7型など)の存在が確認されました。中でも、胃に存在するヘルペスウイルスは消化酵素の合成などの機能に関わっている可能性が見出されています。
さらに、不顕性感染しているウイルスに対するインターフェロンの発現や、免疫細胞の一種であるB細胞の活性化などの免疫応答が生じていることも分かりました。これはつまり、体内に潜伏感染しているウイルスが密かに免疫機構を活性化させている可能性があるということです。
研究の結果、これまで認識されていなかった健常な人の体内に存在するヴァイローム(ある領域に存在するウイルスの総体)を捉えることに成功。インターフェロンの発現やB細胞の活性化などは、体内のヴァイロームがヒトの免疫状態や生理的機能に関連していることを示唆するものです。ウイルスと宿主の関わりにおける新たな一面を明らかにしたという点で、この研究の意義は大きいでしょう。
これまでは病原体としての側面だけに焦点を当ててきたウイルス学に対し、本研究のようにウイルス全体を対象に病原体ではない新たな側面を解明する学問を「ネオウイルス学」といいます。
今回の研究は、大規模な遺伝子発現データの解析によって健常な人の体内に存在するヴァイロームの様子を解明したものです。健常な人547人の51種類の組織から取得された計8991サンプルのRNAの配列情報を対象に、大規模なメタゲノム解析(サンプル中のゲノムDNAを網羅的に解析する手法)を行いました。
このように、細胞や自然界の検体を使って行う生物学的なウェットな研究と、コンピューターで解析を行うドライな研究を融合し、未知のテーマを明らかにしていく分野を「システムウイルス学」といいます。私たちの教室では、たとえばウイルスが種を超えて伝わる仕組みや新型コロナウイルスの進化過程の解明など、複数の研究を進めています。
ウイルスと宿主の関係を追究していくと、C型肝炎の原因となるC型肝炎ウイルスと同じように、特定の病気と関連する新たなウイルスの存在を突き止められるかもしれません。可能性の1つとして、一見ウイルスとは関係ないような病気、たとえば生活習慣病などとウイルスの関連性が発見されることも考えられます。
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